第18話


「もう昼。飯は?」


 正午になると、マシューがそうジュリアに声をかけた。

 表に出ている店員は交代で昼休憩に入るようだが、バックヤードでは同時に取るようだ。


「ええと、何も持ってないです。そっか、自分で調達しなきゃですよね……」


 ジュリアは途方に暮れた。

 少したりとも現金を持っていない。昼食をどうするかなど、全く考えもつかなかった。ユアンやガウスに金を借りることをチラリと考えるが、どう考えても無理だと諦める。しっかり食事をとって容姿を元に戻そうと誓ったばかりなのに、早速一食抜くことになりそうだ。

 そう思うと、唐突に空腹を感じ、腹の虫が鳴った。


(またどうしていつもこういうタイミングで……!)


 ジュリアは顔を真っ赤にする。

 そんなジュリアをマシューはまたじっと見つめると、視線を斜め下にずらしポケットに両手を突っ込んだ。猫背な背中がさらに丸くなる。


「ん。平気。隣のレストランの賄いが食べられる。付いてきて」


 そう言ってジュリアの返答を待たずに、歩き出した。


「ま、待ってくださいマシューさん! それって私が食べても大丈夫なんですか!?」

「あんた、うちの職員でしょ? なら平気」


 ジュリアは慌てて追いかけるも、マシューは気にせず歩いて行く。

 背が高いせいか、歩く速度が早くジュリアは小走りだ。しかししばらく行くと、思い出したように振り返りジュリアが追い付くのを待つ。

 なんだか猫のような人だとジュリアは思った。


 レストランの名は「ノーチェ」というらしい。

 店名の描かれた窓ガラスを横目に見て、裏手に回る。キッチンの裏に、人が7、8人入れる休憩スペースがあった。

 ちょうど昼時で忙しいのか、他には誰もいない。

 キッチンから賄いを受け取り、マシューと向かい合って椅子に座る。

 賄いは、ティンバーでもよく食べられるイワシのパスタだった。フェンネルの葉がふんだんに使われ、松の実や玉ねぎで作った塩味のシンプルなパスタだ。

 ジュリアの父、ジャンの好物でもあった。

 ジュリアは懐かしい味に、不意に涙がこぼれそうになる。先程まで気分良く仕事をしていたはずなのに、ふとした瞬間に涙腺が緩んでしまう。


(……しっかりしなくちゃ……)


 ジュリアはパスタもろとも涙を飲み込んだ。

 必死に涙が溢れまいと噛み締める。

 そんなジュリアの様子に気付いたのだろう。マシューはジュリアをじっと見つめ、おもむろにジュリアの頭をぽんぽんと優しく叩いた。


「俺、前髪で前見えないから。好きにしたら」


 そう言って、また黙々とパスタを食べ始めた。

 何だかジュリアは堪らなくなり、涙腺が決壊したように涙が溢れた。

 嗚咽を漏らしながら、パスタを啜る。

 その間、マシューは何も言わず、食事を続けた。

 マシューの優しさに甘え、ジュリアは昼休み中、ずっと涙を流し続けたのだった。




 ジュリアは気付かなかった。

 部屋の外からジュリアを見つめる、金の二つの瞳に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る