第7話
ジュリアが宿で眠っているその間も、嵐は全く収まらなかった。翌朝になっても雲の動きが遅く、結局ジュリアは宿から一歩も出ることが出来ずに、ただ待つしかなかった。
そして宿に泊まって2日後の朝。
前日までの雨が嘘のように、晴れ間が広がった。
ジュリアがいざ行動を起こそうとしたところ、またもや足止めをくらう事になる。嵐の影響で街道がどこも倒木やゴミが散乱し、馬車が通れるようになるまでにもう一日は掛かるという。
ここまで遅れると、流石にウォルナット家にも迷惑だろう。単騎ならば街道を迂回していくことも可能だ。ジュリアはガウスに対し、予定よりも遅れる旨の手紙を出した。
(私も馬に乗れたら良かったのに……)
手紙を託した逓送屋の馬を見送りながら、ジュリアは思った。
ウォルナット家の邸宅へと向かうことも、アルガの街に向かうことも出来ず、ジュリアは気持ちを持て余していた。
待つこと1日。
ようやくいくつかの街道が開通し、ジュリアは動ける様になった。
早速ジュリアは馬車を走らせ、アルガの街に向かう。アルガの事業所に着く頃には、日が傾きかけていた。
事務所は広大な敷地を持つ。
貨物の荷さばき用の上屋や、荷馬車の待機場などを備えている。
しかし実際に職員たちが常駐する事務所棟は平家で小さいものだ。ジュリアは馬車に御者を残し、1人事務所棟の扉を開けた。
中を覗くと、何やら職員たちが慌ただしそうにしているのが見えた。
いつも賑やかな場所ではあるが、どうやらそれだけではないようだ。
「よろしいかしら。所長に、ジュリア・マホガニーが来ていると伝えていただける?」
事務所の入口付近にいた職員の1人にそう声をかけると、職員はハッとしたように慌てて奥へと消えた。
ジュリアは訝りながらも、立って待った。
別に丁重にもてなして欲しい訳ではないが、マホガニー家の娘である自分にすぐ椅子を勧めないことに違和感を持つ。
やがて、奥の所長室からアルガの事務所長が出てきた。
髪に白いものが混じった40代半ばの男だ。
所長は何故か、険しい表情でジュリアを見ていた。
「お嬢様。この度はどうなさいましたか」
所長はそれでも形式的にジュリアを応接スペースに案内し、座るよう促す。
ジュリアは所長の雰囲気に困惑しながらも、答えた。
「実はティンバーのお父様から急ぎの連絡が来ていないかと思って訪ねたの。でもその様子だと来ていないようね」
「いいえ、来ておりますよ。会頭ではなく若様からですがね。会頭は連絡出来ようもないですから」
「それは……どういうこと?」
そして所長は、驚愕の内容を語った。
曰く、ジュリアの両親は予定より一足早く帰宅していたようで、ジュリアがジョシュアに船に乗せられた翌日の夜には、邸宅に着いていたという。
この状況を聞いた母はショックで倒れ、父であるジャンは、すぐさまジュリアを追いかけて船に乗り込んだ。
そして、嵐に巻き込まれ、船が沈んだのだという。
ジュリアは愕然とした。
信じられるはずがなかった。
何か悪い冗談を言われたのだと思った。
「お父様が……本当に……?」
「私たちも俄には信じられませんでしたがね。今朝、ラシーヌに会頭の船の残骸が打ち上がったとの連絡を受けました。これは現実です」
ジュリアは頭が真っ白になった。
あの父が、いかにも海の男と言われるあの乳が、まさか、亡くなるなんて。
「殺しても死なない」などと仲間内で言われていた、あの父が。
「お嬢様、分かっておられるのですか。あなたのせいですよ! あなたが愚かなことをしてこの国に逃げて来なければ! あなたがきちんと会頭に話していれば!」
「ちょ、ちょっと待って、どういうこと?」
「若様からの手紙に書いてありました。あなたが『王太子殿下にも一目置かれる1人の女性を嫉妬から虐め抜き、婚約破棄されて国内に居づらくなり勝手にこのホルツに逃げてきたのだ』と。会頭はそんなあなたを追いかけて海を渡ったというではないですか! どれだけ周りの者を振り回したら気が済むのです! あなたのせいで、会頭は死んだんだ!
マホガニー家の誇りはあなたにはないのですか!」
ジュリアは今聞いたことが信じられなかった。
何一つ、真実は含まれていなかった。
(いえ、違うわ……。お父様が私のせいで亡くなったのは確かよ。わたしがもっと上手く立ち回っていれば、こんなことにはならなかったのだわ……)
ジュリアは言葉を失った。
父の死は、紛うこと事なく自分のせいだと感じていた。
所長の話す内容は真実ではないにしても、父は自分のせいで命を落としたのだ。
もう、あの日々には決して戻らない。
「若様が最後の情けと縁談を用意してくださっているそうですね。若様から伝言です。『二度と帰ってくることは許さない。婚家に誠心誠意仕えよ』とのことです」
所長から伝えられた言葉に、ジュリアは絶望する。
ジャンが亡くなれば、マホガニー家当主はジョシュアである。
当主の意向には、貴族の娘は逆らえない。
(もう、私には道が一つしかないのね……。
ああ。お父様、ごめんなさい……本当にごめんなさい……。
お母様。お母様は大丈夫なのかしら。
帰りたい……マホガニーの家に)
ジュリアははらはらと涙を流した。
人は本当に悲しく絶望した時は、声を上げられないのかもしれない。
茫然自失のまま、馬車へと戻った。
そして御者に、もう遠回りをせず、真っ直ぐウォルナット家の邸宅に向かうよう伝える。
ジュリアにはもう、何も残されていなかった。
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