第4話

 ティンバー王国は混乱を極めた。

 

 フルールで起きたことに、通常オープストの貴族たちは介入しないのが決まりである。しかし、状況はそんなことを言っていられない所まで追い込まれていた。

 事態を重く見た国王は、状況調査と関係者の聞き取り調査のため、シーズン終了より前にフルールの社交を異例にも中断する旨の通達を行った。例のパーティーでの婚約破棄も、正式に取り扱わず保留するよう各家に通達した。

 だが婚約破棄された令嬢を持つ家はそれに反発し、国内は完全に統率を失っていた。


 不自然なまでにシャーロットに男性が集まることは、早くに王の耳に入っていた。

 しかし王太子の腕試しにと、事態の収束をアークに任せ傍観していたのだ。アークがシャーロットの周りに侍ったことも、何かの作戦だと考えていた。

 実際、春の終わりから少し前の段階で、王はアークから事態の調査をする旨の報告を受けていたのだ。そしてシャーロットの周りに侍るアークに何か考えあってのことかと尋ね、そうだとの返答を聞いていた。

 王はアークの力量を過信していたことを、激しく後悔することになった。



 まずこの状況で最も考えられることは、シャーロットが何らかの薬物を使い、男性たちを洗脳したということだ。

 しかし調べでは、シャーロットに不審な点は何も見受けられなかった。メイプル男爵家の特産である蜂蜜が、シーズン中ホストとなる貴族に度々差し入れられたが、そこからは何も検出されていない。

 また仮に薬物を混ぜていたとして、どうやって男性だけを対象と出来たのか、その方法がわからなかった。

 シャーロットの虜となった男性たちは一貫して自分の意志で婚約破棄をしたと主張し、また彼らの婚約者はシャーロットを蔑ろにしていたと口を揃えた。


 中でもマルセルは、ジュリアがシャーロットへ度重なる嫌がらせの域を超えた危害を加えていたと主張した。

 曰く、ジュリアに階段で突き落とされシャーロットは捻挫をし、打ちどころが悪ければ命さえ危うかったという。ジュリアには当然全く心当たりがなく、何故そんな誤解が生まれているのかすら分からなかった。

 当のシャーロットは調べに対し、ただ涙を流すばかりで明確な供述を何もせず、捜査官は手を焼いていた。




 そんな中、ジョシュアが信じられない暴挙に出る。


 例のパーティーでの婚約破棄は保留するよう通達されていたにも関わらず、勝手に正式な婚約破棄の手続きを行ったのだ。

 本来ならそれは当然当主であるジャンの役割だが、ちょうどジャンは夫婦で取引のある他国の貴族の結婚式に参列するため、国を離れていた。ジャンはジョシュアを信頼し、また評価もしていたため、国内のことは一時的にジョシュアに一任していたのだ。



 負い目のあったローズウッド家はこれに対し是とする他なく、ジュリアとマルセルの婚約は正式に破棄された。


 ジョシュアの暴挙はそれだけに収まらない。

 センダン商会の貿易拠点であるホルツ王国の、クルメル商会会頭とジュリアの縁談を取り付けていたのだ。


 相手はジョシュアと友人関係であるガウス・ウォルナットという男だ。

 この男、商人としては優秀で容姿も悪くはないのだが、とにかく女遊びが激しいことで有名である。

 ジュリアも子供の頃何度か顔を合わせたことがあるが、常に美しくスタイルの良い女性を側に置き、しかもその女性は毎回違う。

 長じてからは顔を合わせていないため、ジュリア自身は言い寄られたことはない。だが女にだらしないガウスに、ジュリアははっきりと苦手意識を持っていた。

 いや、生理的に受け付けないくらいに嫌っている、と言っていいだろう。

 以前は「今のジュリアをガウスに会わせたらきっと狙われる。だから会わせない」と豪語していたジョシュアが、まさかこのような縁談を結ぶとは、思ってもいなかった。






 例のパーティーからずっと、ジュリアは自室に軟禁されていた。

 早く両親が帰ってくるようにと祈っていた折、婚約の正式な破棄と、ガウスとの結婚を聞かされた。

 既に手続きは正式に行われた後だった。


 ジュリアはジョシュアに連れ出され、港へと向かった。

 そして無理矢理、商会のコンテナ船の船員用食材庫へと押し込まれたのだった。客船どころか、船員の過ごす部屋ですらない。

 ジュリアは信じられず、ジョシュアに縋りついた。


「お兄様! 何故! 何故こんなことをするの!? 私が一体何をしたと言うの!?」

「分からないのかジュリア。お前がまさか、ここまで愚かで非道な人間だとは思わなかったよ。シャーロットは今のお前よりもよっぽど辛かっただろうに」

「私はメイプル様に何もしていないわ! ほとんど話したこともないのよ!? そんなことするはずないじゃない!」

「ここまで来てもしらを切るつもりか! 見下げたぞジュリア! ならばシャーロットのあの痛々しい傷は何なんだ! お前の心ない言葉に傷つき流していた涙は何なんだ!」

「知らないわ! 私には全く見当もつかないのよ!」

「もういい。お前と話していても時間の無駄だ。ガウスはちょうどお前のような妻を欲してたんだ。周りを納得させるためだけの、蔑ろにしても、顧みずとも問題のない形だけの妻をな。お前は自業自得で婚約破棄された傷物だ。シャーロットのような無垢な女性を害する悪女には、あまりに勿体ない嫁ぎ先だろう。じゃあな。二度と会うことはないだろう」

「待って! お願いお兄様話を聞いて!」



 ジュリアの訴えも虚しく、ジョシュアは食材庫の扉を閉め、外から鍵を掛けた。

 ジュリアは絶望し、声を上げて泣いた。

 何故、こんなことになったのか。

 何故、こんな目に遭わなければならないのか。

 たった4か月前までは、穏やかな未来がやってくると信じていたのに。

 これからのことなど、何も考えられない。

 ジュリアはただ涙を流し続けたのだった。

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