第3話
シャーロット・メイプルが突如として姿を現したのは、平穏な日々を取り戻した冬の舞踏会、ピアンタのことだった。
メイプル男爵に連れられてやってきたその少女は、つい最近まで市井で暮らしており、メイプル男爵の今は亡き弟の庶子であることが判明したため、男爵家で引き取ったのだという。
彼女は孤児院に併設する教会のシスターの子であったが、シスターが亡くなり、そのまま孤児院で育った。
孤児院がハリケーンの影響で浸水し生活できなくなったため、一時的に領主であるメイプル男爵家の別邸に住まうという寛大な処置がなされた。
その際、以前男爵家に勤めていたが急に消息を絶ったメイドと瓜二つであるシャーロットを男爵が目に止めた。
確認したところ、そのメイドとシスターの特徴が一致したのだ。
実は男爵の弟が病で亡くなった際、とある遺言を残していた。
かつて彼はそのメイドと恋仲になりメイドは妊娠したが、ある日忽然と姿を消したのだと言う。
そのメイドと自身の子が困窮しているのなら、援助をして欲しいというものだった。
男爵と弟は仲の良い兄弟だった。
男爵はその遺言を実行しようと、そのメイドを探していたのだ。
男爵の弟は当時まだ若く未婚で、メイドが失踪してすぐに病で亡くなった為、子どもは他にいない。男爵も最近結婚した息子が1人いるだけであったため、初めての娘としてシャーロットは温かく男爵家に迎え入れられたようだ。
話題性もさることながら、シャーロットはその可憐さでも注目を浴びていた。
ミルクティ色の髪は緩やかにウェーブを描き、瞳は深い海のような青。白い肌と大きな瞳で、如何にもか弱そうな庇護欲をそそる見た目をしていた。
彼女がフルールに参加する様になると、まだ婚約者の決まっていない下位貴族が殺到した。
アークや側近たちは儀礼的に歓迎の意を伝えるに留まっていたが、ジョシュアはシャーロットのことを当初から気にしていたよである。
平民から急に貴族の仲間入りをする様になったことや、デビューの年を超えてフルールに途中入りしたことなど、自分自身の状況と重なって見えたのだ。
フルールのシーズン中、よくシャーロットと共にいるジョシュアの姿を見られるようになった。
最初はついに兄にも春が来たかと喜んでいたジュリアだったが、シャーロットとジョシュアの距離が近づくにつれ、ジュリアとジョシュアの距離が離れていくように感じていた。
兄離れをする時かと当初は思っていたが、どうもジョシュアはジュリアのことを避けているようだ。訳を聞こうしても、ジョシュアは会話をすることを拒むように、ジュリアを睨みつけて去っていく。
ジュリアは困惑し父母に相談したが、「あのジョシュアがジュリアを疎むなどあり得ない。何か怒らせるようなことをしたのではないか?」と言われるだけだった。
マルセルにも相談したが、その頃のマルセルはどこか上の空でボーッとしていることが多くなっていた。
そのことも、ジュリアを不安にさせていた。
そして春が終わりに近づく頃には、状況は更に一変することになる。
当初は興味がなさそうだったアークたちまで、シャーロットの周りに集まる様になっていたのだ。
その間エミリアや他の婚約者たちは放置され、その一団を遠くに見ているようになった。
特にアークはエミリアを溺愛していることで有名で、この状況は誰しもが驚く事態だった。
それだけでない。
互いに信頼し仲が良かった筈の彼らの仲違いが起きていたのだ。
シャーロットを巡っての諍いもあるが、それだけではない衝突が起きているようだった。
特にアークの従兄弟であるデューク・チェリー公爵子息とジョシュアの間でトラブルになっている様子が度々目撃されていた。
更に初夏が始まると、マルセルまでシャーロットを囲む輪に加わるようになった。
最早フルールに属する成人男性のほとんどが、シャーロットに群がるようになっていた。
シャーロットの虜になった男性の婚約者の内、最も爵位が高いのはエミリアになる。
エミリアは、アークたちに何度か苦言を呈していたが、耳を貸されることはなかった。
そしてシーズンも終盤になった、ある日。
その日はとある侯爵子息の主宰するパーティーが、子息の邸宅で行われた。
フルールのパーティーは各家の邸宅で行う場合にも、当主と夫人は手を出さない決まりだ。パーティーは侯爵子息と友人たちだけで進められていた。
パーティーにはアーク以下側近たち、ジョシュア、マルセルも参加しており、もちろんその婚約者であるジュリアやエミリアも参加していた。
しかし、彼女たちの誰もが、婚約者のエスコートなしで参加していた。
それまでは流石に儀礼としてエスコートはされていたものの、それすらもなくなり、最早看過できない状況だった。
いつものようにシャーロットに群がるアークたちに向かい、ついにエミリアを先頭に、ジュリアや他の婚約者たちが対峙することになった。
「アーク様、そこにいる男性の多くは婚約者をお持ちですわ。どうか、理性ある行動をお心がけくださいませ」
「ふん。性悪女が何を言う。お前たちは寄ってたかって、このか弱い1人の女性を蔑ろにしているようだな。なんと浅ましい」
「滅相もございません! 私たちの誰1人として、そんなことをしておりませんわ!」
「見苦しい! 地位を鼻にかけ、弱き者を虐げるなど、貴族として最も許されざることだ! 私はそういう者が最も許せない! エミリア・ダグラスファー。私はお前との婚約を破棄する!」
ついに、アークは衆人環視の中、エミリアに婚約破棄を告げた。
女性陣が騒然とする。
しかし更に驚くべきことに、アークの側近たちもそれに続く。
そして、マルセルまでも。
「ジュリア。もう君の自慢には飽き飽きしたんだ。そんなにソルムの港が好きなら、ソルムと結婚すればいい。
シャーロットと同じく最近まで平民だったのに、いや、シャーロットよりも貴族になってからの期間が長い筈なのに、なぜ君はそんなに令嬢らしくないんだ。これまで我慢してきたけれど、もう限界だ。婚約破棄してくれ」
ジュリアは驚いた。
マルセルがこんなに長く話しているのは、初めて聞いたかもしれない。
そして、これまで語られなかったマルセルの本音にショックを受ける。
仲良くやっていると思っていたのは、ジュリアの独りよがりだったようだ。
「マルセル……あなた、今までそんな風に思っていたのね」
「ああ。シャーロットが気付かせてくれたんだ。僕の本当の気持ちに」
「そう……そうなのね……」
パーティーは混乱を極め、最早収拾が付かなかった。
その日パーティーのホストを務めていた侯爵子息もシャーロットの熱心な信者の1人で、シャーロットに害を為す女性たち全員を社交界から追いやる心算でいた。
婚約者に罵られ傷付き会場を後にする者、怒りからすぐに出ていく者と様々で、最終的には、会場にはシャーロットとそれを囲む男性たちのみになったのだった。
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