茫洋

茫洋たる大空たいくうの下に咲く。

あの日、空は満開だったっけ。さぁね、気分次第じゃないかな。そうかもしれない。兎も角俺は飛び立ったんだ。胸に抱いた忠義はとっくに錆び付いてしまった。空を花火で満たしてくれないか。俺の鎮魂にきっと、都合がいいんだ。はらりと散った。もう覚えちゃあいない、昔なんだ。空は豪華絢爛に咲いた。確かに其れは嘘ではない。赤い彼岸花が咲くのだ。そうして花火は彼岸と此岸を結ぶのだ。空は自由だった。俺たちが通った場所だけが俺たちの道で…。いや、いい。花火以外の火なんてな、金輪際懲り懲りだと。あの日のことが聞きたいなんて、物好きだな。それはマッハを優に超える燕の群れなのだ。烏の喋るを無知蒙昧のままに聞き入れ羽を休めず飛んだ。そんな、愚か者達の手記が時々遺跡から見つかる。空はいい。あれだけが行く宛もない俺たちを受け入れた。場末の居酒屋じゃあ吐ききれなかった彼岸の毒を。空はさらりと流したのだ。その代わりに俺の翼は捥ぎ取られるのだ。等価交換。容赦などなく突っ切った。燃えた心臓を捨てて。幾千年もの別れが如く落ちてしまった。だが幸いにも俺は。若い燕を炎にべて生きちまった。小鳥は憐れだよな、石を投げたくらいで落っこちるんだから。安心してくれ、これは遠い、遠い別のどこかの話なんだ。恐れる必要は無いんだ。そうして。…そうして、確かに俺は花火を見た。きっと美しかったんだ。鉄片を吹き散らす光の豪雨。浜辺に座って俺は。頭が痛い。何故だ。俺は。空の偉大さに脳を食われてしまったか。確かあの花火を見た燕たちも。あぁその頃には骨だったが、拍手をしたんだ。天晴れ、それでこそ────よ。その音は土砂崩れのように、花火の鳴るように、よく響く。どどど、とかいって、そうだ。押し寄せたのだ。天命だったのだ。ならば、なぜここに燕は巣を作ってしまったのだろう。やがて空を知ってしまうのに。やがて、一輪の花が残るのに。少し、思い出した。俺の父は花火職人だったのだ。それがどうして。仕方ないさ、花火は娯楽だ。なに、…すぐまた元に戻るよ。親父は小さな筒に火薬を詰めた。悪りぃ。そう言って飛んだ親父が残した花火に俺は火を着けたんだっけ。解らない。きっとその前に彼岸花で染めた、綺麗な和紙が俺に届いたんだ。親の飛んだ先へ、幼い燕も飛び立った。

「花火ってやつは人の一生によく似てる。」

だから笑ってくれよ親父。綺麗に咲けるよう。親父を真似して俺も花火作ってみたんだ。そうして飛び立った花火は一瞬だがその想いは永遠を飾る。水にさらして無い彼岸花には毒があるんだと。はぁ、それじゃきっと早まっちまったんだねぇ。そう、でも早まっちまうしかなかったんだろう。行き倒れたお前たちも空へ、逝けるだろうか。あぁ、お前は解っているんだろうな。これはどこからか嘘なんだ。そうかもしれない。けど、俺は相変わらず空に魅せられたまんまさ。青さに赤が良く映えるんだ。そう言った俺の手に。ただの玩具さ。小さな花火筒。嘘つき、とお前は言った。でもさ、俺はあいつの書いたのを見つけたんだ。あいつはお前のことがさ。耳鳴り。馬鹿野郎だな、あんたは。それじゃあたしはあんたを。─してやらないよ。二羽の燕が巣に帰る。此岸の花にも美しさはあるのさ。やがてお前はそういったっけ。さぁ?瓦斯ガス灯の下だったよな。わかんないよ、そんなん言われても。そっか。そうさね。今年も燕が飛んでいる。俺は生きちまったのか。どうもそうらしい。なら花火を打ち上げないとな。赤くてでかいやつを沢山。まるで西瓜ぐらいの大きさをした石榴みたいに。好きなようにしたらいいじゃないの。そう、俺は好きなようにするんだ。数は…そうだな。あの日死んだ燕の数だけ。何それ、不吉ねぇ。うん、それがいいんだ。そうかい。あぁ、そうなんだ。あの日作ってやれなかった分だけ。沢山打ち上げてやるんだ。それじゃ燕に絶対に当てないようにしなきゃね。打ち上げる数が増えちまう。そんなへまはしない。だってこんなに空は広いのだ。よっぽどの馬鹿じゃないと当たりやしないよ。じゃあ当たるかも。そうかもな。笑い声。寒空の下にも火は灯る。あの日落ちた死に損ないも。

きっとこのために生き永らえたのだ。

イカロスの羽は溶け落ちたけれど、

きっと炎は逃げ延びたのだ。

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