倒錯

倒錯しちまってる、あの気味の悪い虹色の夕焼け。

掻き混ぜた豆のスープ。故郷ふるさとの記憶。殴られた痕。痛みは心に染み渡る。汚れが染み付いたパズル。今ではほら、こんなに良く嵌まっているでしょう。随分と素敵になった紅も。僕に夕焼けは似合わない。混じっちゃってるんだから。野菜は芯までどろどろに。定期的に火を入れないと腐っちまうもんだから。あぁ、本当ね。そういうとこまで、良く似てる。ここまでが僕、ここからが私。配膳は丁寧に、間違いのないように。男爵芋なんて偉そうだね。どうせ馬鈴薯じゃがいもの癖して。煮込まれたことも無いような表情かおしてる。怪我したね、泥がからだに入らないよう洗わないとね。五月蝿いなあ。寄生虫が蟻の躯を乗っ取って操作するんだってさ。司令塔の素質は無いかな。じゃあ俺は茸か。茸のスープ…良いんじゃない?私、昆虫食の趣味は無いんだけど。主人は悪食だから。そんなに詰めたらタッパー壊れちゃうんじゃないかな。割れた温度計から水銀が溢れ出す。やり過ぎは何だって毒だから。中和してあげないと。そうだね、それには僕も同意する。混ぜ過ぎだ。あぁ、気味の悪い。虹の流動体。え、何これ。胃液に溺れちまいそうで。俺はきっと、僕とは違うんだね。大正解。故に、私にできるようには耐えられない。スープ作るの失敗しちゃったみたいで。饐えた臭いが広がった。あれ、今何月だ……?スープが跳ねた。跳躍している。そうね、飛躍していたわ。あぁ。普通の具材であるところの馬鈴薯はこのスープに入らないのさ。何の話をしていたんだっけ。きっと出来上がりが酷いって話だよ。どろどろでぐちゃぐちゃじゃない。放置しすぎたんだね。腐っちまったんだ。あぁ、きっとそうだな…そうかもしれないわ。細い細い管にぎっしり詰まった菌糸。絡まった糸は解れない。痕が付いてしまうものね。だから俺から引き下がったんだ。何それ、馬鹿みたい。スペシャルなスープだよ!…食べる?結局のところちゃんとしたレシピには敵わないな。ラストの一口は味気ない。自動車から垂れたオイル。水溜りに汚い虹色が混ざった。途中からの記憶が無いのよ、…あぁ、集中してたからだろうな。或いは。…或いは?僕に聞かないでよそんなこと。食べ過ぎて舌が馬鹿になってしまってるのかも。忘れていたかった味だ。鉄錆が剥がれ落ちて鍋に入る。やだ、汚いわ。赤茶けた色味が混じってしまった。違うって、やったのは俺じゃないんだ。何よ。だって、最低の嘘吐きはあいつだろう?冬虫夏草が巣食うのだろう。珍味らしいよ…へぇ。小さく、具材を、切り分けて。なんだ、馬鈴薯だったのか。その程度、その程度の味に振り回されて。どろどろにしよう。混ぜてしまえば解らないから。やるべきなのは君だろう?…だって、俺じゃない……うるさいなぁ。僕に指示する気?脳の奥深くに巣食っているのは。火花が散った。あぁ、いや…顎だった。そう、それで何日、何週間、何ヶ月経ったの?器は満たされている。何とか表面張力でその様相を保っている。久しぶりの肉だね。まともな食材かもね。裏を返せば。入れた肉は。結局安易なカテゴリに収まっただけじゃん。煮るのは簡単だからね。ぐずぐずになって皆蕩け切ってしまうもの。そういう幸せ。朝が見たいんだ、始まったって思えるような…そうして、豆と、いくつかの野菜と普通の肉が何欠片か入った、そんなスープを。もう戻れないぜ。終わりは無いんだね。そうね。夕焼けが腐っている。虹色に変色しちまっていた。ぐちゃぐちゃの日々が否定的な連続性を投影していた。スープが冴えない顔を映した。終わりは無いのにエピローグはあるらしかった。もはや芯も感じられなかった。どろどろがほどけて絶え間なく癒着した。これはスープを作った話の後日譚でしかないのだから。だから、なんだ。菌糸で脳を縫う。俺は終わるのだろうか。僕は終わるんだろう。けど、私達は終われないらしい。何故ならこれはきっとループしている。ある地点から継ぎ接ぎがどこか継ぎ接ぎのまま噛み合い始めている。俺は何度もスープを作って、食べている。そうしてやがて安定して、またスープを作る。そうしてできる僕らはきっと。ジキルとハイドとスープを混ぜる。

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