第四話 フローリアン・ツェーリンゲン

「スラッスラッスラッ」


『流麗な筆使いですな?。魔法使い殿』


『恐縮です。書記官様』


天幕内の魔道具の照明の灯りの下で、本来は書きたくない三人家族を私が所有権を持つ奴隷として確定する公文書に署名を行いました。


『フローリアン・ツェーリンゲン。間違いはありませんかな?。魔法使い殿』


書記官様の確認を私は肯定しまして。


『はい。書記官様。私の姓名はフローリアン・ツェーリンゲンです』


やや頭頂部が寂しくなられている書記官様は私に対して頷かれますと、背後の三人家族に視線を向けまして。


『名前は?。姓は必要ないぞ。奴隷に姓は無いからな』


…四十代後半の経験豊富な文官の書記官様に悪気は無いとは思いますが、平民身分の私に対する態度と、奴隷身分に落とされた三人家族への態度が大きく異なると感じます。


『エミリーと申します。書記官様』


『コレットよ』


『ソ、ソフィーです』


エミリーさんの長女のコレットの反抗的な態度に一瞬書記官様は不愉快そうな表情を見せましたが、天幕内に身分が上の騎士様が居るせいか特に何も言われずに公文書にエミリーさん一家の名前を記しました。


『エミリーとコレットとソフィーを、フローリアン・ツェーリンゲンが所有権を持つ奴隷として確かに記録しました魔法使い殿。これでこの三名は煮るなり焼くなり好きにされて構いません』


………


『どうかされましたか、魔法使い殿?』


『いえ、御手を煩わせまして、申し訳御座いませんでした。書記官様』


自制心を総動員して嫌悪感を表に出さないようにしながら、文官としての仕事をしただけの書記官様に対して御礼を述べました。

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