3
ぼんやりと考えながら足を踏み入れたのは、ひと際大きな部屋。
大きなテーブルに沢山の椅子が並べられているのを見る限り、此処は食堂の様だ。だが、此処が食堂として使われているのを、今までに一度も見た事が無い。
テーブルも椅子も、全て使われた痕跡が無く新品だ。それでも埃一つ被っていないのは、毎日使用人が掃除を続けているからなのだろう。
燭台をテーブルに置き、適当に選んだ椅子を引く。そこへ腰掛け、ぐるりと一周、この大きな食堂を見渡した。時計の秒針すら聞こえない、無音の空間。
揺らぐ事の無い燭台の灯りだけが照らすこの場所は、少々不気味で酷く孤独感を感じる。だが、今は何故だか此処がとても落ち着く場所の様に思えた。
椅子の背凭れに身を預け、瞳を閉じその空間に意識を溶かす。此処なら、安心して眠る事が出来そうだ。だがこんな場所で眠ったりなどしたら、きっと明日には騒ぎになっているに違いない。
両親は、また使用人を責めるのだろうか。そしてまた、私の寝室には鍵を掛けられてしまうのだろうか。
ふふ、と1人自嘲を零し、瞳を開いた。
視線の先にある、1体の
その石膏像は、決して珍しい物では無い。どの屋敷にでも置かれているであろう天使像だ。その天使像の掌に短剣が置かれている事を不自然に思いながらも、そっとそれを手に取り、ゆっくりと鞘から短剣を引き抜いた。
月明かりが反射する、鋭い剣先。その刃の薄さや重量感から、レプリカではない本物の短剣だという事を理解する。
前腕と同じ長さの刃渡り。この短剣で自身を貫けば、時間は掛かれど間違いなく私は絶命するだろう。
――そんな自身の姿を想像し、ほんの一瞬、心に安らぎを感じてしまった。
決して死を望んでいる訳では無かった。だがきっと、この病的な不安から逃れる術は自身の死一択。
短剣の柄を両手で持ち、剣先を自身の胸元に突き付けてみる。
最初は、ほんの些細な好奇心だった。本当に自身を刺すつもり等無かった。
だが、短剣を胸元に突き付けた瞬間に覚えた快感。自身の胸元から致死量の血液が溢れ出し、熱い痛みで声も出ず、緩やかに近づく死を自覚する。
それはなんと甘美で、美しい未来だろうか。
私を見下ろす天使像。
自殺は大罪とされ、その死は封印される。昔、何かの本で読んだ事だ。
神は、きっとこの行為を許してはくれない。これは、神への反逆に値する。
だがもう、なんだってよかった。
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