IV 夜更け

1

 消灯時間をとっくに過ぎた0時過ぎ。母が去った後の寝室のベッドで、中々眠りに付く事が出来ず寝返りを打つ。

 日中の父の行動、大怪我を負ったメアリー、そして先程の母の言葉。全てが消える事無く、頭の中を回り続ける。

 大切な人が傷付けられる姿を目の前で見ている事しか出来ないなら、いっそ自身が彼女達と同じ仕打ちを受ける方がマシだ。そして彼等が私を騙そうとしているのなら、きっとこのまま騙されていた方が私にとっては幸せなのだろう。


 苛立ちの籠った溜息を吐き、再び寝返りを打つ。

 メアリーは今頃、自室で何を考えているのだろうか。傷の痛みで、眠れない夜を過ごしてやいないか。日中の事がトラウマになってやしないか。

 彼女の事を考えれば考える程心配は募り、眠るどころではなくなってしまう。


「――このままじゃ、頭がおかしくなってしまいそう」


 誰に向けた訳でも無い独り言を漏らし、ゆっくりと身体を起こした。ナイトテーブルに燭台とマッチが置かれているのを確認し、音を立てない様ベッドから降りる。

 手に取った、掌に収まるサイズのマッチ箱。この屋敷に置かれている物に、低質な物は存在しない。

 きっと“これ”も、何処か有名な店から取り寄せた物なのだろう。マッチ箱には、金のインクでブラント名だと思われる文字が描かれていた。

 こんな物にまで無駄にお金を掛けるなんて、本当に貴族のする事は下らない。そう内心毒突きながら、擦ったマッチの先の火を燭台の蝋燭3本に移す。

 

 ぼんやりと、オレンジ色の光に照らされる寝室。この部屋に置かれている物も、高級な物ばかりだ。

 沸き上がる不快感に、寝室に置かれてる家具から目を背けた。火が消えてしまわぬ様そっと燭台を持ち上げ、扉の方へと足を向ける。


 ――寝室の扉の前。

 ぴたりと私の足を止めさせたのは、幼少期の朧げな記憶。

 その日も、今日の様に眠る事が出来ず、好奇心から1人で寝室を抜け出した。だが入った場所が悪く父に見つかってしまい、それから数年間私の寝室には外側から鍵を掛けられる様になった。

 歳を重ねるにつれていつの間にか鍵を掛けられる事は無くなったが、やはり当時の事が気掛かりで寝室を抜け出す事は躊躇われる。

 

「――情けないわね、大丈夫。少し気分転換をするだけ」


 自分に言い聞かせる様口に出し、寝室の扉に手を掛けた。


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