2
鏡越しに私の瞳を見据え、紡がれる言葉。力の籠った彼女の声に、何を言われるのかと思わず身構える。
だが、タイミングが悪くも部屋に響き渡ったノックの音で、その言葉を最後まで聞く事は叶わなかった。
メアリーと共に、反射的に扉の方へと視線を向ける。
私の返事を待たずに、開かれる扉。
――もし、部屋を訪れた人物が父だったとしたら。
日中の事がフラッシュバックし、一瞬にして恐怖が心の中を満たす。
だが、顔を覗かせたのは予想外の人物だった。
「お、お母様……」
私の顔を見てにこりと微笑んだ母の顔に、思わず安堵の溜息を吐く。
「なぁに、お邪魔だったかしら」
揶揄う口調の母に、「とんでもございません」とメアリーが透かさず返答し、彼女が一歩私から距離を取った。ブラシをドレッサーに置き、私達に近づいてくる母に会釈をして逃げる様に寝室を去っていく。
メアリーが先程何を言おうとしたのか、聞きそびれてしまった。また機会があれば、話してくれるだろうか。内心口惜しく思いながら、私の背後に回った母に、鏡越しに視線を投げた。
「珍しいわね、こんな時間にお母様が来るだなんて」
徐にブラシを手に取った母にそう声を掛けてみるが、母は何も答えない。
「お身体に触るわ。早く寝室へ戻った方がいいんじゃないかしら」
母は比較的穏やかな性格をしている為、父よりかは話し易い方だ。だが時々何を考えているか分からない時があり、2人きりになるのは非常に気まずい。
正直、母には早く要件を言って出て行って貰いたい所だ。しかしそんな事は口が裂けても言える筈も無く、仕方なく口を噤み私の髪を梳く母を黙って見つめた。
「――ヘクターが、メアリーに怪我をさせた様ね」
ずっと黙っていた母が突如切り出したのは、日中の“例の”話題。あまり触れて欲しくない事柄に、鼓動が跳ね上がる。
「貴女がその場に居合わせたと聞いたけれど、怪我は無いかしら?」
日中父と起こしたトラブルは、何処まで母の耳に入っているのだろうか。
指に巻かれた包帯を隠す様に手を握りしめ、「私は大丈夫よ」と当たり障りない返答をする。
「そう、良かった」
私の髪を梳きながら、母が安心した様に顔を綻ばせる。その顔に、嘘をついてしまった罪悪感からかちくりと胸が痛んだ。
母も、母なりに私の事を心配してくれているのだろうか。使用人達にはきつく当たったとしても、娘の私にはほんの少しだとしても情を抱いてくれているのかもしれない。
「もし貴女が怪我をして、傷跡が残ったりなんて事があったら――」
だが、母の続けた言葉に、その僅かな期待も打ち砕かれる。
「――今後の婚姻に関わるでしょう?」
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