第12話

 朝ご飯の時間はすでに終わっていたらしい。

 運動着に着替えさせられると僕は館内放送で呼び出された。

 そのままチンピラ坊主に食堂に連れて行かれ用意されたおにぎりを食べる。

 頭に糖分を入れると疑問がわいてきた。

 ……ちょっと待ってよ。

 車で寝たせいで時間の感覚が狂っていた。

 なんでみんなこんな朝早くに起きてるんだ?

 起床時間はいつなんだ?

 いまの時間は8時。

 これより前っておかしくないか?

 ごはんを食べるとジャージにスポーツ刈りの見るからに体育会系といった風貌の職員に庭に連れて行かれる。

 少し狭めの校庭にはみんながいた。

 僕がボケッとしてるとスポーツ刈りに襟をつかまれ後ろに並ばされる。

 なんだこいつ。感じ悪いな。

 みんなの前に台があった。

 台の上には住職。台の下にチンピラ坊主がいた。

 スピーカーのきぃーんという音が寝不足の頭に響く。

 不愉快な音がおさまると住職が話し始めた。


「おはようみなさん。君らは社会に迷惑をかけてる存在です。いらない人間です。真人間にならなければ刑務所に行くことになるでしょう。今日、君らの仲間が一人、ここに助けを求めてきました。みなさん拍手で迎えてください」


 さらし者決定。

 いきなりの嫌がらせに僕はイラッとした。

 この薄ら寒いノリが続くならいっそ自殺した方がマシだ。

 拍手で迎えられ台の上に乗る。

 死にたい。


「野村くんは、ええっとなんだっけ。そうそう、ネクラなオタクを治したいとやってきました。みなさんもネクラでオタクでも仲良くしてやってください」


 あまりの無神経な紹介に吐き気がした。

 もう日本のどこにも僕のいられる場所はないのかもしれない。

 引きつっているとまたもの襟をつかまれて列の最後尾に戻される。

 だけどまだ地獄じゃなかった。

 地獄はこれからだった。


「ではランニング」


 準備運動もなしでいきなり走らされる。

 トロトロ走り出すと同室の二人が合流する。

 志賀が僕に小声で言った。


「走ってるフリだけしてな。終わらないから」


「終わらないって?」


「ああ、すぐ前にいる太った子いるだろ。肥満で入れられた小学生なんだけど、彼の限界が来たら終わるから」


「それ虐待じゃ……」


「親に見捨てられたいらない子を助けるほど警察も暇じゃないんだよね、これが。ここにいるってことは死んだって代わりがいる子でしょ」


「だよなあ。なるべく体力を温存しろ。志賀も言ってたがくれぐれも明日までここの施設の評価をするなよ。学校も警察もクソだがここは本当のクソだ」


 神谷も同意する。

 速度を落として走っていると太った子が転んだ。

 慌てて差し伸べようとする手を神谷が止める。


「よせ。ヘタな同情はここじゃ厳禁だ。野村くんも俺になにかあっても絶対に手を差し伸べるなよ。野村くんになにかあっても俺は助けられない。お互い助けないんだから恨みっこなしな」


「そうそう。殴られて脅されたら密告だってしていいよ。野村くん中学生だろ。口を割るなって言っても絶対に喋っちゃうよねえ」


「約束守れねえから俺たちここにいるんだしな」


「そうそう!」


 ノロノロ走りで太った子を追い抜く。

 一週してまた太った子を追い抜く。

 さらに何回か追い抜く。

 抜き去るたびに太った子がぜえぜえとつらそうに走っているのが見えた。


「そろそろかな」


 志賀の声とほぼ同時に太った子が倒れ込んだ。

 そこにバケツを持ったチンピラ僧侶がやって来る。

 え、ちょっと、何すんの!

 バシャ!

 チンピラ僧侶が容赦なく水を浴びせる。


「おまえ!!! ちゃんと完走するって約束しただろうが!!! この豚が!!!」


 罵声。

 それはあまりにも理不尽な光景だった。

 ゴールを決めずに脱落者が出るまでのデスマッチ。

 それなのに最下位。それも小学生に罵声を浴びせるその卑しい根性。

 嫌いだ。こいつ心の底から嫌いだ。


「チッ! おい終わりだ!!! 次は講堂だ!!!」


 みんな走るのをやめて一階の講堂へ行く。

 講堂に行って待っているとチンピラ僧侶が竹刀を持って来た。

 暴力かよと思ったら少し違うらしい。


「おい志賀! 野村に手本見せろ!!!」


「はい先生!!!」


 志賀は直立不動で大声を出した。


「わたしは親に見捨てられました!!! 学校にも見捨てられました!!! 生きてる価値もないゴミです!!! いますぐ死ぬべきです!!!」


「そうだ!!! お前らは生きる価値のない人間だ!!! 社会にいらない人間だ!!! じゃあどうする!」


「真人間になります!!! バイクを捨てます!!! 友だちとも縁を切ります!!! 働きます!!!」


「お前らもやれ!!!」


 みんな一斉に唱和する。


「わたしは親に見捨てられました!!! 学校にも見捨てられました!!! 生きてる価値もないゴミです!!! いますぐ死ぬべきです!!!」


「どうする!!!」


「真人間になります!!! バイクを捨てます!!! 友だちとも縁を切ります!!! 働きます!!!」


「野村ぁ!!! 家に帰ったらどうする?」


「べ、勉強します……」


「違う!!! お前らクズがいまさら勉強したってもう遅い!!! 持ち物を全部捨てろ!!! 気持ち悪いオタクのものを全部捨てろ!!! 生まれ変われ!!!」


 バンッとチンピラ坊主が竹刀で床を叩く。


「全部捨てます!!!」


「そうだ!!! なあ野村ぁ、おまえに価値はあるか?」


「憲法で」


「違う!!! おまえには価値がない!!! 今すぐ死ぬべきだ!!!」


「生きる価値もありません!!! 死ぬべき……おえぇッ!」


 それは拒否反応だったのだろうか。

 その瞬間、僕は嘔吐した。

 チンピラ坊主が僕の後頭部を竹刀で思いっきり叩いた。


「このゴミが!!! 吐きやがったな!!!」


 僕は泣きながら嘔吐した。

 ああ、どうして僕はこんな仕打ちを受けるのだろうか?

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