第13話

 すべて吐いた状態で次の時間。

 次は講堂で読経。

 教えてくれないのでなんとなく合わせる。

 正座した足が痺れる。

 苦痛。

 足が痺れるが足を崩すと棒で殴られる。

 太った子が何度も殴られて泣いていた。

 しばらくしてトイレ休憩。


「真面目にやろうなんて思うなよ。死ぬから」


 トイレで小便してると神谷が断言した。


「あいつら思いつきで授業やってるだけだからな。やってるフリしとけ」


「次は拳法だってよ」


 志賀が横で用を足しながら言った。


「二人はそういうの得意なの? 喧嘩強いんでしょ?」


 僕がそう言うと二人は笑う。


「習ったことねえよ。体育でやった柔道くらいか」


「それに住職に協力してるようなやつだぞ。信用できねえ」


 講堂に戻るとやはり胡散臭いのが待ち構えていた。

 腹がでっぷりした眼鏡をかけた中年の男、汚い道着を着ている。

 それが偉そうにふんぞり返っている。


「おいお前ら並べ!!!」


 何列とも指定がない。

 しかたないので適当にモタモタ整列。


「突き、はじめー!!!」


 怒鳴り声を合図にパンチがはじまる。

 この間、説明一切なし。

 意味がわからない。


「えい! えい! えい!」


 意味もわからずに声を出して拳を突き出す。


「お前らの甘えた根性を叩き直せ!!! 自分に打ち勝つんだ!!!」


 甘えている。

 何度も言われた言葉だ。

 だけど絵を描くのが好きなくらいで、そこまで言われる必要が本当にあるのだろうか?

 そもそも僕らを毛嫌いしている体育会系だって毎日スポーツやって遊んでいるだけだ。

 僕らを弾圧する権利がどこにあるというのだろう?

 彼らこそ甘やかされているのではないだろうか?

 彼らを否定する気はない。好きなように生きればいい。

 ただ僕らを弾圧する権利はないはずだ。

 何度も拳を放つ。

 しばらくすると今度は蹴り。

 なんのためにやっているのかわからない。

 なにを目指してどんな人間になって欲しいのか?

 なにもかもわからない。

 思ったよりも何倍もキツい。息が切れてくる。


「野村くん、まともにつき合うな。適当に流せ」


 志賀がそっと耳打ちした。

 まったくその通りだ。

 僕はカリキュラムをこなす義務はない。

 つき合ってやってるのだ。

「どうぞお願いですからやってください」と懇願するのが筋ではないか?

 なんだか腹が立ってきた。


「えい! えい! えい!」


 死ね! 死ね! 死ね!

 学校の連中も! 教師も! 親も!

 みんな死ね!!!

 殺す! 殺す! 殺す!!!

 帰ったらてめえらみんな殺す!!!

 金槌で殴って殺す! 首絞めて殺す!

 首カッ切って殺す! 給食に毒入れて全員ぶっ殺してやる!!!

 テメエらのせいだ!

 クズどもが!

 てめえらの!

 恋人も!

 友人も!

 家族も!

 全員ぶっ殺してやる!!!


 このときかもしれない。

 僕のたがが外れたのは。

 大声を出してると楽しくなってきた。

 憶えてろよクズども!

 ぶっ殺してやるよ!

 これはお前らが望んだ戦争だ!


「あ、あはははは……どうしたの? 野村くん?」


「志賀さん。僕決めました。僕をここに送った連中。全員ぶっ殺します」


「はははは! 聞いた神谷。この子最高だよ」


「だな。手伝うぜ」


 ああ、あのクソどもを後悔させてやる。

 その日の夜、僕は神谷さんにソリ込みを入れてもらった。

 それからの日々は楽しかった。

 七時就寝、夜中の三時に起床。

 頭おかしい。

 この時点で意味がわからないが、僕はもうあきらめていた。

 あきらめるとすべてが楽しくなってきた。

 掃除に食事の用意、そして早朝の勉強とこなしていく。

 あとはひたすら運動で体を動かす。

 空き時間に二人と体操服入れをグローブにしてスパーリング。

 喧嘩の仕方を教えてもらう。

 あの太った子がコケたときゲラゲラ笑えるようになると迎えが来た。

 学校から休みすぎだと言われたらしい。

 死ね。

 両親は預けに来たときと同じ顔だった。

 ただ違うのは僕の中身だった。


「迎えに来たぞ……おまえ少し変わったな……」


 そう言って不機嫌な顔をした父親を鼻で笑う。

 クズが。

 僕のポケットの中には二人の連絡先が入っていた。

 たった二人の仲間。

 二人も一ヵ月後に出所だ。

 もう僕の人生は終わった。

 オタクというだけでどいつもこいつも僕を嫌いになる。

 もうすべて壊れてしまえ。

 僕を乗せた自動車が家に向かう。

 車内の空気が、消臭剤のにおいが気持ち悪い。


「おまえ……口数が少なくなったな」


 男が話しかけてきた。

 無視。一秒だってことの男といたくない。


「なにか言えよ」


 僕は外を見ていた。


「おい!!!」


 もう何も感じない。

 なにもかも空虚だった。虚無だった。


「スねてんのか!? 怒ってんのか! なあ、おい!」


 僕はこのとき勝ったつもりでいた。

 ああ、愚かにも暴走族の二人はまともな人間だった。

 僕の周りにいた人間の誰よりもまともだったのだ。

 そう、あのクソ住職やチンピラ僧侶、それにインチキ拳法家なんてあいつらに比べればまともな人間だったのだ。

 僕はまだそれを知らなかった。

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1989年の邪宗門(アナセマ) ~あるオタクの死~ 藤原ゴンザレス @hujigon

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