第11話
クソ両親は帰っていった。
とうとう人格矯正施設。北陸地方にある寺での生活が始まってしまった。
部屋は二階。4人部屋。
部屋は壁紙が煙草で黄色くなっていた。
中にいるのは高校生くらいの男性二人。
片方は背が高く痩せ形。もう一人は柔道部みたいな体型だった。
二人とも坊主頭だが、こめかみの毛を剃るソリ込みが入っていた。
どう見ても不良である。
ヤキ入れだのなんだのという集団リンチにあわなければいいが……。
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると二人は笑顔になる。
「おう、そんなカタくなくていいぞ。俺は神谷。こっちは志賀だ」
太った方が言った。なんだか好感が持てる。
「夜露死苦。メシは18時に一階の食堂。入浴は19時から部屋ごと。脱走は連帯責任だからしないでね」
痩せた方の人は口調は柔らかいがちょっと格好つける癖があるらしい。
「ぎゃははは! 志賀は初日に脱走したくせに!」
「神谷ぁ、ちゃんと謝ったじゃん! すぐに警察に連絡されるから確実につかまるよ。無駄な抵抗はしなほうがいいと思うよ」
「志賀ぁ! 俺は絶対許さねえからな! それで、ええっと……キミは……」
「野村です」
「野村くんは、なんでここに入れられたの? なんていうか、その……俺たちとは違うからさ」
この頃はまだ引きこもりが社会問題になる前だった。
寺に入れられた子のほとんどが不良だった。
「オタクをやめさせて欲しいって親が……」
「オタクってアニメとか好きなあれ?」
「ええ、子どもを誘拐して殺す前に真人間にして欲しいって」
「え? あ……ちょっとそれおかしくないか? あ、ごめん。野村くんの親がおかしいって意味じゃなくて……」
神谷がしどろもどろになった。
不良業界では相手の親の悪口を言うのは刺されてもおかしくないタブーらしい。
とはいえ悪意のない台詞にいちいち腹を立てる気にはならないし、実際うちの親は頭がおかしい。
「いえ、事実ですので」
「……ごめん」
「野村くん悪かったな。神谷は考えなしでしゃべるからよ。許してやってね」
「気にしてませんので」
同室の二人はいい人たちのようだ。
すると志賀が言った。
「俺は東京、神谷は千葉で族やってて親にここに突っ込まれたんだ。二人とも高校クビになっちまった」
族とは暴走族のことだろう。
高校をクビになるくらいなのだから、おそらく他人に迷惑をかけてここに来たのだろう。
だがそれは僕には関係なかった。
「ま、仲良くやろうよ。どうせ朝から怒鳴られるんだから、部屋でギスギスするのはやめよ」
「そんなに怒鳴られるんですか?」
二人は顔を見合わせた。
しばらくすると志賀は真剣な顔で言った。
「アレはちゃんと自分を持ってないと……頭がおかしくなるかも。精神にくるタイプだから気をつけてね」
「殴られるよりキツいよな」
「ちょっと! 脅さないでくださいよ!」
まさか頭がおかしいのは地元の連中だけと思いたい。
「いや本当。でもキレても抵抗しない方がいいよ。チンピラみたいな坊主がいたでしょ。あいつ木刀で殴ってくるから、それもフルスイングで」
一気に穏やかではない話になった。
神谷も同調する。
「この部屋にもう一人いたんだけど、こないだ救急車で運ばれちまった」
「それって警察沙汰じゃ?」
「さあな。少なくとも住職がつかまったって話は聞かねえな。俺たちの扱いなんてそんなもんだ。なんだっけ? 非行少年」
やれやれと志賀が腕を広げる。
「そうそう! 愛の鞭で更正させるんだってさ。ただでさえ悪い頭が余計悪くなっちゃうっての。テレビだって調子悪くなったからって叩いたら壊れるのにね」
「え、志賀? テレビって叩いたら壊れるの?」
「半田が剥がれてたとこが一時的にくっついて見えるようになるってはあるけど、基本的には寿命縮めてるだけだね」
「マジか! さすが工業高校中退!」
「ほめろほめろ!」
二人を見ていると宮崎勤逮捕からの出来事が嘘のようだった。
まるで世界が正常に戻ったかのように感じられた。
「ああ、こんな時間か。そろそろ点呼の時間だ。野村くん廊下に出ようか」
「点呼?」
「ああ脱走者がいないか調べるんだ」
すると部屋の天井隅に設置されたスピーカーから館内放送が入る。
「点呼の時間だ。全員廊下に出ろ」
廊下に出ると他の部屋の子たちも廊下に出ていた。
二人は「気をつけ」の姿勢を取る。
「野村くんも気をつけして」
僕も気をつけ。
すると例のチンピラ坊主がやって来る。
それを見た別の部屋の子が声を上げた。
「一班! 四人確認しました!!!」
「ヨシッ!!!」
なにが「ヨシッ!!!」なのかはわからないがチンピラ坊主が答えた。
二班三班と同じことをして今度は僕らの番。
神谷が大声でを出す。
「四班! 三人確認しました!!!」
「ヨシッ!!!」
正直言うと、ここの文化について行けなかったが、まだ理由があるだけマシだった。
チンピラ坊主が怒鳴る。
「各自部屋で学習!!!」
それを合図にみんなは部屋に戻っていった。
「ほんと気持ち悪いだろ? でもここは毎日こうなんだ」
「いえ、正直学校よりは理由があるだけマシかなと」
「うん……まあ、その評価は明日までしない方がいいかな。あ、言うの忘れてた。地獄にようこそ」
いやに脅す。
でも彼らからは悪意は感じられない。
ここはそんなに恐ろしいところなのだろうか?
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