065 ◉一木難支を告げる尺牘。〜だから私は、筆を執ったのだよ〜

 つい最近まで折谷 総司が勤めていた企業、〈KUJYOUホールディングス〉はダンジョン関連の企業としては大企業と呼ばれるに値する規模だった。

 元探索者の九条 宗一郎氏が一代で創立し、ダンジョンから得られるドロップ品などを取り扱い、自社で行う独自の商品開発、特に技術開発分野では同業他社とは一線を画す。


 その中で最も有名なものは、【魔石エネルギー変換効率上昇技術】、通称【MECUTメカット】と呼ばれる技術である。

 それまでの常識だった【MECUT】数値を飛躍的に上昇させることで、世界のエネルギー資源問題を一気に解決へと推し進めることとなった。


 この技術をもって、〈KUJYOUホールディングス〉は世界中にその名を轟かせたのだ。



 だがしかし、今現在では件の技術開発に関して部署ぐるみでの不正が発覚しただけでなく、真の技術開発者を不当解雇してしまうという前代未聞の問題に直面していた。

 また、各国へと提供していた技術を自社技術開発チームで再現する事が出来ないという状況に陥っており、日増しに契約している国々からのクレームが増え、解決策を打ち出せないまま信用と業績は下がる一方だった。中には既に国家間での協議を始める国も出てきていた。


 そして、そんな状況の中、〈KUJYOUホールディングス〉本社会議室にて九条会長の号令によって本社役員が集められ、緊急役員会が開かれようとしていた。


「それでは役員会議を始めます。皆様、先ずは現状報告をよろしくお願いします」


 九条会長の座る席の左右から伸びる2列の席には、取締役をはじめとした役員、各部署の上位役職者が座っていた。その表情は会長席に近いほど強張っていた。


「はい、では私からーーー」


 集まった部下達の報告を聞く会長は、腕を組み目を閉じたまま何の反応も見せない。

 自身の会社が立たされている状況を傍観しているかのような態度に、一同は疑問を感じるものの会議自体は比較的スムーズに進行していく。


 議題の中心は【MECUT】の事であり、やはり多方面に影響が出ている事実のお浚いとなっていた。

 そして、ここにきて初めて九条会長が口を開いた。


「右川、頼んでいた件の報告をしろ」

「はい、監査部」

「報告します。お手元の資料に概要は記載させて頂いておりますが結論から言いますと、折谷総司という社員はダンジョンエネルギー開発部にてハラスメントを受けていた事、不当解雇、ヘローワークへの虚偽報告は全て事実でした。

 又、【魔石エネルギー変換効率上昇技術】に関しても、折谷氏が抜けた今、以前のような数値を出す事は不可能と判断しました」

「開発に至るまでの経緯の件はどうした?」

「申し訳御座いません。折谷氏の残した資料が開発部の隠蔽工作により全て破棄、又は改竄された形跡があり開発の経緯は辿り切る事は不可能でした」

「....クソ共が!それでも1人で成し得た訳では無いだろ、同じ研究チームだった奴等はどうした!」

「...1人でした」

「なら、そいつからちゃんと聞いてこい!」

「...違います、会長。折谷氏はチームで開発しておりません、彼1人で開発したのです」

「はぁ?...貴様等、ウチの会社はそんな仕事のやり方をさせているのか!研究開発を1人でやらせる事のリスクも理解出来ない無能の集まりなのかッ!」


 ドンッ!と、机上の資料を叩く九条会長に視線が一瞬集まるものの、直ぐに目を逸らしてしまう面々。

 沈黙が数秒続くと1人の男が怯えた様子で声を絞り出した。


「...じ、人事部から手紙を預かっています」


 そう言った役員の1人は、懐から一通の封筒を取り出した。白い封筒の中心には何か〈目〉の様なマークが押してあるだけで他には何も記載されてはいなかった。


「何だ、手紙とは。誰からだ?」

「そのような報告は私も聞いておりませんが?」


 監査部長も知らない手紙の存在に一同は手紙を持つ男に注目する。


「こ、この手紙は人事部職員に、折谷総司が退社の際『近い内に開かれるだろう、お、お偉いさん達の集まりの時に渡して欲しい』と渡してきたモノで、人事部長より今朝渡されました。『中身を無理矢理見ようものなら後悔するぞ』と言伝があったみたいで....実際に開封しようとした社員が怪我をした為、気味悪がって部長が保管していたとの事です」

「....どういう事だ?おい、誰かその手紙を読み上げろ」

「では私が。手紙それを此方へ」


 監査部長がそう言い手紙を受け取ると、難無く開封して便箋を広げて読み始めた。


「では、読み上げますーー


“拝啓 

 理不尽を強いてきた愚かな屑の群れと其れを率いる無能な統率者さん。

 私、折谷 総司は貴殿等を赦す事など有り得ないと、先に告げておく”


 衝撃的な前文が静寂だった会議室内を響めかせる。

 屑。そう呼ばれた者達の罵詈雑言を他所に、大企業の今後を左右する手紙の読み聞かせは続く。



“折角の機会なので、口頭で伝えたり、PCやスマートフォンのメール等の現代の利器を使うのも野暮だな、と私は思った。

 そこで、だ。こんな便利な世の中となった現代社会でも、大切な気持ちを伝えるのは、と考えた。

 年賀状で新しい年を祝い、合否の通知を郵便受けの前で今か今かと待ち構え、好ましい感情を込めて書いては消して、書いては読み返した恋文love letter

 どれだけ世の中が便利になろうが、いつの時代でも人は想いを込めた文字に心を揺さぶられるものだと。

 だからこそ、私もそんな文化を尊重し、手紙を綴るのも一興だなと思い至り、私は筆を執ったのだよ”

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