第十一話 東雲

 立花は亡くなったと花子は教授から教えられました。死因はトラックとの交通事故だそうです。ゼミが終わった際に教授から式場の案内を渡された花子は「何故私に」と教授に尋ねました。


「遺書に貴女の名前があった」


教授がその内容を話す前に、花子は案内を教授にさし返しました。教授の驚いた顔に花子は冷たく言います。


「私はもう、彼女に伝える事も彼女から伝えられる事もないので」


それから先、花子は立花の名を口にすることはありませんでした。

 桜が散り、卒業生が涙を流しながら笑いあう声がそこら中から響きます。そんな中、もう人のいない校舎の奥で、スーツ姿の花子はひとり、アトリエで真っ白なキャンバスの前に立っていました。もう行くことのない異世界を想い馳せながら、花子はアトリエを立ち去りました。

 華やかな袴、絶えず聞こえるシャッター音、その中で花子はクシャクシャになっていたポケットの写真を握り、大学の出口へと向かいました。


「要らない履歴書燃やしていこうぜ~!」

「あと少しで終わりだよ~!」


出口に繋がる中庭で生徒たちが思い思いに紙類をくべていました。それをみた花子は、立花から貰った小説を鞄から取り出します。

 多くの生徒が和気あいあいと火の回りにたむろっていましたが、花子は誰にも気にされませんでした。

 火元に花子は小説を投げ入れました。それが燃え尽きたかどうかは見届けず、ズボンのポケットに入っていたクシャクシャになっていたの写真を投げ入れ、火元に背を向けました。


 降り注ぐ桜と、人混みが花子の姿を消していきます。花子は力強く地面の桜を踏みながら、ひとりで学び舎から出ていきました。


拝啓 イザールの皆様。


 花の盛りもいつしかすぎて行く春を惜しむ季節になりました。その後お元気でいらっしゃいますか。

 以前、そちらとこちらの時間は流れが異なると仰っていましたね。私がそちらで起きなければ、時間は進んでいないのかもしれません。現に、私はそちらで起きることは一切ありません。何度寝ても、みる景色は今いる世界です。

 今の私にとってはこのお話も遠い昔の事です。自身の行く道に悩み、苦しんでいた時だからみた夢かもしれません。

 絵、音楽、何かを表現する仕事にはついていませんが、それでも私は自分の好きに正直でいます。辛くても生きていく強さを学びましたから。

 もし、万が一でもこの本が目に入りましても、ご連絡は結構です。この物語は、私とギルドの皆様の胸中に置いといてください。

 ありがとう。輝かしい世界のみなさま。


敬具


追伸 ポラリスのみんな、ティーモ、私は今日も生きているよ。


(了)


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私の夢みた異世界 赤津雅人 @red_house

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