第七話 可惜夜
「よ! いよいよだぞ」
ギルドの入り口でウェイズと出会い、出立するのが今日だと教えてくれました。そのためか、イザール周辺では浮き足たつ人々であふれていました。
「おーい! 早く入って! 移動始めるよ!」
ギルドの奥からチェイブが手招きしており、三人は駆け足でギルド内に入りました。
エルナやメイザ、他のギルドメンバーもメインホールに集まりました。チェイブは全員が見渡せる舞台に立ち上がり、気の引き締まった声で話し始めます。
「本日から『大峰の祭壇』に向かう。長くはないが、道中は魔物だらけだ。それらも治安のため、退治していくことになるだろう。以前の大戦から復活したランだ。確実に以前より勢力を増していることだろう。気を引き締めていくぞ!」
ギルドメンバーは鬨を上げ、空気が張り詰めました。花子も緊張しながら、この世界への使命感を果たすために深呼吸しました。
「それでは、移動を開始する。乗り物酔いがある人は魔法をかけてもらってくれ」
柔らかくなった表情でチェイブは裏へと走って行きました。すぐにメイザが花子に寄ってきました。
「ハナコ、最初は揺れるので何かに捕まっていてください」
花子はメイザに誘われ、丈夫な柱に捕まります。
しばらくするとドンッと大きな揺れと共に、骨にまで響く重機の音が鳴り響きます。車のようにギルドは走り出し、外からの人々の激励を浴びながらエラセドを後にしました。
「ギルドごと移動するんだね」
花子は窓から身を乗り出して外を眺めました。風を切り、澄んだ空気が花子の顔に染みます。花子は車以上の速さで移動するギルドに感心していました。隣で花子と同じく外を見ていたエルナがギルドごと移動する理由を述べます。
「看護室や、色々な設備をよその街で借りるのも忍ばれない。他の仲間も連れて行くとなれば、これで移動した方が楽だからな」
近くで鎧の手入れをしていたウェイズが、以前の大戦でのことを教えてくれました。
「以前の対戦では後ろからこれが追ってきて驚いたな。あん時はポラリス単騎で挑んちまった。まぁ調子良かったからな」
「アリエッタは何でポラリスだけで行こうとしたの?」
エルナが周りを気にし、こっそりと花子の問いに答えます。
「皆の事を思って私たちだけで行ったのだ。今思えば本当に危険な選択だ。アリエッタも自分の力を信じていたから選択したと思うがな」
ランに勝利し魔族を追い返すまで、アリエッタは諦めなかったと言います。アリエッタという人物がまさに主人公だと、花子は思う様になりました。
日が空のてっぺんに来る頃、エラセドと同じ規模の街に着きます。外壁はなく、ギルドは街の近くにとまりました。
チェイブが街のギルドと連絡を取ると、行先の道に魔族がたむろっていると報告を受けました。
「戦闘場所は墓の近くか。魔族の中には亡霊をエサにしている種族がいる、苦戦している理由だろう。万が一もある。火星が必要ならすぐに連絡してくれ」
すでに他のギルドが依頼を受けていますが、救援要請があったため、ポラリスが向かうことになりました。
戦闘場所は川沿いでした。岩場には痛々しい獣の爪痕が残っており、木々も荒らされています。花子たちは着いてすぐに戦闘に加勢します。怪我を負った者はメイザの治癒魔法で手当てしました。
魔物を倒しても倒しても森の中から現れます。しかし、エルナやウェイズ、そして花子の魔法なら容易いものです。花子が腕を一振りすれば流星のように宝石が飛び、星のように閃光を放ちます。それに続いてエルナは自身より巨大な大剣を軽々と振るいます。地まで振り下ろせば、唸りを響かせて土が舞います。ウェイズは敵の注意を引き、すべて軽々と受け流します。がっしりとした鎧とは思えないステップで味方の攻撃の隙をうませています。
花子の息が上がり始めましたが、魔物は減る様子がありません。一旦下がろうとした花子に、前に出ていたウェイズが大声で知らせてきます。
「魔族のゲートが墓の奥にある! ハナコ!小さいけど狙えるか!」
花子は目を凝らして木々に隠れた墓の奥を見ます。しかし大量の魔族の中、動きを止めてまで狙うのは困難でした。ウェイズが注意を引いていても、何匹かは襲い掛かってきます。
「わっ!」
魔物の攻撃を宝石の壁でガードした花子でしたが、反動は受けます。上手く攻撃を流せなかった花子の体は流れる川に軽く飛ばされます。戦闘中であるが故、戦い以外に意識が回らなかった花子は受け身が取れず、全身が水につかり動きが鈍ってしまいました。
「ハナコ!」
花子を助けに行くのに、エルナは距離が遠すぎました。川から立ち上がるのも間に合わない花子はとっさに両腕で守ろうとしました。
「ミルキーウェイ!」
誰かの声が墓の反対側から聞こえた時、煌めく宝石が散る光線が魔物を包み、墓の奥へと届きます。そして魔族のゲートを貫きました。光線が放たれた方向を見た花子はほんの一瞬、息が止まりました。見たことある星が写るマント、見たことある薄紫の髪色、そして宝石の魔法。
『そっくりだよ』
みなから言われた言葉を思い出した花子の眼中には、いなくなっていたはずのアリエッタが映っていました。
*
「ギャラクシア!」
アリエッタが技名を叫べば、宝石たちは適従して閃光を放ちます。星のように煌めき、温かな空気は邪悪な魔物だけでなく、味方も浄化させました。星の瞬きと同じく、あっという間に戦いを終わらせたアリエッタは誇らしげに微笑んでいた。
「アリエッタ? 本物か?」
二度も生死を確認することになってしまったエルナは動揺します。それはウェイズとメイザも同じです。花子とアリエッタ、性格以外は瓜二つでした。だからこそ同じ人物がいたことに、どのような落とし前を付けていいのかわからないのです。そして、当人の花子も同じです。何故今になってアリエッタが出てきたのか理解できませんでした。呆ける四人に、アリエッタも予想と違う反応に戸惑います。
「あれ? 何か変なとこある? 私、アリエッタだよ?」
「アリエッタなのはわかるが、今までどうしていたんだよ」
ウェイズは軽く身構えて、アリエッタに問いました。
「……ランとの戦いで私はほんとに死んじゃったかなって思ったんだよ。ゲートを破壊した時に大きな爆発があって、それをくらったんだ。その後はずうっと、くらーいとこで彷徨ってた。いつまで続くのかなって思っていたら、光が見えてさ。導かれるように目指したらここだったってわけ。ま、私も驚いてるよ。そっくりな子がいるし」
アリエッタは軽い足取りで花子に近づきました。
「私、アリエッタ。あなたの名前は?」
「鈴木花子……」
アリエッタの差し伸べた手が一瞬止まります。
「もしかして他所から? 私もなんだ。あとで詳しく聞かせて!」
花子はアリエッタの手を掴み、川から上がりました。
他のギルドの人に見られていなかったアリエッタは、ひとまずポラリスのメンバーだけで岐路に着きます。
イザールに着くころに日は沈み、人の出入りもありませんでした。アリエッタは裏口から入ることを提案し、迂回したところ品入れをしていたティーモと出くわします。
「きゃー!久しぶり、ティーモ!」
「ハナ……え?! アリエッタ?!」
いきなり抱き着いたアリエッタに戸惑うティーモでしたが、目の前に立っていた花子を見て理解します。ティーモもアリエッタだと理解すると、同じく喜びます。
「みんなに知らせようよ!」
ティーモが涙を浮かべながらアリエッタに話しますが、アリエッタはティーモを引き留めます。
「徐々に私がお知らせしておく。一斉に話したら目に見えてわかる・・・・・・騒がしくなるってね! ランをぶっ倒しに行くんでしょ? 混乱しないように私がうまくやっておくから」
やれやれと呆れたアリエッタは、花子と話がしたいとティーモと三人を先に帰しました。
*
月明かりの下でアリエッタと花子は並んで座ります。花子はアリエッタが自分に瓜二つであることに、内心気味悪がっていました。どうして現世の自分と似ているのか、聞くべきか悩んでいました。しかし、先に口を開いたのはアリエッタです。
「日本から来たんだよね」
「アリエッタさんも?」
頷くアリエッタに花子は重ねて質問します。
「こっちに来られていない時は?」
「普通に現世で生活してたよ。こっちにくる理由がなくなったからかな」
花子が『こちらにくる理由』について聞くも、食い気味にアリエッタが話します。
「それより、花子って呼んでいい? そんな緊張しないで! 私の事もアリエッタだけでいいから!」
勢いよく立ち上がったアリエッタは人がいないことを確認して、外灯が消えているギルドの正面玄関へと歩きました。
正面玄関は以前、花子が子供たちと書いた絵が残っていました。はっきりと見えるその絵にアリエッタは反応しました。
「それ、エラセドの子供たちと一緒に描いたんだ」
「花子が一緒に?」
「うん」
花子は上手いと言う自信はありませんが、自分で描いたという自信はありました。この絵は自慢できないけども、嫌いではなかったからです。アリエッタは花子を二度見します。
「……すごいね!私にはこんな色使いできないよ!」
「アリエッタは色々な人に慕われているよね。たくさんの人にアリエッタだ〜って言われてさ。私は一緒に盛り上がれなくてポラリスのメンバー以外、あまり話せなかったよ」
「人付き合いは現世でも得意だからね!」
「そういえば、アリエッタの現世での名前聞いていなかったね」
「私はここでいる時はアリエッタって言っているから、それでいいよ。現世とここは違うわけだし」
話の流れで聞いた質問でしたが、アリエッタの語気が少し強くなりました。一瞬の表情を花子は見れず、直ぐにアリエッタは軽く微笑ました。
「というか、花子はせっかく異世界に来たのに現世の名前を名乗っちゃったんだね!」
はははと茶化しながらアリエッタは花子に一歩近づきました。
「異世界は楽しいよね! 私らのやる事はハッキリしていて、私らにしかない力もある。私らを否定する人もいないし、能力を否定されることもないよね!」
花子の両手を掴むアリエッタの目はどこか同意を求めるようでした。花子はすこしだけ後ずさりをしてしまいました。何かは解らない疑念がアリエッタから感じ取れたのです。しかし、次のセリフで花子の心は揺らぎました。
「ここでなら何者にかになれるよ」
現世では何か突出した能力もなければ、多数に認められる地位もないのです。先が見えずただ不安でしかない将来を持つ現世にはない、そんな高揚感が異世界にはありました。
「それもいいね」
花子はそう呟き、ギルドの中へと帰りました。
頭にきいんと響く音で花子は目を覚まします。うつらうつらする目でスマートフォンのアラームを消そうと、花子は画面に映る時間を見て自分のベッドから勢いよく飛び起きます。朝八時、一限に遅刻する時間でした。しかもアラームは六時から鳴りっぱなしです。急いで身支度を済ませた花子は走りながら考えます。『異世界に行っていると起きにくくなっているのではないか』と。
一限が始めから受けられなかったことを五限まで引きずった花子はアトリエに籠ります。授業の課題を授業外でもやらないと間に合わない量が残っているからです。就活用に描く時間はありませんでした。
外からの微かな話声がだんだんと聞こえなくなり、花子はキャンバスを片づけ始めました。窓から見える校舎はもう明かりがありませんでした。
「ねぇ、鈴木さんって本読む?」
夢中になっていた花子は気が付かなかった立花が向こう正面にいました。立花も同じくキャンバスに向かって何かを描いていました。
「多少は」
立花はいつもとは違う寂しそうな笑顔で花子に近づきました。
「これさ、もう読み切っちゃって要らないんだ」
立花が花子に渡した小説はよくある異世界転生物でした。何もない人物が異世界で現実以上の能力や地位や人間関係を手に入れる、ということがタイトルからわかります。立花は花子に背を向けます。
「転生って、だいたい人生があるのに自殺をしたとかじゃない?違う場合は事故にあったとか。でもどっちも異世界に行くことに抵抗がない。むしろ好んで現世を捨ててる。そんな人間が異世界で順風満帆に生きられると思う?」
眉をはの字にして、立花は純粋な感想を述べていると花子は思い、それに答えました。
「どうだろう。物語は順風満帆でないと売れないからじゃない? 現実にそれだったら、私は……」
続きの言葉が思いつかず花子は黙ってしまいました。
立花は鞄からとある文庫本を取り出します。シンプルなカバーがかかっており、花子からタイトルは見えませんでした。
「能力と見た目が変わって、異世界ではチヤホヤされる。物語的にはね。私はそれでも嬉しいかな」
立花は本をペラペラをめくり、乾いた笑いを見せました。
「本当の自分を見てくれている気がしなくない?」
花子がポツリと呟いた言葉はアトリエの静けさに染みわたりました。立花はページをめくる手を止め、ニコッと笑った顔を上げました。
「そうだよね!私自身に魅力があるなら、現世に未練がないなんてあり得ないじゃん」
立花は真っ暗な窓を見ながら話し始めます。
「この世は逃げようと思えば逃げられる。場所を選ばないなら生きられるし、お金も稼げる。でもそれをしたくないから死ぬって安直だよね。それこそ甘えだよ。現実で自分の魅力がないから、能力だけでも魅力ある世界に転生したい!って、傲慢すぎだよね。自分が何もしていないだけなのに、世界のせいにしてるって。思考が中学生で止まっているよね!」
花子に振り返ることなく立花は持論をまくしたてて語りだしました。セリフの合間に時々悲しく笑い、ため息をつく立花はそのまま暗闇に溶けていきそうです。立花はそのままキャンバスの片付けを始めました。少し乱雑な仕舞い方をし、物同士の擦れる音が静かなアトリエに響きます。
「その本、あげる」
ようやく花子に振り返った立花はいつもの明るい顔でした。
「いらないの?」
「読んじゃったから」
立花はひらひらと手を振り、アトリエを静かに出ていきました。
花子が手にしている本はヨレていました。ですが表紙はしっかりとしているあたりから中古とは思えません。きっと立花は何度も読んでいたのでしょう。そんな本を何故花子にくれたのか、本を鞄にしまうと共に記憶の隅に片しました。
*
とある平日、薄暗い雲を反射したビル群の下を花子は歩いていました。周りの歩く人々は楽しいとは真逆の雰囲気を出しながら、速足で進んでいきます。花子の横をハネのない髪型で、真新しいスーツと靴で通り過ぎる人がいました。今の花子はそんな人と変わりない姿でした。
花子が目的とするビルにスーツの人も入っていきました。その人は受け付けの人に機械的な挨拶をしています。花子も続いて笑顔を作り挨拶を済ませました。なんとも言えない虚無な時間でした。こんな辞書に書かれたような挨拶と態度は就活生以外にするでしょうか。
花子は面接会場の待合室で志望動機、自己PRを脳内で復唱していました。しかし、どうも違和感がぬぐえず、気持ち悪さを感じます。嘘偽りのない自分のはずなのに、どこか仮面をかぶっているようにしか思えなかったのです。
面接が始まっても花子は気持ちが悪くて仕方がありませんでした。面接は型にぴったりとハマった行為だけです。愛想を振りまき、嘘のない経歴を花子は言いますが、面接官は揺すってきます。
「君さ、このレベルで入ってきたいの?」
「作るの向いてないよ」
嘲笑いながら、面接官は花子のポートフォリオを眺めています。
「なんか雑だよね」
遠慮がちに言う顔も、最大限に傷つけないように配慮しているのがバレバレでした。
きっと面接官は反論を期待していたのでしょうか。花子はその反応に当たり障りのない、面接として正解の答えをつらつらと続けましたが、ビルを後にしたときには忘れていました。
「私、何しているんだろう……」
わざわざ大学を休み、わざわざ交通費を払い、時間を削り、やってきた面接で言われる事は否定のことばかりです。言葉ならまだしも、自分の内を表現したポートフォリオに苦言される始末でした。だから花子は絵や、自ら表現する舞台に行きたくなかったのです。必ず自分の内側を否定されるとわかっていました。初めて会った人間に、自分のことを否定しかされない環境が何回か続くわけです。
右手にあるポートフォリオが入った鞄がやけに重く感じ、花子は下を向きながら大きく息を吐きました。そんな苦しい思いを振り払いながら、花子は絆創膏まみれの足で、周りと同じ黒いスーツで、灰色の世界の中、ずうっと下を向いて歩いていました。悔しいさや哀しみではなく、自分の情けなさに涙しながら。
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