第八話 夜更

 異世界で花子はアリエッタと共にポラリスは最強のグループとして人々から期待されていました。道中では魔族の中でも強敵とされる魔物も花子とアリエッタにかかれば一日あれば充分でした。そして浄化させる魔法であるため、魔物になってしまったこちらの住民も元に戻せることもできます。そのため出会う人皆称え見送ってくれます。大した苦労をせずに得られる賞賛にアリエッタは心から喜び、余裕を見せます。花子も同じく喜んでいました。

 イザールの賑わうメインホールから少し離れた立て付けの悪い扉は、ギルドが動く振動で木が軋んでいました。そしてその奥へ続くいくつもの倉庫の一つ『書庫』からポラリスたちの声が微かに聞こえます。


「今日行く街はおっきな広場があるんだよね」


書庫に唯一ある窓を開け、身を乗り出していたアリエッタは風を浴びて気持ちよさそうにしていました。

 大峰の祭壇を目指して進むイザールは次の街へと進んでいました。窓から街の方を眺めればエルフの大樹が遠くの方で微かに見えました。街に近づくほど荒れている地は徐々に減っていきました。その街は大峰の祭壇のすぐ近くになるとのことです。しかし、エルフの大樹が防壁代わりとなり、魔族に侵されていないのです。


「以前、俺の作った歌を披露した場所なんだぜ。アリエッタ、歌えばよかったのに」

「無理無理!ガラじゃないでしょ〜!」


ウェイズとアリエッタが冗談を言いながら笑い合っていました。

 花子はティーモ、メイザと一緒に本棚の前に座って本を読んでいました。花子はこの世界の天文の本に興味を示し、ティーモとメイザに解説を頼んでいました。見たことのない星座に花子はページをめくる手が止まりません。


「ハナコ、エルナとしょっちゅう特訓していますよね。今日も一緒にホールを走っていましたが大丈夫ですか?」


エルナの特訓はきついと評判になっているため、メイザは心配しているようです。


「アリエッタと似ているなら、魔力が多いし体力も結構あるんじゃない? それに、魔力は精神力が強ければ強くなるし」


ティーモが医学の本を取り出して花子に説明し始めます。魔力は精神力と比例しており、が多ければ魔法の威力も強く、怪我の再生・体力の増幅も可能だそうです。


「ティーモは演劇の本を読んでいるのですか?」


メイザが話しかけたティーモは慌てて本を仕舞います。


「そんな、慌てて仕舞わなくて大丈夫ですよ?」

「だって、私みたいのがそんな、演劇なんて・・・・・・」


ティーモは話を切り上げたいのか大げさにふるまいます。


「なーにしてんの?」


アリエッタが花子とメイザの間から顔を出してきました。アリエッタは何を読んでいるのか、花子の手元を見ます。


「天体の・・・・・・」


そう呟いたアリエッタは口を紡ぎます。ですが一瞬の表情のため、直ぐにお茶目な仕草で笑います。


「技名を言っていたの、気が付いた?」


アリエッタは魔法を使うとき、技名を言うのです。理由としては魔法のコントロールがしやすい、力を入れるタイミングを計れるためとのことです。


「こう並ばれるとどっちがどっちかわかりにくいね」


ティーモが二人をまじまじと見ますが、手を顎に当てて悩んでいます。


「そういえば服装も花子と全く一緒だよね。ブローチの色変えればいいかな」


アリエッタは魔法で赤色に輝くブローチを作ります。花子は改めて宝石が出来上がる場面を目のあたりにします。太陽に反射し、煌めく光の粒子は一つの銀河の様です。

 元々アリエッタの胸元にあった水色のブローチに代わり、真っ赤に光る赤いブローチがアリエッタの胸元に煌めきます。


「赤色はアリエッタ、水色は花子ね!」


 改めて花子が文字を読んでいる理由をアリエッタに話します。興味でこの世界の文字を学んでみたいと花子は思っているのです。そのきっかけが、ウェイズから頼まれた歌唱でした。


「え! 歌うの? 次の街、みんな歌が好きだから今夜やってみない?」


突然の提案に、花子は思わず遠慮してしまいます。


「でも、まだ人前では歌っていなくて」

「じゃ今日初めて人前で歌ってみよ!」


アリエッタ本人も楽しみにしているのか押しが強く、花子は悩みます。そんな花子を後押しするようにメイザが提案します。


「次の街はエルフの大樹が四つも立ててあります。以前の戦いでも魔物は来ませんでしたし、いいんじゃないですか? 戦闘続きで疲れている者もいらっしゃいますし」


 歌を披露しないかとウェイズに相談すると、喜んで承諾してくれました。ちなみに奏者はギルド内におり、その者たちと花子は楽器と合わせたことが1、2回程度しかありません。ウェイズは急いで奏者に声をかけにいき、すぐに帰ってきました。演奏してくれる人たちは「合わせるから安心して」と快諾してくれたようです。他のギルドメンバーも是非聞きたいと声を揃えてくれたようです。


「公開練習だと思ってくれればいいからさ」


はにかみながら頼むウェイズは自分の作った曲を披露したいと伝えます。花子もそれを汲み取り、今夜歌うことを決めました。

 新たな街はいままで通った街と違い、魔族の被害が少ない様子でした。建物の損傷も目立った様子はなく、やはりエルフの大樹が街を守っているようです。街に着いたのは日暮れ時でしたが、大樹がほのかに光っているお陰でとても暖かい雰囲気になっていました。目視できる範囲に大峰の祭壇である山が見えましたが、魔族の恐ろしさを感じるような場所ではありませんでした。

 夕食時になると街の人々はイザールの人たちと共に食事を始めます。魔族に家族を奪われた者や、土地を荒らされて疲弊している者と励ましながらの会話がところどころから聞こえました。花子はいつも食事を運んでいるティーモが見当たらないことに気が付きます。厨房にもギルド内にもいない彼女が気になり、花子は書庫でこっそり食べていたアリエッタに尋ねます。


「ティーモがいない? あぁ、そん時は中庭にいると思うよ。でも、いつも声かけれる雰囲気じゃないんだ」


アリエッタはそう言い、特に気にしない様子で本を見ながら食事をしていました。

 ギルドの中庭に着くと、池を見ながら座っているティーモがいました。ギルドからの光が届かないその場所に座るティーモの背中はとても小さく、遠くにいるように見えました。とっても綺麗で長い緑髪も、夜の芝同様に夜に沈んでいるようです。花子は声を掛けてよいのか悩みましたがティーモに動く気配はなく、花子は心配します。驚かさないように声を掛けてティーモに近づきました。振り返ったティーモが花子を見た瞬間、肩が大きく揺れましたが、ブローチを見て花子だと気が付くと力が抜けました


「なんだ、ハナコだったんだ。何か用事あった?」

「見かけないな~って思って」


「そう・・・・・・。心配かけちゃってごめんね」


ティーモは再び膝を抱えて池を見つめます。花子も同じように芝に腰を下ろしました。


「大丈夫? 疲れている?」

「ううん。違うの、悩み事」


そう話すティーモの声は、いつもより少しだけ高くなっていました。花子がかける言葉を選んでいると、ティーモの方から話し始めました。


「あのね、私、歌手になりたかったの」


花子は空を見上げる琥珀色の瞳を見つめます。


「でも、この世界じゃ歌手になれるのはほんと一握り。それに私は、今の生活費を集めるだけで精いっぱい。それに、私は勉強も運動も苦手だから・・・・・・」


琥珀色の瞳は花子の方へと向けられます。ティーモは小さく微笑み、体に膝を寄せます。


「好きなことして生きるのってとっても難しいね」


その言葉は花子に酷く突き刺さりました。好きなことをして生きていたいと思うのは、この世界の住民も同じでした。この世界で特別の力を貰い、特別な存在に自動的になった花子は異世界の甘さに浸っていました。楽しいとほのかに思っていたこの異世界でも、好きを貫き通せぬ者がいるのです。結局現実と変わらないのです。


「私も、好きなことして生きていけたらな」


花子はぽつりと呟いてしまいました。


「あっちの世界では、それはできないの?」

「難しいよ。本当に好きなことで生きていけるのなんて、数えるくらいしかいないかな」


その答えにティーモは不思議そうでした。


「で、でも、ハナコは勉強熱心だし、エルナの特訓も嫌がらないし、それにとっても親切だし、それでもダメなの?」


 その評価は花子にとって嬉しい事です。しかし、それが現実で働く上で役に立つのでしょうか。そう花子は思っています。花子は自分に他人より優れた部分は無いと確信していました。現実はこの異世界と違って多くの人から必要もされていなければ、何かを発揮することもありません。大学を卒業した先は社会という有象無象の一つの命にしかなれないのです。花子はティーモから目をそらします。


「ティーモ、もしさ、望んだ夢の通りに進んだら幸せ?」


花子はいじわるな質問をティーモに投げました。花子の目の前の池が星を照らし、揺らいでいます。遠くの方から聞こえる笑い声も自然の一部の様でした。ティーモは間を置いて答えます。


「夢の通りになったら良かったなって思うよ。でも、それ以上に私は今の仕事にやりがいを感じているの」


ティーモは足を崩し、花子に近づきます。ティーモは優しく花子に話しかけます。


「歌うのは好きだよ。じゃあ今の仕事が嫌いかって、そういうわけじゃないの。歌手にはこれから先なれないかもしれないけど、ハナコが口ずさんでいた歌を聞いて思ったの。『私も負けないように、上手くなろう』って。

いままでそうやって、頑張って生きていようと思ってきたの。夢という希望を持ちながら生きていけるならそれもいいかなって。ふふ。悩んでいたの私だったのに、私が答える感じになっちゃったね」

「ごめん」

「ううん。むしろ解決したかも。ハナコを見ていてすごいなって思って、自分の夢を思い出しちゃっただけ。でもそんなハナコも苦しんでいるんだね。どんな人間でも何かしら悩んでいるんだなって思ったの」


花子はその言葉で一瞬、体がふわっとしました。


「もしも歌手になれる才能の有る世界に行けるとしたら?」


花子はティーモに向きなおし、強く問いかけました。ティーモはいつもの温かい微笑みで答えます。


「もしなれる世界があって行けたとしても、きっと何かでまた悩むよ。私、今でも歌手の事は諦めてないよ。なれない可能性の方が高いかもしれないけど、歌うのは好きでい続けている。確かに、悲しい事や苦しい事を全部なかったことにできる世界は魅力的だよ。でも解決していないのにその世界に行っても、同じことでまた悩むんだろうなぁ。

 『ああしよう』『こうしよう』って思いながら自分の答えを見つけたい。それも私で、経験なんだと思うんだ!

 好きを貫くには悩んだ方がいいかもしれないね。だって悩んでいるからこそ私は歌手に憧れを抱き続けて、好きでいるのかも」


ティーモは花子の手を取って冷たい芝生から立ち上がります。いつかの朝と同じく、ティーモは満面の笑みで花子と向き合います。


「ありがとう、ハナコ。声に出せてスッキリしたよ。ハナコ、私はそっちの世界のことは解らないけど、ハナコのこと、応援しているからね。悩みを乗り越えた後の自分の好きはもっと輝いていると思うよ。私はそう信じて生きるよ」


星の明かりでも輝くティーモの笑顔に、花子はしっかりと頷きました。

 ギルドに戻ると舞台の準備がされていました。ウェイズが花子の元に駆け寄ります。


「街の人が聞きたいって要望があったんだ。今日でいいか?」

「わかった。頑張る」


そういった花子でしたが緊張で動揺していました。


「大丈夫! あんなに言葉も勉強したじゃん」


ティーモが身振り手振りで花子を励まします。花子はしっかりと受け止め、舞台裏へ小走りで入っていきました。

 舞台の上で音合わせをしているときは、すでに五、六十人は集まっていました。花子は大学で何度か人前に立つことがありましたが、大学では自分の能力以上の人間ばかりです。または一切授業を聞く気のない腹立たしい生徒だけです。こうして皆がちゃんと楽しみにして聞いてくれることは初めてでした。

 呼吸を整え、花子は前を見て歌い始めます。歌い始めたらもう自分の世界に入るしかありません。音楽学科で学んだ歌い方、演劇学科で学んだ表現の仕方、文芸学科で学んだ歌詞の読解力、すべてを使い、花子は失礼のないように感情を込めて歌います。平凡な能力値かもしれないと思いつつも、そんな自分に負けたくないと花子は思っているのです。ウェイズの言っていた「友を思った歌」である歌詞は、若き思い出を偲ぶオルタナティブロックでした。誰でも持っている、似たような友との思い出、その橋渡しになるような歌でした。

 終わった瞬間、花子は心の中で自己反省会が始まりました。「あそこの伸びが甘い」「緊張で声が少し張れなかった」「強弱はもっと付けた方がよかった」、キリのない反省を終わらせるように歓声と拍手が耳に入ります。聴者はみな心を打った表情をし、余韻をかみしめています。花子はそのギャップに戸惑いつつ、舞台裏に小走りで帰りました。


「すごーい! すごーい! 感動した~」


舞台裏でこっそりと見ていたアリエッタも感動しているようですが、花子に響きませんでした。舞台裏から出ると多くの住民やギルドメンバーから褒めの言葉を、花子は貰いました。そして異世界の者たちも泣いて喜び、讃えてくれます。嬉しいと思う花子ですが、どこか心から喜べないところがあったのです。しかし花子は歌う事が好きであり、こうして感動してくれる事はとても喜ばしい事です。今はこの世界を堪能することにしました。

 目を覚ますといつも以上に眩しいことに、花子は気がつきます。真っ白なシーツに真っ白な枕、清潔感あふれる部屋に花子は飛び起きます。

 明らかに病室です。花子は、大きな窓から外を見て呆けています。


「お、起きた!」


病室の入り口から林が花子に指をさして叫びます。一緒にいた西垣も感嘆の声をあげて、走って花子の横に座ります。


「大丈夫?! 意識ある?! 二日も目覚まさないから!」


林の言葉に花子は小さく飛び退きました。


「どんなに揺さ振っても起きなくてさ。でも体とか脳とか、変なところはないから、なんでだろうって不安で」


どたばたと騒がしくなる病室で花子は眠り続けている原因が何であるかふと思います。最近寝ている時間が長くなっていたことは疲れではなかったのです。「異世界にいたい」の想いがあるほど現実では寝ているのではないかと思ったのです。

 幸い、休みと被ったため大学の授業に遅れはなく、花子は安堵します。診察を終え、悪い箇所は見当たらない事からストレスではないかと結論つけられました。病院の待合室で、心配そうに母親が花子に話しかけます。


「大丈夫? 就職とかで疲れた?」


娘を心から心配してくる様子に、花子は喉元がキュッと締まります。こんな事で心配させ、病院代も払って貰っている身が申し訳なくなったのです。


「ううん。大丈夫だよ。もうスッキリしているから」


ぎこちなく笑った花子でも母親は落ち着いてくれました。

 自分の部屋で、花子は今までの不自然な起床時間に疑問を持ち始めました。異世界に行かない時は問題なのに、異世界を堪能していると起きる時間が遅くなっているのです。しかも、今回は簡易的ではありますが病院に運ばれていたわけです。つまり、異世界を堪能すればするほど寝ている時間が多くなり、それはつまるところ一つの結論に至ります。


「異世界で生きるか、こっちで生きるか」


世にはびこる異世界転生の小説のように、異世界で生きたければこの世を捨てるしかないのです。

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