第五話 深更
「花子、髪の毛黒にしたんだね」
いつものファミレスで、いつもの大量の揚げ物と肉料理を頼み、いつものように食事をしていた花子と西垣、林でしたが、花子の髪の色が黒に戻っていました。
「就活始まるから」
「そうだよねぇ。私もほんのり茶色だったけど真っ黒にしたよ。つまんない」
同じく就活をする西垣も黒色になっていました。三人は服も髪型も色もバラバラで過ごしてきました。自分の好きな自分を存分に作っていたのです。しかし、今は周りに溶け込んでしまいそうな見た目でした。三人は自然と気分が落ち込んでしまっています。
「でも洋服は就活以外なら遊べるし、内定とったら直そーっと。どーせ会社入ったら薄く茶色でも許されるからさ」
西垣の軽いノリに林も乗っかります。
「ね。白髪染めしているやついるのに、私らはダメとか意味わからないよね。接客業でもないのに髪色指定とか意味あるのかな。多少の茶髪くらい、いいっしょ」
会話を邪魔しないように店員が食事を置いて行きます。
「鈴木だって髪色よくいじっていたよね。服だってフォーマルなの葬式のくらいしか持ってないんだっけ」
運ばれてきたポテトフライをもぐもぐしながら西垣が花子に問います。
「そうなんだよね。俗に言うオフィスカジュアルな服なんて持ってないよ」
「鈴木は夏は和服、冬は男物、春秋は柄悪い服。服のセンスも見習いたいし、着こなせるって言うのもすごいや」
「好きな服ならどうにかして着こなしたいからね」
「さすが〜!」
花子は自分の好きに正直でいたいと思っていました。自分の人生、自分の思うままに生きて行きたいと心に誓っていました。ですが、大人になるにつれてそれは難しいことになっていました。多数の社会に押されてまで自分は貫けないのです。現に、大好きだった紫と水色の髪色は重く黒く染まっています。
「インターンシップで私服って来いって言われてさ。スーツじゃないってことじゃん? わざわざオフィスカジュアルな服買ったよ」
ため息をしながら言う西垣に花子にふたりも深くうなずきました。
「安物だと納得いかないし、変にお金なくなっちゃった」
机の上にあったポテトフライがなくなる頃には、メインの料理が運ばれてきました。あっという間に机の上は美味な湯気で埋れます。三人は就活の話を強制的に終了させて、最近の食生活について話始めました。最近は寒くなってそろそろ雪が降りそうだね、と続けて世間話を始めます。その中で年末が近い話になりました。花子がデザートメニューを見ながら問いかけます。
「年越し、今年はどこに集まる?」
三人は毎年、年越しを一緒に過ごしていました。居酒屋、都内のホテル、誰かの自宅、と毎年場所を変えていました。
「いっそ公園とか」
林がぽつりと呟きます。年末の外はとても寒いですが、ふたりは声を高くして賛同しました。
「いいじゃん。自分たちで買っていくの楽しそう」
頬が上がった花子に続いて林もそわそわします。
「公園とかなんか今のうちしかできないって感じじゃん! もういっそ携帯暖房機持っていって、完璧に防寒して行こうっと!」
三人は予定表を開き、三十一日に集まることを明るく目立つように書き込みました。
*
「今日は私が戦闘の基礎を教える」
ギルド裏にある広い庭でエルナが木刀を持って仁王立ちしています。小さな池と木々が朝の風に揺られており、花壇から優しい花の香りがほのかに広がっています。
「よろしくお願いします」
向かいに立つ花子は指定された軽装でエルナの前に立っています。
「まぁ、ハナコは魔力としては十分な力を持っている。そんな厳しいことはしないさ。動きについて教える」
花子の魔法は負けなしでした。それは花子も承知しています。ただ受け身や避け方、そう言った防御については不十分です。いまだに転んでしまうことがあります。
「魔力を込めれば受け身や避けるのは簡単だ。魔力を望む部位に流すことはできるか?」
「流す?」
「宝石を円形にして光弾を放っていたじゃないか。あの要領だ」
花子は宝石に脳内で指示することで攻撃していました。そのため、念じるだけです。
「できんか?」
「どうなったらできた状態?」
「む。確かに判断に困るな。では、失礼するぞ」
エルナは軽々と花子を持ち上げ、すぐそばの池に反動をつけて投げました。驚きの声を上げる花子に、エルナは伝えます。
「ちゃんと背に魔力が流れていたら池には落ちず、浮かべるはずだ!足でも良いぞ!」
その声を耳にした花子でしたが、意識する前に池へ落ちてしまいました。
「ぷはっ! 意識する暇なかった」
「実際の戦闘でも意識する暇など無い。無意識の領域に持っていかんとな」
エルナは池から上がる花子に手を貸すも、普段は見せない厳しさを感じます。花子もそれに失礼ないよう懸命に何度も投げられ続けました。
日が強くなったころ、花子は受け身を取れるようになってきました。
「できた!……わっ!」
ようやく水の上に着地できた花子でしたが、一瞬だけでした。引き上げようと手を貸すエルナに礼をしながら、花子はエルナに問いかけました。
「感情も魔力に流れに影響するんだよね?」
「そうだ。集中しなければいけない。余計な迷いは捨てなければな。今は水だが、鍛えれば空中に止まる事もできるようになるぞ」
「く、空中に? すごい」
「私も多少はできるぞ」
エルナはジャンプすると少しの間、空中に立ちました。
「もっと鍛えれば戦闘にも活かせるのだがな」
残念そうに笑うエルナでしたが、直ぐに切り替えて花子にコツを教えます。
お腹の虫が鳴り始めたころ、ギルドの方から寝起きのチェイブが出てきました。
「お、エルナの特訓かぁ。朝から騒がしいなと思っていたんだ。大丈夫かハナコ……ってずぶ濡れだね。相変わらずエルナは容赦ないね」
柔らかい笑顔と動作でチェイブが手で魔法陣を描くと、花子に向かって暖かい風が吹きます。
「もうお昼だよ。ご飯食べに行ったら?」
エルナは時間に驚き、花子とともに街に出向きました。
街はお昼時というのもあり、おしゃべりをしながら歩く人がたくさんいました。道にいればそそられる匂いがします。
「そうだ、ハナコ。今朝、写真が出来上がったのだ」
エルナから小さい写真を渡されます。ウェイズ、花子、メイザ、エルナ、四人とも写真で伝わるほど良い笑顔でした。
「ポケットに入れてお守りにするのも良いぞ」
「じゃあそうするね」
花子は丁寧にポケットに写真を入れました。
「たまにはティーモのお店以外でも食べようじゃないか。ハナコ、何か気になるお店はあるか?」
花子は自分たちの服装を見ます。エルナは黒いセーターにシンプルなパンツ、花子は綺麗に整ったシャツとショートパンツ。小洒落たお店なら入れそうです。花子は目の前にあった落ち着いた雰囲気のお店を指差しました。何やらパスタの様な絵が描かれており、女子ふたりならちょうどいいと思ったのです。エルナはお店を見て、小恥ずかしい様子でした。
「あ、あそこか? あんな女性らしい場所、私に会うか?大丈夫か?」
「服? 大丈夫だよ」
「いや、私はあまりああいうお店には行ったことなくてな」
エルナは緊張と恥ずかしさでソワソワしますが、行くことを拒みはしませんでした。髪を気にしながら花子に一歩寄り添います。
「いつも酒場などで済ませるから少し緊張するだけだ。行こう」
「苦手なら他でいいよ。私嫌いなものないからさ」
「ハナコが行きたいのだろう? 私は大丈夫だ。行ってみたいとは思っていたんだ」
顔は強張るエルナでしたが、口元は柔らかく上がっています。花子もそんなエルナと一緒に同じく、お店に入りました。
お店に入れば、髪をしっかりと纏めてシワのない制服を着た女性が出迎えてくれました。テラス席と店内席を選べると尋ねられ、エルナは花子に委ねました。
「天気がいいからテラス席で、お願いします」
ふたりは噴水広場が一望できる二階テラス席に案内されました。花子はメニューの文字が読めないため、エルナにお任せしました。
「どれも美味しそうだな。なんだ? メニューの前に文章が…」
オシャレなところなら良くある『海香る…』と言った文々が書かれているようです。花子は現世にもそうやって雰囲気を出す書き方はあるとエルナに教えます。
「そうなのか、確かに直接料理名を書くより店の雰囲気にあっているな」
初めて来たエルナはメニューをパラパラとめくります。まるで好奇心旺盛な少女の様です。
「むむ。私も何にしようか悩んでいる。肉と海鮮、野菜の中ならハナコはどれが食べたいか?」
「じゃあお肉」
「では、私は海鮮にしよう」
注文をして、ふたりは席で外を眺めます。
「エルナ、大峰の祭壇に移動するって言っていたけど間に合うかな」
「今朝練習したことか?」
「うん。アリエッタはどうだったの?」
「アリエッタは練習せずともできていた。本当になんでもできていたな、あいつは」
花子はアリエッタという人物が、自分と違いなんでもできる人だと尊敬半分妬み半分に思っていました。口元がムッとしてしまったのか、エルナは話に加えます。
「ははっ。アリエッタは希有な存在だ。私だってアリエッタほどの実力を持った者など見たことがない。だからこそ皆はアリエッタ、アリエッタと呟く。気を悪くしていたら私が皆にキツく言っておこう。ハナコはハナコだ」
現世では面と向かって言われるセリフではありませんでした。花子は気を使ってくれたエルナに感謝します。
「ありがとう。大丈夫だよ。私だって子どもじゃないもん。すぐに魔力の流れを扱えるよう、特訓するよ」
ふと、道端からエルナを呼ぶ声が聞こえます。ふたりは下の道を覗くとギルドで見かけた男性らでした。
「何用だ?」
エルナが返事をすると、男性らが昼飯の誘いをします。エルナはここで済ますと答えると男性らは驚きの声をあげます。
「お前が?! こんなオシャレなところ行ったことないだろ。仕事でいるのかと思ったぜ」
悪気のないセリフでしたが、花子はエルナの表情が強張ったことに気がつきます。『私に合うか?』『行ってみたいと思っていた』と言っていた事を花子は思い出しました。きっと今までも周りがそれを許してくれる雰囲気ではなかったのでしょう。
「ん? 横にいるのはハナコだったか? なーんだ、付き添いだったのか。悪いな! じゃーな」
男性らは騒ぐだけ騒いで店から離れて行きました。エルナは長くため息をし、先ほどの笑顔には戻れませんでした。花子はエルナの名を呼ぶも、続きの言葉が出てきません。
重い空気の中、食事が運ばれてきます。現世のパスタと変わりありません。そそるような匂いですが、今は嬉々としていられません。
「気にするな。いつものことだ。私も普段からこうやって振る舞えば先ほどのことは言われないんだ。私の責任だ」
花子を心配させないと無理に作る微笑みに、花子は苦しくなります。
「ハナコはフォークで巻けるんだな」
花子は自分の手元を見ます。フォークに綺麗に麺がまとまっています。エルナのフォークには麺が揺れています。
「エルナは?」
「できない。そもそも上品に食べたことはないからな。どうやるんだ?」
「初めてならスプーンを使うとやりやすいよ」
花子はスプーンを使ってお手本を見せます。エルナも同じように行いますが、やはり初心者なりの形になってしまいました。すぐに麺が解けてバララバらになります。
「これはすぐにはできないからね。私も最初は酷かったよ」
「鍛錬と一緒だな。技術はそう簡単に身につかんものだ」
大変であるけど、楽しそうにエルナはフォークをくるくる回します。時には食器を鳴らしてしまい、小さく慌てています。
花子はエルナが今までどうやって過ごしてきたか多少なりと察しました。強くて凛々しい女性だと思っていましたが、普段はなんら変わりない女性だったのです。先ほどの男性も悪くないのです。エルナが、今まで振る舞ってきた事に対する当然の反応です。しかし、エルナは女性としての願望を叶える時が無かったのです。
「この後、特訓の前にエルナの行きたいところ行こう」
「何を言う! 私のことは気にしなくていいんだ。皆から強いと頼られる自分は嫌いではない。むしろ好きなんだ。ナヨナヨしているより凛々しい方が好きだ」
それでも遠慮が見えてしまうエルナに花子は続けます。
「なら私が行きたいところに付いてきて欲しいな」
エルナは開いてしまった口を閉じて、両手で小さく遊びます。少し色ついた頬になった時、エルナは答えました。
「ま、まぁ。たまにはな」
食事を済ませて、ふたりは賑やかな通りに行きました。店の多い通りのため、目移りが止まりません。花子がその中で目を止めたのがアクセサリー屋さんでした。
「ここは、魔力をアクセサリーにしてくれるお店だな」
「へぇ。いざという時に使ったりするの?」
「いや、力はほとんどない。お守り程度だ」
アクセサリー屋は目を細めてしまうほど煌びやかでした。それでも温かく優しい光です。店内にはそれなりのお客さんが入っています。
「いらっしゃいませ〜。あ、エルナさん! ようこそ! 今日は入ってくれたんですね!」
店員がエルナを出迎えます。突然のことに花子はエルナを見ますが、エルナも目が点になっています。
「あら、ごめんなさい! エルナさんはいつもお店を覗いていて、声かけようとすると逃げるように去ってしまうので」
「気分を悪くしてしまったのか?! すまない」
「いえ! むしろ嬉しかったです! エルナさんのお噂は聞いています。なんたって山より大きい魔物を倒したとか! 凛々しく、気高いエルナさんはみんなの憧れですよ〜!」
声高く、満面の笑みで揺れる店員は割引しますよと、ふたりにサービスしました。花子がエルナに聞くと、アクセサリーは好きと答えました。好きでしたが、気が引けていたのです。戦闘中は煩わしく、普段は特訓ばかりでアクセサリーをつける暇がないとのことです。
お店には一通りのアクセサリーが並んでいます。手に取れるのは魔力が込められていない普通のアクセサリーです。丁度、お客さんが自分の魔力を使ってアクセサリーを店員に頼んでいます。店員はどの宝石に魔力を込めたいかお客さんに聞き、決めた宝石を希望のアクセサリーにその場で製作しています。大まかに形になったら、お客さんの手に乗せました。
「では魔力を流してください。ちょーっとだっけでいいですよ。入れすぎると割れちゃいますから」
お客さんは手を握り、目を閉じます。拳が小さく光り、ゆっくりと開けば色が鮮やかになった宝石がありました。
制作を夢中になって見ていた花子はお客さんが会計をしている際にハッとし、商品を見て悩んでいるエルナの元に寄ります。
「せっかくだし、この機会に一つ買おうかと思ってな。何が私に似合うと思う?」
花子はエルナの後ろにあった髪留めを指差します。
「髪の毛を結うモノなら実用性もあるんじゃない? エルナは髪の毛長いし、戦闘中でも邪魔にならなさそうだよ」
「確かにそうだな。だが似合うか? いつもその辺の紐で結っているからな」
「じゃあ私が似合うって思うのを選ぼうか?」
「おぉ。頼む」
花子はエルナの髪色を触って確かめます。サンプルのアクセサリーを何色も手に取ってまじまじと見つめます。
「その緑とこっちの緑は何が違うんだ?」
「ちょっと黄色っぽいのと青っぽいの」
「一緒ではないのか?」
花子は美術学科と写真学科の授業で、山ほど色を見てきました。ぱっと見で色の違いが見抜けなければ授業についていけません。しかし授業を受けていれば誰でも勝手に身につくことであり、特段自慢できる内容でもありませんでした。しかも日常では何にも使えないからです。今回のようなファッションを考えることが唯一使えるものでしょう。
「そのままだと一緒の色かもしれないけど、光に通したり、光源の色でも変わる。うーん、この青に紫味があればよかったんだけど」
悩む花子に店員が優しく話しかけます。
「アリエッタさんと同じ魔法なんですよね? 宝石作れるなら、それを加工しますよ!」
言われてみれば納得をした花子ですが、今まで攻撃でしか使ったことがありません。しかし、目を光らせて待っている店員を断ることもできず、とりあえず念じてみました。念じてすぐに、鈴のように響く音と優しい光が溢れます。それとは反対に、花子の身長半分程の大きさをした宝石が重い音を立てて床に落ちました。宝石は星を輝かせる明るい夜空色をしていました。想像以上に大きい宝石に花子は困りましたが、店員はすぐにその巨大な宝石に駆け寄りました。
「わー! すごい!こんな綺麗で魔力が込められた宝石初めて見ました!加工しちゃっていいんですか⁈」
散らばっていた店員が駆け足で集まってきました。他のお客さんも興味津々です。花子は結える髪留めにして欲しいと頼み、店員は裏の加工場に持って行きました。
三十分もしないうちに店員がお店に帰ってきました。
「ハナコさん、こんな感じです。いかがですか?」
店員は掌サイズの髪留めを興奮しながら見せてきました。戦っているときも邪魔にならない程の大きな宝石に小さな宝石が寄り添っています。控えめなフリルも付いており、可愛さも持ち合わせていました。
「あれほど大きな宝石に魔力が込められるのはハナコさんだけでしたよ。これほどの圧縮作業は初めてかもしれません!」
宝石は輝きを失わず、深い夜空が揺れています。店員は貴重な経験をしたと商品を譲ってくれました。
「すごい魔力の塊だな。本当にお守りとして効力を発揮しそうだ」
エルナはふふと笑い、髪を結います。
「エルナ、せっかくだし結い方を変えてみない?」
エルナは普通にポニーテイルを結おうとしていました。きっとその結び方が楽なのだからでしょう。エルナは他の結び方を知らないとのことです。花子は店員から櫛を借りてエルナを鏡の前に座らせます。店員も横に立ち、何にしようかと花子と相談します。
花子はエルナの長く艶やかな深紅色の髪を結び始めます。大人びた雰囲気でありつつ、少しの可愛さを出すためにハーフアップにします。サイドを軽い編み込みにして後ろに束ね、なるべく前に髪を落とさないためにしっかりと整えます。
「わ〜! エルナさん似合う! ついでに化粧しませんか?絶対似合いますって!」
ギャラリーのお客さんも男女問わず集まり、エルナに似合いそうなものを持ってきます。皆、エルナが見た目に気を使う事に協力したいらしいです。
「そうだね。やるならとことんやろうよ」
花子もギャラリーに賛成します。エルナも今まで貰った憧れや尊敬とは違う、親しんでくれる皆に照れつつも受け入れています。
花子は化粧の色も選びました。エルナの髪色は深い色のため、化粧は薄目で纏めます。エルナ本人も濃いメイクは好みではないとのことです。ここまで手を入れるなら服も変えようと店員が隣の服屋に声をかけてきました。皆「何がエルナさんに似合うか」と相談しているなか、花子はエルナに尋ねます。
「エルナはスカートとズボンどっちがいい?」
「スカートは好まなくてな。確かに女性らしいというがな」
「かわいいよりカッコいいがいい?」
「うむ? そうなのかな」
動きやすければそれでいいとずうっと考えていたエルナは初めて服装について考えています。花子は食事中に話していた内容を思い出して、服を選びます。凛々しい自分も好きだと言ったエルナならフワッとしたものは好まないと思います。
化粧、髪型、そして服まで揃えたエルナはいつもとは違う気品さを持っていました。別人の様で別人ではない、エルナでありながら見たことのないエルナでした。
「これ、私か……」
鏡を見るエルナは自分の姿に惹かれていました。初めての感覚に自然と笑みがこぼれます。
「ハナコさん選び方バッチリですね! 服も、らしさを残しつつ新しいと言うか!」
椅子で一休みしていた花子は、近づいてくるエルナを下から上へと見つめます。エルナは平均より少し高い身長です。靴にヒールがなくとも、足がスラッとしています。そして鍛えている足もそれだけで服の一部です。上衣は逆にゆったりと余裕のある着方です。ただシンプルではなく刺繍がちりばめられており、華やかさもあります。
「どう? 好みに合う?」
「もちろんだ! 服を選んでもらう機会は何度かあったが、いつも機能性に優れない上に派手だったからな。悪くはなかったがやはり好みにはあっていなかった。髪型も想像以上に乱れなくて良いモノだ」
ハーフアップの結び目に宝石が瞬きます。
ふたりが店を出ると、もう空が茜色に染まり始めていました。
「ごめん、夢中で気がつかなかった」
特訓すると予定したのを潰してしまったようで、花子はエルナに謝ります。エルナは小さく笑って花子にお礼をします。
「いいさ。明日もある。こんな心躍る気持ちは初めてだ。感謝する」
花子はほっと胸を撫で下ろしました。
「ハナコ、色や組み合わせが上手だな。習ったのか?」
帰り道の雑談でふと問いかけられた言葉に花子は余計なことまで思い出してしまいました。『就職どうするの?』そのセリフが頭の中で反響したのです。
「……うん。習った。上手にできないと、大学を卒業できないから」
「あちらの世界で大学に行っているのか!それは素晴らしいな。絵も描けるし、色使いも上手だ。あちらで職に困ることはないだろうな」
ハナコは視線を地面に向けてしまいました。確かに絵を描く職や配色やデザインの職には就きたくても就く気はないのです。自分は自由に描いていきたい。だから就く気はない。しかし、エルナに現世の事情など言っても意味がありません。
「ハナコ?」
突然反応をしなくなった花子にエルナが顔を覗き込みます。花子は今日の関わりからエルナに対して親近感を抱いていました。遠い存在と遠慮していただけの一方的な感情であったと気が付いたのです。こうして喜んでもらえることに花子は嬉しさを感じる一方、何か詰まった感情がありました。
「どうした、疲れたか?」
「ううん。大丈夫」
花子は上機嫌なエルナを横目で眺めます。手入れが届いていないエルナの髪、乾燥している手、自分の持っているものならもっと素敵になれる服、と細かなところが気になるのです。もっと理想以上にできると花子は思っていました。授業で習っただけの能力を褒められるだけで花子は嬉しいと思えなかったのです。たとえ周りが満足しても、自分は満足していないからです。もっと上を目指せると花子はもどかしく思っていました。ですが、それを伝えたところでせっかくの機嫌を損ねてしまいます。
「喜んでもらえてよかった」
花子はそれしか言えませんでした。
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