第三話 宵

 花子に戦いの知識は勿論ありません。しかし、力としてはアリエッタと同じく、最強の魔法使いです。魔法で攻撃することに慣れるために、依頼の中でも比較的簡単なものをエルナが選んでくれていました。ウェイズは簡単なのは手応えがないと愚痴を吐きますが、メイザに説得されていました。クエストの内容はこの街、エラセドからすぐそこにある森で出現した魔物の退治でした。


「さ、行こう」


ギルド内で昼食を済ませて、ポラリスは森へと出向きました。

 クエストの場所、そこは花子が異世界に来て目を覚ました森でした。微妙に現世と異なる生物たちは花子にとって、不思議な感覚です。


「あ、ミュミュがいますよ!」


メイザが指差す先には耳が長く、白い体毛をした小さな生物がいます。


「ウサギじゃないの?」

「うさ……? ハナコの世界ではあれをウサギと言うのですか?」

「でも、額に宝石はないかな。そっくりだよ。」


ウサギに似ているミュミュは、幸せの象徴だとメイザは言います。ウェイズはいいものが見られたと喜んでいます。


「ミュミュも森の外へと逃げていくようだったな。先程から動物たちをあまり見かけない。気を引きしめろ」


 エルナが防具を召喚すると同時に、森の奥から重々しい足音が聞こえてきました。さらに、その足音をかき消すように木々がなぎ倒されます。


「来るぞ!」

エルナの掛け声とともに、姿を現した魔物と戦闘が始まります。以前戦った魔物のように巨大ではありませんでした。以前より恐怖心が湧かないため、花子は一撃で倒せるのではないかと思います。最強と言われたアリエッタと同じ力なら、と思っていました。自分の力で手に入れてないモノに対してですが、確信がありました。

 そこからは簡単でした。以前のように光で魔物を包みこめばいいのです。エルナやウェイズ達が斬りかかろうと構えている後ろから、花子はきらめく宝石たちで光を放ちます。一つ瞬いたなら、魔物は浄化されて邪気がなくなていました。


「すごーい! すごーい! さすがです! ハナコ!」

メイザは両手を挙げて喜びます。

「もう、勝手がわかったのか?」


エルナも頬が上がっていました。意外にもできてしまい、花子はキョトンとしていました。ウェイズはゴツゴツした鎧のまま花子の首に腕を回して褒めます。


「痛い、痛い! 鎧痛い!」

「あ!わりぃわりぃ! いや〜お前やっぱアリエッタと同じなんだな! これならランに挑んでも勝てるんじゃねぇか?」

「挑むのであれば、それなりに準備を始めよう。時間は限られているからな」


笑顔の中で、花子はますますこの世界に居座りたくなりました。世界が自分の力を見ていてくれて、それを褒めてくれる仲間がいる、心地がいいのです。そして、魔族に勝てばいいと言う明白な目標があるのです。頼れる仲間とともに世界を守るという目標は、経験したことない世界です。現実では決して無い世界に胸を膨らませました。

 街に帰り、酒場では皆と一緒に楽しむ花子でした。アリエッタだと思って来る人に快く挨拶をし、異世界の食べ物にも進んで口に入れました。今朝のおどおどした様子はありませんでした。

 食事が終わり、また明日迎えに来る、とエルサは酔いつぶれたウェイズを抱えて帰って行きました。メイザはティーモと手を繋いで花子のそばに駆け寄ります。


「ハナコ! 明日のクエストは午後からなんだよね。もしよかったら、私とメイザと一緒にリオルリに遊びに行かない?」


『リオルリ』はメイザが生まれた地のようです。朝だけのお祭りがあるらしく、花子を誘ったのです。エルナやウェイズは何度か行っているので毎回は誘わないらしいです。


「朝市があって、楽しいですよ。今日行った山の奥にあるんです。こちらから魔道車が出ていますので行くのも楽ですし、エルフの街は安全ですので是非!」

「いいよ。行ってみたい」


花子の返事にふたりは手を握りながら喜びました。ふたりは純粋で可愛らしく、微笑ましい光景です。

 ふたりと約束をし、花子は宿で寝床に入りました。

 目覚ましの音でベッドから起き上がれば現実世界の自宅です。いつものように大学の身支度をし、花子は人の息で苦しい電車に乗りました。花子はもう大学など上の空です。このままずっと寝ていて、異世界の生活に溶け込みたいと心から願っていました。

 大学では嫌々でポートフォリオの仮を作り、合間にささっと公務員の勉強をして、あっという間に1日が終わりました。

 新宿のファミレスでとる夕飯にはいつものメンツが集まりました。


「私はITかな〜。転職する気満々だからね。」


西垣は前から決めていたようです。今の日本で終身雇用の継続は難しいと考え、転職してスキルを身につけていくビジョンです。花子は先を見据えた設計に何も言えませんでした。自分はしたいことが仕事にできないと思って以来、今さえあればいいと花子は思っていました。西垣のような将来設計は立てることすら想像していませんでした。

 話を林に移すと、林は院に行ってからかなと頭をかきながら苦笑いをしました。


「鈴木は、公務員?」

「……まぁ」

「私も院卒業したら、公務員がいいなぁ。今の時代、冒険したくないし。『終身雇用なんて将来、無くなる』って言われても、何だかんだ安定してるからなぁ。」


就活の形容しがたい嫌な雰囲気は、料理が運ばれてきたおかげで自然に消えて行きました。


「ねぇ、鈴木。小説見たよ!」


西垣の突然の告白に花子は食器を落としかけました。それにつられて林も読んだと言いました。


「み、み見たの? 読めた?」

「読めたって! いや〜面白かったよ! 鈴木の書く夜とか星とか雰囲気、好きだよ。」


西垣と林はその後もずうっと花子の小説の話をしていました。

 帰り道、駅で二人と別れた花子は改めて自分が投稿した小説を見ました。『夜にしかでない少女と出会いを繰り返し、生きる道を選んだ少女』の話です。褒められた事を思い返し微笑む反面、小さい虚無を感じていました。


「だって友達じゃん」


誰もいない、暗い住宅街で花子は呟きました。

 林と西垣は中学生から付き合いがあります。お世辞じゃないと思えますが、それ以前に花子の過去や性格を知っています。その上での感想ですから、らしさがあると言われても初見の人は響かないわけです。現に小説の閲覧数は十あれば良い方です。二人の感想を無下にはしませんが、人はどうしても自分を卑下しがちです。花子もその一人でした。

 そして一度気持ちが沈めば余計のことを考え始めます。今日は花子の話ばかりでした。「なんか二人に申し訳ない。自分の話ばかりで。」「私、ちゃんと二人に失礼な反応していなかったかな。」と不安になっているのです。長い付き合いで花子自身のことを嫌っていません。しかし花子は自分に自信がなくなります。


「違う。勝手な妄想だって。いい加減こんな考えやめたいのに…」


ネガティブな感情を夜闇に振り払います。それでも脳裏に今日の自分が見えて泣きたくなります。楽しかったはずなのにいつも辛い思いのまま覚えているのでした。



今日の異世界ではメイザとティーモが花子を優しく起こしてくれました。早朝なのでまだ外は薄明るく、一階も人はほとんどいません。


「ハナコ、よく眠れた?」

「うん。大丈夫だよ」


花子の体調は万全です。現実世界の倦怠感は全くありませんでした。足も軽く、肩こりなんてもちろんありませんでした。

 花子はティーモに渡された洋服に着替えました。それは羽が生えたように軽く、太陽の光を浴びて輝いています。優しく体を包み込んでくれる妖精のような服でした。ティーモも似たような服を着ており、リオルリの民族衣装と花子に教えてくれました。

 外ではメイザが魔道車の横で待っていました。魔道車は現実世界の馬車と似ていますが、馬がいません。運転手の力をエンジンとして車と連動させて動かすようです。メイザもいつもとは違い、花子やティーモと同じ服でした


「二十分ほどです。行きましょう!」


 魔道車から見える景色はため息が出るほど美しいものでした。空気も澄んでおり、輝く木漏れ日が大地を照らしています。大雑把に見れば現実世界の森と変わりはありませんが、草木は明らかに重力を無視した形、虫や動物も羽がついていないのに浮いていたりしています。花子から見れば全て空想上の世界でしか観たことありません。新しい素敵な世界が目の前に映り、花子は到着するまでずうっとこの世界を輝く瞳に焼いていました。

 だんだんと賑わっている声と、さわやかな音楽が流れてきました。聞こえてくると同時に、魔道車はゆっくり止まり、三人はリオルリに降りました。

 リオルリの村の入り口は大勢の人が行き来していました。メイザと同じくエルフのもの、獣だけども言葉を発せるもの、人と同じサイズほどのドラゴンもいます。奥には山を越えそうなほどな大樹、そして地上には胞子のようにフワフワと浮かぶ明かりが皆を歓迎しているようです。


「あ! アリエッタだー!」


村の入り口の子供が大声で花子を指さします。その声に反応して花子に注目が集まりました。


「わわっ、みんな寄ってきちゃう! 違いますよ! この方はアリエッタにそっくりなだけですよ!」


メイザが大げさに手を振って違うことをアピールします。こんな小さな子の言うことを周りが聞くのかなと花子は心配していましたが、周りの者はすんなりと二言返事でした。


「メイザすごいね。みんな見向きもしなくなったよ」

「ハナコは知らないんだっけ。メイザはね、リオルリの中でもすっごーい強い権力を持っているんだから!」

「け、権力なんてそんな物騒なものじゃないですよ! 僕は戦えるってだけで周りが騒ぎ立てているだですよ」


 エルナが「元々は争いを好まない」というセリフを花子は思い出しました。聞けばリオルリで唯一魔法を習得できたエルフがメイザだったのです。そのため、優秀で努力家であると知られているメイザは周りから大きな信頼を得ているのです。


「気を取り直しましょう。ハナコ、好きな食べ物とかありますか?」


頰を赤らめながら、気を紛らわそうと大げさにメイザは花子に話しかけます。

 それから三人は朝市を巡りました。花子は現実にない食べ物や装飾品を見て、異世界にいることを実感していました。見たことない種族、味わったことのない食べ物、花子にとって楽しく興味深い世界でした。


 「あ! お爺様〜!」


メイザは杖をついたご老人に気がつき、迎えに行きました。ご老人を警護するように周りには御付きがいました。


「しばらくぶりだのう。それにアリエッタ殿……亡くなったはずでは?」

「別人です」


花子は申し訳なさそうに小さく会釈します。


「何? ふむ。確かに容姿やらは瓜二つだが、感じる魔力は僅かに違うようだ」


今まで見た目も魔法も同じと言われていた花子に初めて違いを見つけました。


「お爺様のへヴァノン様は魔力の流れが感じ取れるんです。こちらはハナコ。アリエッタと同じ魔法なんです。何か関係があるのでしょうか」


メイザはヘヴァノンに向かってハナコの経緯を話しました。経緯を聞いたへヴァノンは花子に向かってこの世界にいる理由を話します。


「何か使命があって呼ばれたのではないだろうか? この世に魔族が進行してきた時にアリエッタ殿は現れた。魔族の王『ラン』との死闘の末、行方が分からなくなったが、侵攻を一時的に止めてくださった。アリエッタ当人も『魔族を倒すために来たんだ』と仰っていたからのう」


花子は使命を知りませんが、言われれば納得できるなと感じていました。そのため、ふわっとした感覚だけで自分は必要とされていると思い始めたのです。現実では味わえない感覚がまた花子の身に起こりました。


「まあそんな辛気臭い話は流れに身を任せれば良いのだ。今はこの朝市を楽しんでくれたまえ。そうだ、今日は我らエルフ族のコンサートが行われるのだ。あと少しほどで始まる。広場に行くといい。飛び入りで歌ってもよいぞ、ティーモ殿」

「えっ! いいんですか?」


目を大きく開いて裏返ってしまった声で返事をしたティーモは、すぐヘヴァノンに興奮してしまったことに頭を下げました。


「いつも遠慮しているではないか。いつでも待っているぞ」


ほほほ、と笑いながらへヴァノンは大樹へゆっくりと歩いて行きました。


「あの大樹は何?」

「あれは、僕らエルフの魔力加護が付いているのです。エルフの魔力は通常の魔力と違い、自然や空気を清らかにする効果があるのです。なので、各エルフの村では村近辺のためにああやって魔力が広がるように大きく立てているのです」

「魔族との戦いのせいで未だに荒野状態のところが多くてさ。エルフのみんなに助けてもらっているんだ。へヴァノンさんは色々なエルフの村を回って、魔力を分けているのよ。それより! コンサートだって! 何か飲み物を買って行こう!」


メイザとティーモ挟まれながら腕を組まれた花子は恥ずかしながらも二人につられて笑顔になっていました。

 朝市は大変賑わっており、飲み物の屋台では長蛇の列でした。三人は注意していましたが、注文、会計、受け取り、そして人混み……小柄なメイザははぐれてしまいました。ティーモと花子はお店の周りでメイザ探していました。メイザの帽子が混雑の中に見えません。移動するのも難しいほど混雑してきたのでふたりは裏の道にとりあえず逃げ込みました。

 裏の道はお店の商品や備品置き場でした。一応通り道なので何人かは歩いていましたので、花子たちが浮くことはなさそうでした。人混みに疲れた二人は少しだけ休憩しようと留まっていると、黒い装束を纏うとある男が話しかけてきました。引き込まれそうな深い青色の長髪、しかし鋭く強い紫紺色の目は心を許せるものではありませんでした。ティーモと花子はその異質さに身構えます。


「アリエッタ?」

「違います。似ているだけです」


花子は食い気味に否定しました。男は明らかに朝市に来た様子ではありません。闇に消えてしまいそうな姿は、周りの空気でさえ溶かしてしまいそうです。花子は戦う能力のないティーモを自分の背後に寄せます。


「記憶でも消えたか? 私の姿を見て何も思わないのか? ふん。魔力と姿が似ているだけか。威勢と覇気だけ消えたのなら好都合だ。そこで見ていろ」


 闇に染まる服をつたい、男の手には剣が握られました。その剣は男の投擲により花子とは逆の方向に放たれました。風を切る音がしない剣はリオルリの中心にある大樹を貫きました。刹那、頭を破るほどの爆音をあげ、大樹は黒い炎に包まれました。瞬きもする暇ない出来事に花子は呆然とする他ありませんでした。男は花子の方に向き直すともう一つ剣を握り、同じように投げました。後頭部が痛くなるほどの恐怖心がありますが、ティーモがいます。花子はティーモを庇うように伏せます。花子は男の追撃を宝石で防衛します。


「稀有なものだ。アリエッタと同じ魔法か。」


男の猛攻をすべて、宝石たちは守ってくれました。助けを求めようとも、大樹が破壊されたことで村の方は叫び声と逃げ回る足音しか聞こえませんでした。ここで戦わなければ大勢の命が失われてしまう可能性がありました。


「ティーモ、宝石たちを付けるからできる限り遠くに行って」

「ハナコは?」

「……少しでも食い止める! まだ村にはいっぱい人たちがいる!」


ティーモは花子を信じ、その場から離れていきます。

 花子は覚悟を決め、猛攻の隙間から男に宝石の光弾を放ちます。しかし、男の剣はその光を食らうように吸い込んでしまいます。それでも花子は自分の力を信じて男と戦います。ここで男を放っておけば被害が広がってしまうからです。

 真正面に立つことを不利と感じた花子は、村とは反対の木々の中に走ります。木々は男の刃をいくらか防いでくれました。


「全快したか試させてもらう」


男は足に力を入れ、剣を両手で静かに構えます。まるで一瞬時が止まったかの様な静の圧力は、風すらも打ち消してしまいます。男が剣を振り下ろします。切りの音は聞こえず、茂みに伏せていた花子は男が何をしたのかわかりませんでした。

 しかし、花子が立ち上がろうと膝を浮かすと、周りの木々から裂ける音が聞こえてきました。木々は剣で斬られた跡から折れるように倒れてきます。


「やっば!」


ちょうど花子の真上から大木が降ってきました。避けることが間に合わない速度で迫ってきました。


「伏せてください! ハナコ!」


花子はその言葉で反射的に頭を守りました。大木は光弾により煙をあげながら粉々に散りました。いくつか花子の体に当たるも、怪我を負う程度のものではありませんでした。


「メイザか……奪えるようではないか。まだ私もまだ全快ではないのでな。これは、宣戦布告だと思ってくれ」


 男は大きく広げた服で自身を隠すと、粒子となって消えて行きました。


「ハナコ! 大丈夫です?!」

メイザは息を切らしながら、茂みにへたる花子に寄り添います。花子はうるさい鼓動を抑えて、メイザに聞きます。


「み、みんなは大丈夫?!」


通りに出ると、大樹は攻撃されたところから真っ二つに折れていました。メイザは眉をひそめて、重く口を開きました。


「とりあえず避難は早急に促されました。まさかランがもう力を取り戻しつつあるとは思いませんでした。不覚です」

「あの黒い男が……」


ランといずれ戦うことになるのを思い出します。一撃で大樹を切り、漂った雰囲気でさえ圧で押し潰れそうな相手です。これで全快ではないと言っていました。そうであるなら、悠長にしている場合ではありません。


「ですがハナコ、やはりすごいです! 力が弱まっているといえども、ランは魔族の長です。それをしばらくの間戦えるなんて、対面で無事なのはハナコだけですよ!」

「結構危なかったけどね」


自分のことのように喜ぶメイザが、とても照れくさい花子でした。何かしらすぐに褒めてくれる、現実ではそうそうありません。謙遜した返事を花子はしましたが、メイザは構わず尊敬の眼差しで花子を見ていました。


 先ほどの楽しいとは真逆の空間が村に広がっていました。倒れてしまった大樹の処理をしようとすでに幾人が作業を始めていました。折れてしまった大樹は生気をなくし、風が吹くと砂のように削れていきます。


「根本だけ残っていれば大丈夫です。根本だけはエルフの力でしか取り除けませんからね。ですが、やはりここまで酷く壊されるとは思いもよりません。復旧には時間が掛かりそうですね」


復旧作業は村の人々に任せ、花子達はイザールに報告しに戻りました。

 イザールの中ではすでにランの事で騒がれていました。マスターのチェイブもすでにエルナとウェイズと今後の指標を立てていました。


「メイサ! ティーモにハナコも! リオルリの朝市に行っていたと聞いていたから、心配したんだ。無事でよかった」


しかし、チェイブは花子が土まみれの服であること、何かに擦った体でいることに気がつきます。明らかに戦った形跡から、チェイブは察します。


「ランが退いた理由か。さすがだ、ハナコ。早速で申し訳ないが、魔族のゲートに向かう」


 ゲートについてチェイブは地図を開いて説明します。


「魔族は『大峰の祭壇』にゲートを構えている。こちらの世界と魔界を繋げているんだ」


大峰の祭壇は、魔力の濃い場所としてこの世界有数の場所でした。魔力が濃い故に、魔力をコントロールできない者は耐えられないため、通常では入ることのできない場所です。


「魔力が濃い故に魔界とこちらを繋ぐゲートが簡単に開きやすい。だから以前もここから魔族が侵略を始めていた。この大峰の祭壇近くは未だに魔族が多くてな」


花子はそのような巨大な力を持つゲートをどうやって防ぐのか、チェイブに尋ねます。


「今までも何度か閉じようとしたが、通常の魔法では無理だった。しかし、アリエッタの魔法はそのゲートを壊せたんだ。ランを魔界に押し返すとともに、ゲートごと魔法で吹き飛ばした」


花子は自分の魔法が大役を背負っていることに責任を感じました。しかし嫌な気は全くしませんでした。自分にしかできない、そんな力が自分にはあると半ばやる気が溢れていました。


「じゃあ私の魔法はゲートを壊すのに必要なんですね」

「あぁ。ランに対抗できるのも君の魔法だ。今すぐにでも準備を始めよう」


 チェイブは大峰の祭壇までに通る町の状況をまとめ始めます。


「大峰の祭壇まではここから最低でも七日はかかる。しかも以前の大戦で、通り道の町は打撃を受けている。補給で寄ることは難しいな。エルナ、ウェイズ、とりあえず近くの街と連絡をとってくれ」

「わかりました」

「りょーかい」


エルナとウェイズは他のギルドメンバーも数人集め、連絡内容についてまとめ始めました。


「ティーモちゃんは、以前と同じく食料や備品について頼んでいいかな?」

「勿論です!」


ティーモも元気よく返事し、店に帰りました。

 花子はチェイブに一つ質問しました。大戦からしばらく経っていない様子なのに戦いに向かって大丈夫かと。


「以前の大戦はほとんどポラリスで挑んでいたんだ。当初は全貌を把握できていなかったからな。アリエッタが単独でゲートを閉じに行ったんだ」

「すごいですね」

「確かにすごいが、勝てたからこうしていられるんだ。もし負けたらどうするつもりだったのかね。アリエッタの自信は信用できるが、毎回不安だったよ」


渇いた笑いでチェイブは話を進めます。


「それで、今回はちゃんとみんなで立ち向かう。しっかりと準備しよう」

 バタバタと忙しないギルドを後にし、花子はティーモのお店に帰ろうとギルドの入り口へ向かうと、入り口の壁に落書きをする子供たちと出会いました。


「アリエッタだ〜! 今度こそ描いてもらうよ!」


花子の返答を待たずに、子供たちは花子を取り囲みます。たくさんの子供たちがわらわらと集まってきました。花子は子供たちからチョークらしきものを渡され、下がれない状況になってしまいました。


「え、絵を描くの?」

「そうだよ!ほら、描いて描いて! ここはいいよって言われているから大丈夫だよ!」

「絵……」


花子は現実のことを思い出します。大して上手くもなく、基礎もない絵を描くのを躊躇いました。自分は自分の絵が好きでも、教授らに微妙に下手だと言われた絵を描く気になりませんでした。


「ほら、ぼくの描いたミュミュだよ!」


子供たちは壁に描かれた絵を自慢してきました。子供らしい、自由で原型なんてわからない絵です。それでも子供たちはえっへんと見せてきます。


「どうしたの? 色ならいっぱいあるよ! ほら、描こうよ! なんでもいいよ!」


子供たちは花子に沢山の色を渡して、花子を見つめます。ただただ純粋に、絵を描いて欲しいと願う子供たちの眼差しは陽だまりのようでした。絵を描く楽しさを知っている子供たちに囲まれて、花子は壁に絵を描き始めました。ここの子供たちのように自由に、ただ楽しさだけで絵を描きました。花子はふと思い出した就活のことや、課題をかき消すように壁に色を重ねました。子供たちもそんな花子に釣られて、たくさんの色が広がっていきました。


「お花描くの上手! どうやったら上手くなるの?」


純粋な質問を少女から投げられた花子は、絵を描きながら答えます。


「お花は好き?」

「うん!」

「絵を描くのは?」

「好き!」

「たくさん描いて、描きまくる。それでいいと思う」

「でもそんな努力できるかな。ハナコは絵を描き続けているから上手なの?」

「私は上手じゃないよ。好きに描いているだけ。自分が納得できるように描き続けている」

「納得?」

「上手くなってどうしたいの?」


少女は答えに詰まりました。花子は手を止めて少女と向き合います。花子は優しく微笑みます。


「楽しいから絵を描いているんでしょ?」


少女は強く頷きます。


「『努力は夢中に勝てない』。そんな言葉がある。あなたがずっと夢中に描いていれば、きっとあなたが納得できる絵になるよ。それがあなたにとって"上手な絵"になると思う」


花子は再び絵を描き始めました。その真剣な横顔に少女はつられて強く筆を握りました。


 「な……なんだ、これは」


花子が振り返ると、帰ってきたエルナが立っていました。上を見れば日が山に掛かり、空は茜色で染まっています。


「エルナ! アリエッタね、お絵かき夢中になってるの!」

「そうそう! あまりに楽しそうだから私たちもいっぱい描いちゃった」


手の色が変わっている子供たちの話を聞きながら、エルナは花子に優しく話しかけます。


「ハナコは絵が好きなんだな。こんなに華やかな壁初めてだ」


エルナは壁を撫で、まじまじと絵を見ました。


「そんなに上手くないよ」

「何を言うか。上手い下手で語るのなら、絵描きというものは存在しない。好いている者がいるからこそ存在しているのだ。上手くても好きでなければ、見ている側も辛い。ハナコは絵を描くのが好きだから、絵描きの知識がない私が見ても素敵と思えるのだ」


エルナは真剣に、そして笑顔で答えました。花子は真っ向から自分の絵を肯定されたことに、返事ができませんでした。なんとも言えない感覚でした。友人に褒められるとも違う、まだ出会って間もない人が感心しながら答えてくれました。花子は絵を描き始めた頃の感覚を思い出しました。


「残そうよ! こんな賑やかに描けたの初めてかも!」

「え、え?! いいよ! 消していいから」

「まっさらな壁はまだある。せっかくだし、残しておこうじゃないか」


エルナと子供たちの笑顔は悪いものではありません。花子は照れ恥ずかしくも壁に残す事を了承しました。

 子供をあやしながら、エルナは現状について花子に話します。


「ハナコ、大峰の祭壇についてだが、出立するのは一週間後だ。急ぎになるが安心しろ。すぐに大戦にはならん。他の街にも寄るからな。移動の準備はギルドの人たちが行う。その間、私たちは依頼で体を鍛えるとついでに慣らしていくぞ」


花子はしっかりとうなずき、ティーモの宿へと帰りました。

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