湯けむり:3 遅れて来た花と混浴を
パパの全身に汗が湧いた。どっ! とね。季節はもう秋で気温も高くもなんともないというのにだ。見下ろす二人に恐怖したんだ。戦火に慣れてしまった十代のパパは神経と危機管理過敏で嗅覚的にも臭う局面に、これはひょっとして騙されていて、人さらいか人喰いなんじゃないかって思い始めていたときだ! 彼女が雄叫びを上げた。頬を朱に染めて大きく口端を吊り上げる様はまるで狂人。パパはおしっこをまた漏らしちゃったよね。
「じゃああ! 始めよぉおぅううっかぁああ!」
ブブ=バブルスが勢いよくパパへと攻撃しかけるかのように向かって来た。それにはパパも詰んだって思ったし、短い時間と瞬間的に脳内では、僅かな楽しかった記憶の走馬灯が廻った。ところが目の前で人間姿から無類の姿に早替わりした。ばっしゃん! 透明度の高い液状がパパの上に覆いかぶさった格好になった。言い方がアレ(分からなくてもいいからね)かもしれないけど、要はパパはブブ=バブルスに包まれていて、それはお風呂に浸かっているようなものでぽかぽか、ほかほかととても温かいくて「あっっっっへー~~」と語彙力すらもなくなるほどだった。不安も何かもを飲み込み包み込まれる。パパはぶくぶくと胎児のように潜って目を閉じて心臓の音を聞いて無の状態になった。
「別にとって喰おうとか野蛮なことも、捕まえて売っぱらおうとか馬鹿なんかじゃないよ、僕たちは【湯けむりの番頭】。人々を癒し温めるのが仕事なんだ」とマナの言葉が潜ったままのパパの耳に聞こえた。だからパパも潜るのを止めて湯から上がった。マナさんの目に映るパパの顔は強張っていた。頭の中が疑問でいっぱいだったからだ。それにはマナさんも丁寧に告げた。
「国の為。国民の為に命を捧げようとしてくれた兵士たちには無償でお風呂に入ってもらっているんだ。命の対価にしては軽いけどね。でも心の洗濯には丁度いいでしょう? たとえ脱走兵だったとしても僕たちにとっては、……以下略。だからお金のことなんか気にしないで温まって。チェイス君」
腑に落ちたが。どうしょうもなく恥ずかしくなった。パパの心はいつの間にか汚くなっていたからだ。その目で、頭で、この二人を恐れて怯えていた。なんて失礼で浅はかだったのか。
「はぃ」
パパの視界は涙で歪んだ。その視界でマナさんが何かを取り出したかと思えば湯舟の中にぱらぱらと降りかけた。パパはそれをすくったが「葉っぱ?」としか分からない。するとお湯に眼球がぷかりと浮かび上がった。
「 !?」
くるりんと回ってパパを見た。勿論、正体はブブ=バブルス。
《それは薬草だ。癒しの葉バファと毒抜きの葉ダミダ。どれも希少で効能な葉でお前なんかに本来使うなんざ勿体ないんだ。感謝してゆっくりと浸かるんだな》
目玉だけのブブ=バブルスが衝撃過ぎて反応も出来なかった。でもパパはこの有難い申し出に甘えることに決めた。もう何も失うこともない。もう戦に行かされることもない。ようやく出来た人生の転機(優しくいうと、やり直しってことさ)にブブ=バブルスのお湯で洗い流して始めることを決めたんだ。
「さぁ。僕も仕事仕事~~」
マナさんが腕を巻くって細い腕を見せたかと思えば筋肉が増大して剛腕に変わった。目を疑ったね、まさに衝撃映像だ。そして、どこからか細く長い棒を出して握りしめたかと思えば、湯舟の中に入れてブブ=バブルスをゆっくりと掻き混ぜ始めた。鼻歌を歌いながら。掻き混ぜられるブブ=バブルスの色も変わり、匂いすらも変わった。芯から温まり、癒される熱。言葉にもならない。言い表すことの出来ない極楽だ。
辺りも暗くなって湯舟から上がる湯気も白く見える。
それが。
「え? どうかしたの、パパ?」
そう。まさかの予期せぬ客が来たんだ。パパも目を疑う相手でね。だからパパも無意識に彼女に向かって言ってしまったんだ。
「なんて?」
そりゃあ勿論。
「一緒にお風呂に入りますか? サマンサ様」
「ほう。子どもの分際で、あたしの名前を知っているのか」
「ええ。さっきまで敵国同士として戦っていましたから」
全身血まみれ(一部は返り血だったんだ)で怪我も見えた。サマンサさんは敵国の女王陛下であるアンヌの姉で戦乙女と比喩される最前線で戦う女騎士だ。特徴的な銀と赤い鎧の兜にはヒビが入っていた。兜を脱ぎ取ると青い髪が宙を蛇のように舞い上がった。狂戦士と
《メスブタ。立ち寄って不名誉な傷を癒して行くんだな》
「ぅえ!?」とパパはブブ=バブルスの言葉に上擦った声を出してしまった。ブブ=バブルスの眼がパパを睨む。パパはここで口を
「「…………」」
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