湯けむり:4 追撃者34人の風穴

 もくもくと狼煙のように上がる湯気の下。パパとサマンサさんは無言で、一緒に裸の付き合いをしていた。ついさっきまで斬り合っていた敵対国というのに、今は何の肩書きもない少年と女性。無言でブブ=バブルスの中で浸かっていた。マナさんも触れずにブブ=バブルスを掻き混ぜていてくれるし、ブブ=バブルスも何を考えているのかこれといって口を挟む真似もしなかった。ただの気まぐれか。ただの暇つぶしか。パパみたいに労ってくれていただけなのか。それとも失恋を慰めようとしてくれていたのか。パパには一切の理解も出来なかった。平穏な時間と空間。生きていると実感をした。パパにとって初めてのことだった。その相手がサマンサさんというところがアレだったけどね。(嫌って意味ではないよ!)

《また。誰か来たな》ブブ=バブルスの言葉が合図だった。

「誰とか、……他に何か分からないの? ブブ=バブルス」

 パパは聞き返した。同時に捨ててしまった鎧に後悔をようやくした。後悔は先に立たずだ。君も気をつけるんだよ、馬鹿パパから学びなさい。

(安易に捨てたおれのばかぁああ!)

「追手だとしたら。完全に狙いはサマンサさん、だよね」

「ああ」

 パパは意地悪い気持ちもなく(本当だよ?)、サマンサさんに言った。言ってしまった。後先考えずに子どもって本当に残酷だ。君はこうならないようにしょうね。嫌われちゃって相手にされなくなっちゃうからね。パパみたいにね。

「当然。あたしの首狙いだろうさ。ああ。妹の女王への金銭の要求かもな。つまるところあたしを餌にしょうとしてんだ。阿呆共が!」

 ざばァ! とサマンサさんは立ち上がって仁王立ちをする。素っ裸で勇ましい表情を浮かべてパパへと白い歯を見せて笑った。

「なぁ、少年。お前は強いのか?」

「チェイス=ブランコ。強さはそこそこだ!」パパも立ち上がった。素っ裸で顔を見つめ合う中でブブ=バブルスが大きな水滴の恰好で宙に浮かび上がると《共闘しょうじゃねぇかぁ》とうきうきと声を弾ませる。

 だが、それを良しとしないのはエルフで旦那様のマナさん。

「ダメだ! ブブ=バブルスは加わったら嫌ですよ!?」

 半泣きのマナさんに《オレは何もしない。するのはこの二人のどちらかだ》なんてまるで自身は武器だと言わんばかりの言葉を吐き捨てた。しかし、それはパパにとって最高に相性のいい武器でもあった。パパには秘密があるんだ。ブランコ家の血統であるが故の人智を超えた能力。

「しかし。空気と音から多勢だ。どう来るのか」

「味方がサマンサさんを心配して来たとか、そういう展開パターンはぁ~~……ないか」

「ある訳がないな。冗談を言っている場合か」

 パパは腰に手を当てて真顔で小さくため息を吐くことしか出来なかった。でも相手を知らなければ手出しはNGだ。躊躇いを脱却するには相手を当然のことながら知る必要があった。サマンサさんは女騎士。

「サマンサさん。魔法はつか――」

「馬鹿を言え」

 質問はあっという間に棄却された。

「なら貴様はどうだってい――……」とサマンサさんはパパを見て絶句をした様子だったけど「相手を把握次第、報告をしろ」なんて両腕を胸の下で組んだ。横顔はすでに騎士。貫禄がある。

「おれは部下じゃないんで」

 その下にある絶望に見震えていたのをパパは視てしまったから、サマンサさんの手を煩わせないように一人で対峙することに決めた結果の悪態だ。

 パパは浴槽の中で大きく足踏みをすることによって魔法陣が浮かび上がって、媒体でもあるブブ=バブルスの力も加わって巨大化した。廃墟の村を大きく飲み込むサイズとなり、追って来た何者たちをも飲み込んだ。そして、正体が分かった。胸糞も悪く、言うことも躊躇したかったが謂わざるを得ない。サマンサさんの復讐は今しか出来ないのだから。

「こいつら。サマンサさんの恋人の首を跳ねた連中の仲間だ」

 きゅっと唇を噛み締めて押し黙る様子にパパも「全員、殺すよ?」なんて軽口を叩いた。サマンサさんも身体を小刻みに瞳から涙が零れた。

「殺して。何人ナンピトも赦さないで」

 

 ピュぅうう‼


 パパは口笛を吹いた。ブブ=バブルスの身体が大なり小なりと散らばったかと思えば勢いよく飛び立った。行先は悪党たち。隠れていた34人、全員の頭や胴体、あらゆる部位に風穴が空いて息絶やすことに成功をした。血の付いた塊がブブ=バブルスの中に戻ったことにマナさんが気絶をしたことも教えておこうね。完全にパパがやり過ぎたよ。


 パパの戦での二つ名は――【天使】と呼ばれていたんだ。


「天使?」

「ああ。絶望を希望に繋ぐことをしているって意味らしいね。辺り一面の死者と血の海の中に佇むパパのどこが【天使】なのかが、いつか君が大きくなったとき、分かったら教えてくれないか? パパには意味が分からないから。命も人生も奪うパパなんかが名乗っていい名前なんかじゃないだろう、どう考えたって」

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