湯けむり:2 入浴の要望

 樽の中から出て来たのは透明な液体。そして、それには意思が存在をしていた。パパが聞いた御伽話しで、神話だと思っていた存在――《無類ムルイ》という一切の種属でもない絶対無二の存在。ブブ=バブルス。彼女も自身のことを話すこともなかったし、パパも聞くような精神面でもなかったから何かなんてことは考えていなかった。でもパパの生涯では《無類》とは会う機会はなかった。研究者となった今にしてみれば研究対象としてサンプルが欲しかったぐらいだよ。本当に何もかもが――夢物語のようだった。

「結局。ブブ=バブルスって人は、……水なの?」

「ああ。彼女の正体は、《液体》だ」


 地上に生息する生物を含めて。人間も精液と卵子で繁殖をして産まれる。(ここは気にしなくてもいいからね)そして、天上人である神々も同じように繁殖をしたり精液が何かにかかって繁殖する場合もある。だが。その理屈を、常識をひっくり返す存在がある。それを稀人神マレトノミと呼ばれる。さらに二つ名で精霊にも近いために《無類》とも呼ばれた。

 超自然現象の中から、理屈を抜いて媒介もないまま手も加えられずにいきなりと産まれる存在。それらがどんな力を持つか、何を考えているかと分からない上に、大概は神同様の神通力もある厄介者でもあった。いつ無類が産まれるかなんていうのは預言にも葉なんかにも記されておらず、大概は産まれてから存在が葉に記されるらしい。風の噂に聞く限りはね。

 彼ら無類には性別はない。神同様にね。でも性別を創ることはいとも容易かった。ブブ=バブルス。彼女は女性となった。彼女はさらにおかしな存在で、人類ヒューマタルト円人類ウロボロタルトの精液と卵子が水に触れて誕生をした。それ以上の詳しい話しは聞かなかった。本当だ。


「無類と逢ってるなんて。パパはスゴイ経験をしたんだね!」

 そうだね。はいはい、興奮して起きないの。いつか君も出会ったりしたら彼女のことを聞いてくれ。恐らくパパは二度と会えないだろうからね。出会いは一期一会。あの日遭ったことがパパにとって運が最高に上向きで、誕生月ランキングなら一位だったに違いない。それぐらいに、あの日はいつもいつも、色馳せることがなく思い馳せることが出来るんだ。


 ◆◇


「み、水が……話してる、だって!?」


 パパはブブ=バブルスに驚愕した。恐ろしいものを見てしまった。出会ってしまったと困惑をして膝小僧も嗤って動くに動けないでいた。そんなパパを無視をして夫婦は手際よくもテキパキと創っていったんだ。「何を?」うん、そうなるよね。答えは――《お風呂》をだ。

 まぁ。【湯けむりの番頭】が何か知らない君にとって難しかったかもしれないね。

《なんだ。お前はオレのようなのと逢ったことがないのか》

「ありませんよね!? 神なんかと出会うなんて機会なんか非現実的な状況を誰だってないはずでしょう!?」

 上擦った声で大きく言い返すと彼女は大きく渦巻いて大きくなった。さらに形が整ったかと思えば少女とも少年ともいえない全裸の恰好でパパの前で腕を組んで睨んでいた。


「ひれ伏せ! オレは《無類》だぞ!」


 黒い目に透ける髪は首裏までの短さで色が替わる変わると輝いていた。神々しくも眩しいくらいにだよ。周りには水滴も沢山、浮いていて輝いていた。すぐにマナさんが「服を着なさい! 服をっ!」って耳を真っ赤にして目も吊り上げて泣き声で悲鳴を吐いていたよ。ここでマナさんが一番不思議だと思ったけど。触れなかったんだ。そんな冷静さなんかが、そのときのパパにはなかったんだからね。あったら今頃パパは哲学者か大学教授になっているよ。研究者じゃなくてね。

「嫌ですよ」

「っは! 無信仰者が」とぺっ! と唾を吐いたブブ=バブルスの吊り上がった目は切れ長でまつ毛も長くて美少年。美少女とか思えなかった。キレイと思うのはマナさんだけ。

「ふぅ。このくらいの深さで穴にいいよね?」

 顔を全身を泥だらけにして額を拭って折り畳みのシャベルを地面に突き刺した。

「ふむ。おい、この深さをっ、お前はどう思う?」とブブ=バブルスがパパに聞いた。パパも穴の中を覗いて「深さはいいけど。もう少し長くして欲しいです」贅沢にも要望を出した。当時のパパは大きく深い入浴を余儀なくされていたんだ。他の兵士も一緒に入るためだ。だから、今更と小さい風呂では満足なんか出来ない。ほら。今の家の風呂も大きいだろう?? つまりは戦争の後遺症だな。脱走してすぐだったからね。ゆったりと1人で浸かる、大人数用の広い浴槽が当たり前だったんだ。

「聞いたか? この客は長さを要求したぞ」

「聞こえましたよ。長さ、長さですね。やれやれだ」

 ザクザク! シャベルで横を掘っていく彼を見る彼女の視線は熱いものだった。恋し、愛する伴侶を見守る妻だ。


「完っっっっ成しまっっっっした!」


 大きく宙に両手を突き出してマナが達成感に愉悦に浸っていた。パパも大満足の浴槽だった。大きく頷くパパに「じゃあ次は装飾。石を敷き詰めろ」ブブ=バブルスがマナさんに顎先を動かして支持をするとマナさんも慣れた手つきであっという間に銭湯にあるような、この場所に不釣り合いなものが完成をした。立派な石風呂だったよ。

「わわわわわぁああぁ……」

 正直も言うとパパは反応に困った。このときのパパにはお金なんかない。どうしてパパになんかに、こんな立派な風呂を用意をしてくれたのかなんてのが全く理解が出来なかったんだ。

「あのぅ」

 手をもじもじさせておどおどとパパはマナさんに聞くことにした。

「なんで。おれなんかにこんな豪華な。お金なんかないですよ」

 それにマナさんは「腕を上げて! 万歳!」と声を上げたからパパも思もわず従ってしまうとすっぽー~~ん! と上半身の服を脱がされた。唖然とするパパの背後からブブ=バブルスがズボンなどを一気に逃がして、あっという間に真っ裸だ。

「!?」

 もう訳が分からないまま空の浴槽に放り捨てられた。石が素っ裸のパパのあらゆる場所に当たった。股間は手で覆い隠していたから手が一番、重症。痛いのなんのって。パパが見上げれば二人は無表情で見降ろしていたんだ。


「ぁ。あのぅ」


 身の危険を感じない訳がない。

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