湯けむりのエルフ

ちさここはる

OP湯:0 ファーストコンタクト

湯けむり:1 少年脱走兵士

 パパは傷を負ってはいなかった。だがすごく疲れていてね憔悴しきっていたんだ。初めてではない戦争の参加だったが。ここまで酷く明らかな敗戦を喫してしまったという体験に動揺をしてしまっていたんだ。敗戦国のパパたちみたいな兵士の末路は刑務所に留置されて、死ぬまで働かされてしまうんだ。ある国では20年以上近く刑務所に留置されて解放にかなりの時間がかかったんだ。だからパパは卑怯者になることを選ぶしかなかったんだよ。そう。脱走兵になったんだ。五体満足である四肢があって動ける体力があるうちに全力で逃げた。駆け出したんだ。辺りには敵国の兵士と味方の国の投降し絶望する顔の兵士たちが数多くといた。パパの他にも逃げる兵士がいたから囮にして結果と便乗することにした。兵士の身体を盾に必死に必死に必死に逃げ走ったんだ。戦火で墜ちた街を何度となく振り返って見た光景は未だに鮮やかに記憶している。あのときのパパの気持ちは「くっそたれ!」の一言だ。負け戦を起こした上官にも、見切りをつけて走って逃げたパパ自身にも呆れてしまったからなんだ。だから、涙なんてものは流れ落ちなかったんだよ。涙腺なんかとっくの昔に涸れてていたことはパパも分かっていた。さて。そんな負け犬パパの前には焼野原になってしまった道だけあって、故郷にものこのこと帰ることの出来ない絶望の中で「今後はどうしょうかな」って鎧を脱ぎ捨てながら考えていた。今にしてみたらあとで売れそうな鎧を脱ぎ捨ててしまったことは馬鹿げたことだってしみじみと思うよ。それから2日か3日か。もっとだったか茫然自失で日数の感覚もないまま無心にずっと歩いていた。その間でも、今後の見通しなんかつかなかった。いっそ死んでしまえば楽になれたのかって考えもした。でもそれをしなかったのは若さゆえなのかもしれない。パパは16歳だったからね。ああ。戦争デビューは今の君よりも3歳上のときだったよ。パパのじいちゃん、パパのパパの影響で、食いぶち減らしで兵士にさせられたんだけど。4年も無事だったことには神に感謝しかないね。今、こうして君に寝る前にお話しが出来るんだからね。

「パパは神様を好きになったの?」

 思いもしない言葉だね。パパは信仰心なんかないよ。でも時と場合に神に感謝をする程度だ。好きか嫌いかなら、普通って答えるよ。あてもなく歩いたパパは、疲れ果てて人がいなくなってしまった村で休んでいたんだ。そんなときに彼らがやって来たんだ。

「彼ら? それは……敵? 味方??」

 こらこら。起き上がるんじゃない。ほら枕に頭を置いて。よしよし。いい子だね。続きを話すよ? いいかい??

 彼らの正体は【湯けむりの番頭】だ。それはつまりは移動する銭湯って意味だ。旅人や依頼主のところまで行く、変わった生業シゴトだと思うかい? でも、そのおかげで今のパパは在るんだ。


 ◆◆


「やぁ。こんなところで何をしているの?」

 さわやかな笑顔で彼がパパに声をかけて来た。

「何をしていると思います?」

「質問に質問で返された……僕は【湯けむりの番頭】のマナだ。こんにちわ。貴方の名前は聞いてもいいかな?」

「チェイス」

 気さくに声をかけてきたのはエルフのマナさん。華奢で、遠目でも近くでも女の人のような美しい顔の造形だった。まつ毛も長くて色素の薄い白髪に近い髪を三つ編みして巻いていたから余計にそう見えたのかもしれない。そんなマナさんにパパは意地悪く、質問で返してしまったんだ。これも若さゆえだと思う。久しぶりに話す誰かに警戒をしていたんだ。相手は敵か味方なのかなんてこともわからなかったからね。口にした職業だって隠れ蓑なのかもしれないだろう?

《マナ。どうかしたのか》

 マナさんが背負った樽の中から声が聞こえて来たもんだから、パパは驚いた。だって樽だ。しかも小さいし空気穴なんてものも見当たらない! 誰だってびっくりする状況だ。

「ブブ=バブルス。お客さんだ」

 にこやかにマナさんが樽へと声をかけた。

「彼は臭うんだ」

 押し黙った樽の中のブブ=バブルスさんに声をかけるけど返事はない。どうしょうかと考えていたんだとパパは思うよ。

《何人だ?》

「少年が1人だよ」とマナさんが言うと樽の中から液体がヌルヌルと這い出てマナさんの頭上で止まった。スライムなんかじゃなく。本当の液体だった。


きったねぇ、ガキじゃねぇか!》


 いきなりの罵声にパパはあんぐりと絶句してしまった。


《用意しな! マナっ》


「了解」

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