17 真っ当な人間が守るべきルールと倫理について
おそらくというより間違いなく、ディルバインと名乗った男は自分達の知らないユイの事を知っている。
ユイ自身の事。
ユイを取り巻く環境の事。
というよりそもそもユイに限らず、ウィザードが殆ど掴めていないこの世界の外の情報が彼の頭の中に詰まっている。
それはきっと知らないといけない。
だが知らない知識よりも、まず確保するべきはユイの安全だ。
無知な自分でも理解できる。
目の前の男はユイの敵だ。
「ユイ! 殺さなくて済む力を頼む!」
『りょ、了解じゃ!』
そう叫ぶと今まで訓練の時位でしか使ってこなかった力の使い方が流れ込んでくる。
ユイの刀身から切断能力を消し去るやり方。
そして相手を内側から破壊するような特殊効果も付与されていない。
シンプルに鈍器として運用する為の力だ。
そうこうしている数秒の時間の間に、柚子が動いた。
ディルバインが取り出した謎のカード。
それで何かを行う前に決着を付けるべく、一気に間合いを詰めたのだ。
……だが。
「悪いね。少し待ってくれ」
そう言いながらガントレットを装着した右腕を振るうと、彼を包み込むようにドーム状の半透明なシールドが展開される。
そのシールドに、柚子の拳が叩き付けられた。
「固い……ッ!」
一撃では破壊できない。
そしてその隙に、ディルバインは動いた。
「リミットブレイク」
そう言って手にしたカードをガントレットに差し込み、スライドさせる。
次の瞬間だった。
ディルバインが光の嵐に包まれる。
「……ッ!?」
何が起きるか分からないその状況で、柚子は一旦バックステップを踏み鉄平の元まで交代してくる。
「一体なんだ、何やってんだアイツ」
「知らねえっすけど杉浦さんは今のうちに逃げた方が良くないっすか?」
「はぁ?」
「アイツ明確にユイちゃん狙ってるっすよ」
『ワシは反対じゃ! 柚子は滅茶苦茶強いが相手も未知数! そんな奴の前に一人にしちゃ駄目じゃろ普通に考えて! 鉄平もそうじゃろ!?』
「ああ。お前がそのつもりなら逃げる選択肢は完全にねえわな」
「大体何言ってくれたかは分かるっす。ありがとうっすよ二人共」
そう言って柚子は拳を構え、鉄平もユイを構えて臨戦態勢を取る。
その直後、ディルバインの周囲に展開されていたシールドが消滅し、光の嵐も収まる。
収まった後、そこに居たのは元の緑髪で白衣の男ではない。
「……マジか」
「なんか日曜朝の特撮ヒーローみたいになってんすけど」
ディルバインの全身は黒と白を基調にしたスタイリッシュなデザインのフルフェイスのアーマーに包まれていた。
そしてディルバインは構えを取って言う。
「本当は機構もデザインも、巨悪を打倒すをコンセプトにしているんだけどね。やれやれ……自分で始めた事とはいえ、軽い尊厳破壊だよ」
「そもそもあれだけのアンノウンを連れてこの世界に来ている時点で、それ以前の話っすよ! 多分皆が何とかしてるっすけど、無抵抗な民間人殺そうとしてる奴が何言ってんすか!」
「アンノウン……ああ、キミ達の世界ではそう言われているんだったな。アレに関して言えば大丈夫だ」
「大丈夫? 何がだよ!」
「我々なりに目的があって地上に放った。だがキミ達のような言わば軍隊にカテゴライズされる相手ならともかく、民間人には余程の事が無い限り手は出さない。出させない」
「それ信用しろって言うんすか!?」
「しろとは言わない。さっきも少し言った通り加害者の言葉にはなんの力も無いんだ。だからこれは僕が一方的に言っているだけ」
そう言って一拍空けてからディルバインは言う。
「無視する外道のような国家も確かに存在する。だが……こうした戦争で発生する戦闘行動は本来国家間の戦闘員の間でのみ行われるべきだ。一般市民に手を上げてはいけない。それが戦争というろくでもない戦いのせめてものルールであり、人として最低限持っていなければならない倫理の一つだ。だからキミ達の仲間とは戦闘になるだろうが……そこから先の一線は越えない。越えちゃ駄目だ」
「「……」」
明確に、ユイの敵なのは間違いない。
どんな形であれこの世界の敵である事は間違いない。
それでもあまりにも真っ当な事を言うディルバインの言葉に思わず押し黙っている二人にディルバインは続ける。
「ああ。対話はしないと言ったのに結局話過ぎたな。ただ此処まで話したんだ。一つだけ教えてはくれないか。勿論答えたくなければ答えなくてもいい。その黙秘権はキミ達の当然の権利だ」
「……なんだよ」
鉄平がそう言うとディルバインは言う。
「キミ達はこの船を攻撃していた訳だが……ちゃんと市街地に直接落とさない為の策は考えていたと思って良いのかな。此処なら取り急ぎ攻撃されにくいと思って陣取っていたのにどんどん攻撃してくる訳だからね。何故敵である僕が相手の心配をしているんだって事になるんだけど……その辺だけ教えてくれないか。勿論具体的なやり方は言わなくていい。それはキミ達にとって大切な情報だからね」
「……大丈夫じゃなきゃ落とす訳無いじゃないっすか」
「そっか。良かった……………………駄目だなこれ」
そう言ってディルバインは構えを解く。
「やはり身勝手かもしれないが、可能な限り対話で物事を進めていきたい……確か青年。キミは杉浦君といったか」
「あ、ああ……」
戸惑い気味に一応頷いた鉄平にディルバインは頭を下げる。
「キミの手の武器をこちらに渡してはくれないだろうか」
その姿はあまりにも隙だらけで、その姿勢はとても真摯な物だった。
「どういう経緯でそれが弱体化し、キミが操られる事無く正気を保っているのかは分からないが、それ自体は間違いなく良い事だ。理由は各国違えど、この世界を狙っている世界は多々ある。それらと戦う戦力として大いに役に立つ筈だからね」
だが、とディルバインは言う。
「その武器は雑に例えるならキミ達の世界で言う核兵器みたいなものだよ。それも現存する他の物と比べて特別秀でた唯一無二の一品だ。そんな国宝と言っても過言ではない代物をこの世界に送ったという事は、少なくともプロリナは確実にそれをこの世界に送り届ける技術を手にしたという事だ。つまりそれは回収に来る事も可能だという事だね」
「……さっきも言っていたな、回収だとかどうとか。つまり連れ戻しに来るって事か」
「ああ。そしてそうなれば、今のようなイレギュラーが起きないような調整も入るだろう。そしてその先にあるのは最悪な未来だ。敵の敵は味方だと言うつもりは無いが、それが双方の世界にとって止めなければならない未来である事は間違いないんだ」
だから、とディルバインは言う。
「どうかその武器をこちらに渡してはくれないだろうか」
「いや駄目だ」
即答した。
「ディルバインって言ったな。アンタも多分知ってると思うんだけどさ、コイツ人の姿になれるんだ。というか普段はそっちで居るから、実質武器になれる女の子なんだよ」
『まあ最近はそっちが本来の姿みたいな感じじゃの。自分で言うのもアレじゃが』
「だな。ああ、悪い、この形態だと俺にだけ声が聞こえるんだ」
そう答える鉄平の声音は、多少柔らかくなった。
流石に理解できる。
目の前の男は根からの悪人ではない。
所属している組織や国家が違うが故に対立していて、おそらく交わる事は無いのだろうけど、一方的に罵詈雑言を浴びせて良い相手ではないと思った。
柚子もある程度同じ気持ちなのか、雰囲気を見る限り少しクールダウンしているように思える。
だから鉄平はあくまで対話するつもりで、ディルバインに言う。
「でさ、コイツ……ああ、ユイって言うんだけどさ。まあマジで良い奴なんだ。この世界に来たすぐは色々あったけど、今となっちゃ普通の人間よりもよっぽどまともで優しい人間なんだ。うん、そうだな……アンノウンっていうより人間だよコイツは。大事なウチの同居人だ」
「あと私の友達だし、私達の仲間のウィザードっす」
『鉄平……柚子……』
「まあそんな訳だディルバイン。家族だとか友達だとか仲間だとか……そういうのを事情はどうあれ殺すから渡してくださいって言うのは、流石に通らねえだろ」
「…………そうだね。ごもっともだ」
ディルバインは静かに頷く。
こちらの感情に同意するように。
だが武装は解かず、構えを取る。
「キミ達の発言は人としてとても真っ当だよ。その武器……いや、ユイという名の女の子だったね。その子を殺すからと言われてはいそうですかと渡すような事は明確にしちゃいけない事だ。キミ達の選択を、キミ達より長く生きている者を代表して賞賛したい。だからまあ……本当に、何から何まで申し訳ないと、そう思うよ」
これで、対話は終わり。
再び集中して正面を見据え、鉄平はユイを構えながら言う。
「柚子。分かってると思うけど殺すなよ」
「分かってるっすよ。聞かないといけない事が山のようにあるのはそうっすけど……これは駄目っすよ。そもそも私ら別に人間同士で殺しあってる軍人じゃないんすから……女子高生にそんな事できないっす」
「ニ十歳元フリーターにもできねえよ。それに何より……ユイにやらせたくない」
『ワシもあのディルバインという男を鉄平に殺させるのは嫌じゃからの。倒すぞ』
「ああ」
そうして始まった。
「では今度こそ始めようか。行くぞ、地球の若人」
異世界人、ディルバインからユイを守る為の戦いが。
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