16 敵の敵は敵

「「……」」


 突然の人間の登場に鉄平と柚子はその場で立ち尽くす。

 一応こういう事態を全く想定していなかった訳ではない。


 最初に、ユイの一件でウィザードが家を訪ねてきた時に篠原が言っていた。


【私達の世界は現状、あらゆる世界から様々な生物や物品……否、兵器を送りつけられる形で侵攻を受けています。まるでどこの世界が最初にこの世界を落とすかを競っているようにね】


 その情報が比喩でもなんでもなく事実だという事は、この二か月弱でウィザードとして勉強に励んでいた過程で把握している。


 最低限意思疎通が取れたアンノウンから得た情報や、破壊したアンノウンの残骸から得られる人が携わった痕跡から、渡る手段も不明な人間の住まう異世界が多数存在している事は分かっていて。


 故にそうした世界からアンノウンが送り付けられてくるのだから、その世界の人間そのものが渡って来る可能性も否定はできないと、そう思っていた。

 想定はしていた。


 とはいえ可能性は有っても基本的には起こり得ない事だという認識が一般的で、鉄平もそう思っていた。


 この世界にはダンジョンがある。

 異世界から渡って来るアンノウンを隔離する為の迎撃装置だ。


 それがある以上、生身の人間が渡ってくるのは異世界側から見てあまりにリスクが大きいように思える。

 ……実際ユイのように人の姿になれるアンノウンが道具として、兵器としてこの世界に渡ってきていても、本当の意味で生身の人間そのものがやって来る事は観測史上一度も無かったのだ。


 だからこそ、衝撃が大きい。

 異世界から人間がやって来たという衝撃が。


「返事は無し……か。まあそれも致し方ないだろう。何せこちらにどういうバックボーンがあったとしても、僕らが加害者で君達は被害者だ。君達の主観的に見ても第三国が客観的に見ても。なんなら僕らから見てもその事実は覆らない。君達の沈黙は当然の権利だよ」


 そう話す男に対して、少し間を置いてから最初に反応したのは柚子だ。


「……それならぶん殴るのも当然の権利っすよね」


 柚子が指を鳴らしながら言う。


「あなたがどういう場所からどういう事情で来てるのかは知らないっす。ただ自分で言った通り加害者なのは間違いないっすよね」


 その声音には珍しく怒気が籠っていた。

 当然といえば当然なのかもしれない。


 鉄平のようにユイと出会うまで何事もなく暮らしていた一般人とは違う。

 柚子の両親はウィザードとしての活動中に不幸な事があった。

 姉の杏も心身共に傷を負わされている。


 そんな不幸の原因となっているアンノウンを、自分達の利益の為に送りつけている側の人間の一人が目の前にいるのだ。

 ……今でも冷静さを保ててる方だ。


 そして男は言う。


「そうだな。否定しないしその権利もキミ達にはある。何をされても僕らは文句を言えない」


「ならぶん殴って捕まえて、それからゆっくり話聞くっす」


 それを聞いて男は苦笑いを浮かべてから言う。


「捕縛されるのは勘弁してほしいが……ただ戦う事自体は賛成だ。僕はその為に君達を呼び止めたんだ。野蛮で申し訳ないが対話の為なんかじゃない。加害者側が被害者に吐く言葉なんてなんの意味もないからね。互いにやるべき事をやろう。それが良い」


 静かに落ち着いた様子でそう言った男は、視線を明確に鉄平の方へと。

 否、ユイの方へと向ける。


「プロリナの終末兵器とこういう形で相見えたんだ。勝算は薄くても連中が回収に来る前に破壊しなければ」


 その視線に強い意思を向けて。


 男は白衣のポケットからカードのような物を取り出しながら、自身を鼓舞するように声を上げる。


「気合入れろディルバイン! 今この瞬間が、劣悪な世界情勢の分岐路だ!」

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