5 彼と彼女の日常についての調査 下
その後洗い物を済ませてから、特に何も予定の無い休日の午後が始まった。
ジュースとお菓子をスタンバってゲーム機の電源をオン。
それを雑談を交えながらダラダラするだけという、最近の激動の平日と比べれば遥かに平穏な杉浦家の日常……+1
「ぐぬぬ……このボス早いし固すぎんか!? いくら何でも手強すぎじゃ!」
「すっげえコントローラーの操作と一緒に体傾いてる。ていうか右! 右から来てるぞ!」
「うわほんとじゃ! これ絶対無理じゃって!」
「白熱してるっすねー。杉浦さんこれ三巻どこっすか?」
「え、そこ無い? あーちょっと待って。そっちの紙袋の中。この前別の漫画と一緒に貸してたの返して貰ってそのままだ。四巻からもそっち」
「はーい。あ、読んだら本棚に片付けとくっすよ」
「あざーっす」
「ぬおおおおおッ。あ、これ駄目な奴じゃ……」
「見事に完敗だな。俺もユイも二連敗。途中一回触った柚子も完敗。まだ多分中盤だよな……ゲームバランス狂ってね?」
「装備見直すかの」
「これ装備見直してどうにかなんのか……?」
「くそ……こんなクソザコ主人公じゃなく、ワシと鉄平ならあんな奴楽勝なんじゃが……」
「斬新な感想来たな……」
「でも実際そうなんじゃないっすか。あ、三巻発見」
漫画の三巻を見つけ出した柚子がこちらに戻ってきながら言う。
「私の見立てだと、二級ウィザードならなんとか。準一級なら楽勝ってところっすかね」
「ゲームのボス相手に具体的な考察出ちゃったよ。そういや柚子が準一級だっけ?」
「はいっす! 準一級以上まで上がれるのが一握りという中で、この歳で準一級までスピード出世したっす! 滅茶苦茶エリートっすよ!」
胸を張って物凄く良い感じのドヤ顔を浮かべる柚子。
「ここぞとばかりに自慢するじゃん」
「そういうタイミングだと思ったっすから」
「あーまあ実際そういうタイミング。色々とウィザードの事知ったらすげえなって思ったよ」
ウィザードの等級は幅広い。
まず最初は皆五級からスタートし、研修期間が終わると四級。そこからは各種実績を積み上げた上で試験などもこなし、三級、二級、準一級、一級と上がっていくそうだ。
そして大体の人は三級か二級止まり。その中で準一級にまで上り詰められるのは一部のエリートだけだ。
そしてその等級に、試験とか関係なく実績だけのゴリ押しで特例での到達を果たしたのが風間柚子だ。
色々な意味で凄いと思う……色々な意味で。
「鉄平は今五級じゃろ? ワシと鉄平が組めば最強じゃからの。はやいとこ柚子みたいにゴリ押しでその準一級とやらに上がるのじゃ」
「いやできれば真っ当な形で認められていきてえなぁ」
「失礼っすね。まるで私の出世ロードが真っ当じゃないみたいじゃないっすか!」
「いや真っ当ではなくねえか……多分」
「それはぐうの音も出ないっすね。じゃあ目指すなら神崎さんルートっすね。あの人は真っ当な昇進の仕方してるっすよ」
「……ていうかあの人今いくつだっけ?」
「お姉ちゃんの一歳年上の筈なんで、24っすね」
「それはそれで超スピードじゃね? 知らんけど」
「いや普通に超エリートっすよあの人。あの年で準一級まで上がってる人、それこそ数える程しかいないっすから」
「やっぱそうだよな」
以前前包帯ぐるぐるで訓練に出て来た時に、自分が弱いだのどうだの言っていたが、篠原の言う通り上澄みという事で間違いないらしい。
……確実に弱くはない。間違いなく。
「まあ流石に私の方がエリートっすけどね! ふはははは! まあ戦い以外で準一級に回ってくるような仕事は殆どできないっすけどね!」
「おい後半はドヤるなよ」
「言うほど柚子はエリートではない気がしてきたのじゃ……」
(という事はそういう事のしわ寄せが別の所に……別のところ……)
そう考えて浮かんでくるのは篠原と神埼の顔だ。
……やはり目指すビジョンはそっちだ。
まあそれはそれとして。
「……しっかし気になるんだけどよ」
「なんすか?」
「お前さ、なんでその歳でウィザードなんてやってんの?」
この辺は普通に疑問だったからこの際聞いておこうと思った。
柚子の年齢で準一級云々以前に、そもそも漫画じゃないのだから子供がそういう仕事に就いている事についてシンプルに疑問だ。
「まあ普通のルートでなろうと思ったら無理っすけど、代々ウィザードをやっている家系みたいなのは色々と特例だらけなんすよね。だからなろうと思えばなる事自体は簡単なんすよ」
「で、お前はなろうと思った」
「そういう事っす!」
「何故に?」
その問いに柚子はドヤ顔で胸を張って言う。
「私天才っすから! お金は稼げて世界も救えて勉強頑張らなくても将来安泰! 最高っすよ!」
「お、おう……」
「凄いなんかこう……アレな理由じゃな」
「え、あ、冗談っす冗談っすよ! これがマジだと思われたら嫌なんで正直に話すっすよ!」
柚子は冷め切った二人に対して慌てて訂正する。
今度は真剣な声音で。
「ウチの両親は二人ともウィザードだったんすけど……まあ仕事中に不幸があって……」
「「……」」
(あ、これ踏み込んじゃ駄目な奴だ……)
聞いちゃいけない事を聞いてしまったような、お通夜みたいな空気が場を支配する。
間違いなく冗談の方の理由の方が良かった。
そんな中で柚子は言葉を紡ぐ。
「そんな時私を支えてくれてたのが、まだ高校生になったばかりだったお姉ちゃんだったんすよね。目の前でその不幸を見てメンタルボロボロだった筈なのにそれでも……あの頃のお姉ちゃん、魔術使うたびに吐いてたっけ」
「「……」」
「その時からずっとお姉ちゃんは、私にウィザードにならなくてもいい。好きな事をやればいいってずっと言ってくれてたっす」
「それでもウィザードになっとるって事は……これが柚子の好きな事じゃったのか?」
「いや今は嫌いじゃないっすけど、別にそうじゃないっすね。結局アレっすよ。私お姉ちゃんの事大好きっすから。そんなお姉ちゃんを支えたかったし……お姉ちゃんみたいにカッコいい大人になりたかった。それが私がウィザードやってる理由っす」
「……そっか」
それを聞いて、静かに思う。
「立派な理由じゃん」
「なんで最初馬鹿みたいな嘘で隠したのじゃ」
「いやーなんか恥ずかしくないっすかね、なんとなく」
「いやそんな事ねえだろ」
「そうじゃよ…立派だと思うのじゃ。柚子も風間さんも」
「……そうっすか。そう思ってくれたなら良かったっす」
今度はドヤ顔などは浮かべず静かにそう呟いた。
最初はお通夜みたいな空気だったが、終ってみれば悪くない。
そんな空気が場を包む。
……だけどそれはそれとして、一つ聞いておきたい。
「なあ、柚子」
「なんすか?」
「こういう話する割には、お前姉ちゃんに結構辛辣な事言ってねえ?」
やる時しかやらないとんでもないポンコツ扱いをしている訳で。
そもそも杏がポンコツ云々を最初に言っていたのが柚子だった気がする。
……こういう話をする割には、前振りで物凄く貶してしまっている。
そしてその問いに柚子は苦笑いを浮かべて言った。
「ああ、それはそれ、これはこれっす」
「そんなもん?」
「そんなもんっすよ。だってお姉ちゃんたまにやべー奴なのはマジっすもん」
「そ、そうか……」
(ま、まあアレだ……本人達がそれでいいなら、もうそれで良いかぁ!)
家庭内の事ほど、第三者が正確に把握できない事も無い。
とにかく今、風間姉妹がうまくやれているのなら、それで良いのだろう。
「あ、そうだ聞いてほしいんすよ! この前お姉ちゃんが……」
……それでいい筈だ。
あとこの後普通に漫画読んでゲームしておやつ食べて帰っていった訳だが、カッコいい姉を目指していた奴の姿がこれで良いのかとも思った。
これでいい筈だ……多分。
*****
「一応聞くけどどうだった杉浦家の様子は。まあ別に何事も無いとは思うが」
柚子が監理局に帰ると、デスクワークをこなしていた篠原にそう問い掛けられる。
「炒飯がマジで美味しかったっす!」
「え、なにお前中華料理屋の調査でも行ってた? ていうかその手の紙袋はなんだ?」
「7巻から15巻まで借りたっす! いやー名作と巡りあったっすよ!」
「お前本当に何しに行ってた!? ……どんどん姉の方みたいになっていくな」
篠原はそう言ってため息を付いた。
それでも報告書は無事それっぽく書けました。
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