4 彼と彼女の日常についての調査 中

「普通に凄く美味しくて反応に困るっすね」


「困るなよ、普通に美味しいで良いじゃねえか」


「というか店出せるレベルっすよ。これ飲食店ワンチャンどうっすか」


「やだよ公務員に奇跡の転職果たしたばかりだぜ俺」


 ささっと作ったレタス炒飯。

 何はともあれ大満足してもらえたようだ。


「鉄平の作る料理で今のところハズレは一度も無いからの。昨日の晩御飯も美味しかったのじゃ」


「へー、ちなみに昨日の晩御飯なんだったの?」


「ハンバーグじゃ!」


「頑張って作った」


「ちゃんと手作りっすね……って事は杉浦さん元から結構自炊するタイプでした?」


「まあ自炊した方が安いからな。でもハンバーグとかは久し振りに作ったわ。正直自分一人だとぱぱっと簡単に作れる物中心になってたし。それこそ炒飯とかな」


「なるほど……それでこんな神がかった代物を……」


「えっと……そこまでか?」


「そこまでっすよ。マジでうめーっす。この一食に関しては完敗っすね。作る前から分かるっす。でも……次は負けないっすよ。今度は違う料理で」


「え、何? なんで料理対決みたいなノリになってんの」


「負けっぱなしは嫌なんで。その時はユイちゃん、審査員よろしくっす」


「ま、そこまで頼まれたら仕方ないのぅ」


「そこまで熱く頼んではねえだろ。食いたいだけじゃんお前」


「そうとも言うのじゃ」


 ……とまあそんな風に食に興味がある食べ盛りのキッズが杉浦家にはいる訳で。


「まあとにかく、今は簡単な物以外も色々作るようには心掛けてる。自炊のモチベーション高いしな……自分以外に喜んで食ってくれる奴がいるとよ」


「まあその気持ちは分かるっすよ。私も食事当番の日はお姉ちゃんのご飯も作ってるし」


 というか、と苦笑いを浮かべて柚子は言う。


「お姉ちゃんが食事当番の日も結構な割合で私が作ってるし」


「なんか……大変だな」


「お疲れ様じゃな」


 色々と想像が付く。


「まあお姉ちゃん、やる時しかやらないからね……ははは。やる時が凄い分バランスが取れてるかも」


「ジェノサイドボックスの時の風間さんがやる時の風間さんだったらバランスを取るととんでもない事になりそうだな」


「なるよ。普段の仕事っぷり云々通り越して、私生活も抜けてる上に駄目人間っすよ」


「実の妹にそこまで言われるのかよあの人」


「実の妹だからっすよ。距離が近い分、良いとこも悪いとこも忖度無しで見えるっすからね」


 そう言う柚子は苦笑いを浮かべながらも、その声音に悪意などが込められているようには聞こえない。


(ほんと、良くも悪くもバランスが取れてるんだろうな)


 仕事でも私生活でも。


 きっと誰だってそうだ。

 誰にだって良いところと駄目な所があって、少しの情報だけでその人の事を図れはしない。

 大体誰だってしっかりと付き合ってみれば、良いところと悪いところで良い感じにバランスが取れている物だ。


 ……大体は。

 多分少し前までの杉浦鉄平のような人間は除いて。


 と、そこでインターホンが鳴り響いた。


「ん、宅配便か?」


「鉄平」


「よしきた」


 そう言って自然な流れで鉄平はユイとじゃんけんをする。


 鉄平がグーでユイがチョキだ。


「うわ、負けたのじゃ」


「新聞か宗教の勧誘だったら追い返すから呼んでくれ」


「分かったのじゃ」


 そう言ってユイは立ち上がり、パタパタと玄関へと向かっていく。


「凄い馴染んでるっすね」


「適応力すげえよアイツ。この手の展開でありそうなタイプの苦労とかは殆んどねえ」


「へー、そりゃ良いっすね。そういやご近所さんとかともうまくやれてるっすか?」


「まあな。その辺大丈夫かなとか、最悪引っ越しとかも考えてたんだけど、概ね受け入れて貰ってる」


 最初に篠原が家に訪ねてきた時、事前に近隣住民の避難を行っていたらしく、鉄平がアンノウンと関わっていた事は把握していて。

 その時もそうだったらしいが、厄介者扱いされるのではなく基本皆が心配してくれていて。


 監理局の方も鉄平がユイを連れて帰宅する事を見越してか住民説明を行ってくれていたらしく、結果本当に何の問題も無かった。


 その辺は本当に受け入れてくれた方々に感謝である。


 だからそっちは特に問題は無い。

 ……そっちは。


「問題は俺の友人の方だよ」


「ん? なんかあったんすか?」


「近所に住んでる奴もいたからお前らとの戦いの事も知ってる奴いて、あとこの前のジェノサイドボックスの現場でも俺の事見掛けた奴もいてな。そういう事もあってこの前家を訪ねてきた奴が居てよ……当然ユイがいるのも見てる訳で」


「ふむふむ」


「……気が付いたらグループラインでのあだ名がロリコン大魔王になってた」


「おぉ……」


「それじゃ長いからって今じゃロリ王に……いや、みんな当たり強くねえし一過性のネタだって事は分かるんだけど……」


「そりゃ大変っすね。可哀想にロリ王……」


「お前ほんとたまに突然トゲのある事言うよなぁ!」


「あ、こういうの不快だったらすぐ止めるっすよ。大丈夫なタイプの人かなって勝手に判断して言ってるっすけど一応……」


「いやマジで不快だったらキレて追い出してるって。寧ろ変に畏まられるより接しやすくて良いと思うぜ俺は」


「なら良かったっす。ああでもライン越えてたら普通にキレて下さいっすよ。普通に私謝るんで」


「思いきりが良いのか慎重なのか分かんねえなお前……アクセルもブレーキも急すぎるだろ」


「あ、ところで杉浦さん私の事風間って読んでるっすけど、結局さんを取ってもお姉ちゃんと被ってややこしい気がするんで普通に名前で読んで貰っていいっすよ」


「お、おう。じゃあ柚子で」


「これが一番しっくりくるっすね。あ、そういえばやって無かったっすけど、ライン交換します? こんど料理勝負もするんで」


「マジでやるんだ……まあ良いか。交換しとこう」


「マジで良い感じの料理できたら送り付けてプレッシャー与えてやるっすよ」


「その時はエグいカウンター打ち込んでやるよ」


 そう言いながらスマホを取り出し、操作をしながら思う。


(それにしても風間の……いや、柚子の距離の詰め方、これ絶対クラスの男子とかで変な勘違いしてる奴絶対居るだろ……俺は大人だから大丈夫だけど高校生なら危なかった。強く生きろクラスメイト)


 なんか紆余曲折の末に可哀想な事になっている顔も知らないクラスメイトイメージを浮かべているところで、小さめのダンボールを手にしたユイが戻ってきて、ジト目を向けて言う。


「……なんかワシがおらん間にイチャついておる」


「「……?」」


 ユイはこちらに聞こえないような小さな声で何かを呟いた後、柚子の全身をゆっくりと見てから言う。


「姉程ではないが……もしかして柚子もワシの敵じゃないか?」


「おいお前一体何したんだよ」


「いやしてない何もしてないっす! ……というかお姉ちゃん何やった!」


「あ、そういう事では無いのじゃ……ワシ個人としては二人とも好きじゃよ」


「「……?」」


 結局ユイが何を言いたいのか分からず、鉄平と柚子は首を傾げた。

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