2 Smoking・Masochism
鉄平がウィザードになって少ししたある日。
「なあ鉄平。この仕切られたスペースって何をするところなんじゃ?」
異界管理局北陸支部内にて、前を通りかかったとあるスペースをユイが指差す。
「これは喫煙所だな。煙草を吸う為の場所。大体の所だと喫煙所でしか吸っちゃ駄目って事になってるんだ」
「煙草? なんじゃそれ」
「ああ、ユイ煙草分かんねえか。ほら、こんなの」
スマホで画像検索をし、とりあえずユイに見せてみた。
「うーん、なんじゃこれ」
「これに火付けて煙……というかニコチンを吸うんだ」
「煙を? ニコチン? イメージ付かんが美味しいのかの? 吸うって事は口に入れるんじゃろ?」
「いや、知らん。俺19歳だし。煙草ってのは20歳越えねえと吸っちゃ駄目って法律で決まってるんだ」
「なんでじゃ?」
「体に悪いから。なんか煙草吸ってると肺がんとか心筋梗塞とかのリスクが上がるらしいぞ。ああ、がんってのは病気な」
「え、じゃあ吸ってる奴の気がしれんのじゃが……というかそんなに危険な物なら20歳越えてても駄目じゃないか?」
「一理あるな」
とはいえ。
「でも気にはなるんだよな、煙草」
「鉄平?」
「吸ってるビジュアルが結構イカしてるのもあるけどよ、そもそも煙というかニコチンを吸うっていう普段生活してたらまず発生しない謎行動にちょっと知的好奇心をくすぐられるというか……もうちょいで誕生日だし、二十歳になったら一本か二本吸ってみようかな」
「いや何言っているのじゃ馬鹿か鉄平」
かなり真面目な声音と表情でユイが言う。
「これ実質毒じゃろ? 駄目じゃって絶対」
「いやでも一本とか二本位──」
「絶対駄目じゃ! 毒と分かってるような物を興味本位で口にするのは馬鹿のする事じゃよ! というか多分毒と分かっていても吸い続ける位に中毒性があるから、こういう場所ができ取るんじゃないか!? 一本でも二本でもそんな毒は吸っちゃ駄目じゃ! 喫煙所というか、喫毒所じゃ此処は!」
そこからも更にヒートアップするユイ。
「というか毒と分かっていて口にするなんてもうアレじゃ! まぞひすとって奴じゃ!」
「どこでそんな単語覚えた。それとも元から知ってた?」
「ネットで見た!」
「おい担当者だれだよ……」
……とにかく、とんでもないタバコアンチが誕生してしまった。
(……いや、別にとんでもない事ではないか。結構普通に正論だ)
その正論を、こちらの体を気遣って言ってくれているのだ。
……流石にこれ以上吸ってみたいなんて言えないだろう。
「……まあ分かったよ。煙草は吸わない。約束する」
「その方が絶対に良いのじゃ」
「うん、そうだね。煙草は百害あって一利なしだから」
「か、風間さん」
声のした方に視線を向けると、杏が壁に背を預けて頷いていた。
「いつから居たんですか? 全然気付かなかった」
「ユイちゃんが色々言っている所位からかな……私も正論だと思うよ」
「じゃろ?」
「うんうん」
そう頷く杏に鉄平は問いかける。
「というか風間さん、こんな所でどうしたんですか?」
「偶々通りかかっただけ。そしたらなんか面白い事になってたからちょっと聞いてた……さてと」
そう言って杏はゆっくりと動き出しながら言う。
「ああ、でもユイちゃん。言ってる事は正しいと思うけど、吸ってる人の前でそこまで言っちゃうと傷付いちゃう人も居ると思うから、そういう人の前ならもうちょっとマイルドにね。体に悪いのは間違いないけど、吸ってる人の言い分も多分色々あると思うから」
「言い分……うん、まあ分かったのじゃ」
「素直でよろしい」
そう言って杏はゆっくりと立ち去っていく。
……なんだか力なく。
「……」
「どうした鉄平?」
「いや、なんか気の毒な事になってないかなと」
「……?」
「なんでもねえよなんでも」
なんでもなければ良いなと、そう思った。
***
その日の夕食時。風間宅にて。
「どしたのお姉ちゃん、箸進んでないけど。というか帰ってきてからずっと深刻な顔してない?」
「……」
「どしたの? 悩みなら話聞こうか?」
優しげな声音でそう言う柚子。
そして箸を置いた杏は静かに呟く。
「ねぇ、柚子。私ってマゾヒストなのかな?」
「マジでどうしたとりあえず話聞こうかぁッ!?」
……禁煙しました。
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