1-EX 日常編(春)

1 馬鹿とスーツと

「よお杉浦」


「あ、神崎さんおはようございます。えーっと……なんというか、まさか今日から復帰ですか?」


「ああ。いつまでも寝てられねえしな」


 ジェノサイドボックスとの戦いから数日が経過したこの日の午前中、鉄平は異界管理局の訓練室にてそこら中に包帯を巻いた神崎とそんな会話を交わす。


 明らかに重症なのにジェノサイドボックスとの戦闘に最後まで参加し、その後鉄平達と別れるまで普通に行動していた神崎が、実は見た目だけ重症な感じで実際はそうでもないという状態だったかと言われればそうではなく、見た目通り重症だったそうだ。


 鉄平が柚子の攻撃を受けても一応立てていたのに近い。

 強化魔術でボロボロの体を動かしていただけで、常にHPが1の状態で動いていたみたいなものだ。


 結果ドクターストップ。管理局内の病棟に強制入院。

 それだけ重い怪我……の筈が。


「……いや、寝てなくて大丈夫なんですか? ビジュアルは割と大丈夫じゃなさそうですけど。包帯めっちゃ巻いてるし」


「まあ大丈夫じゃねえからこのビジュアルなんだよ。今日も抜け出して来た感じだからな」


「割と真面目に大丈夫じゃない!」


 普通にアウトである。


(何やってんだこの人……人の事言えねえけど馬鹿なのか……? それか打ち所でも悪かったのか……?)


「まあリハビリだと思って目ぇ瞑ってくれよ。次こういう怪我を負わないように、やらないといけない事が山のようにあるんだ」


「いやまずやるべきなのはそのヤバい怪我治す事でしょうよ」


「ヤバいと言えばなんだお前その恰好」


「露骨に話題反らした……まあ良いですけど知りませんよ。で、俺の格好ですか?」


 無理に話を戻しても結局平行線になりそうな気がして、仕方が無いから話を合わせる事にした。


「全身包帯な神崎さんよりはマシな格好してると思うんですけど……」


「いやいや、なんでジャージ?」


 指摘された通り鉄平の服装は上下ジャージ。

 動きやすさに重きを置いた、激しい運動も可な衣服な訳だがそれでも持参してきた物。

 当然浮く。決められた服装を着て訓練している他のウィザードに混ざれば。

 だが当然と言えば当然で。


「ああ、まだ支給されていないんですよ。皆さんが着ていたスーツはオーダーメイドでちょっと時間掛かるみたいだし、訓練衣もなんか余ってなかったみたいで発注してるところみたいです」


「ああ、そういう感じか」


「でも話じゃ今日の夕方には用意できるらしいですよ」


「そうか……ちなみに杉浦はウィザードが着ているスーツがどういった仕様の物か知ってるか?」


「いや詳しくは……でもなんか丈夫な素材で出来てるみたいな話は聞いた事があります」


「その通り。今まで様々なアンノウンを解析して得た技術がこれでもかと使われているからな。凄いぞ、ある程度の衝撃は吸収しちまうんだ」


「へーそりりゃ凄いですね」


「まあ仕事帰りにそのスーツ着たままジェノサイドボックスと戦って血塗れになっている奴が言っても信憑性ないかもしれねえけど」


「いやいや、多分アイツの攻撃ある程度の度合い完全に越してると思うんで、そりゃ流石に……」


「まああんまり過信すんなって事だ。当たればこうなるからよ。防御力なんて全く無いと思え」


「えぇ……これから身を委ねるのに」


 これから貰える筈の凄い装備が、多分結構金をかけているのに全然役に立たない税金泥棒ウエアに思えてきた。


「というかこれに限らず漫画とかに出てくる特殊素材の戦闘服とかって、あんまり役に立ってるどころ見た事ねえよな」


「まあ言われてみれば確かに……」


「一式用意するのに結構税金使うし、これ廃止した方が良い気がしてきたな。ウィザード夏だけでもTシャツにハーフパンツとかで活動してもいいんじゃねえか。背中辺りにウィザードって分かるようにロゴか何かプリントしてさ」


「いやいや夏にキャンプ行くんじゃ無いんですから」


「あ、もし山とかならTシャツとハーフパンツとかは止めた方が良いぞ。朝夜冷え込むし虫もいるからよ」


「へーていうかその感じだとキャンプとか行くんですか」


「行くな。結構好き」


「へーなるほど」


 と脱線しまくりな話をした上で、軽く咳払いしてから神崎は言う。


「さて、ここまでは冗談で、実際俺もスーツのおかげでこの程度の怪我で済んでるっていう感じでもあるわけだ。安心して身を委ねろよ」


「冗談のエッジが効きすぎて何も信用できないんですけど……」


「まあそこに期待するよりは攻撃に当たらない事に意識を割くのが大事だな。程度はどうであれお前が怪我したらユイが悲しむだろ」


「……ですね。そうならない為にもちゃんと鍛えていかなきゃです」


 ウィザードとの戦いも、ジェノサイドボックスとの戦いも共通して、鉄平は所詮強い力を持っているだけの素人だ。

 弱体化してもあれだけの力を持つユイの力を適切に振るうためにも、しっかりと鍛えていかなければならない。


「で、そのユイはどうした?」


「ああ、ユイは今此処の職員の人達からこの世界の事の講習的な事を受けてます」


「講習?」


「ええ。アイツは出会った時点でも、ちぐはぐだけど知っていることは知っている感じでした。元の世界の事とかは分からなくても、何もかも空っぽだった訳じゃない。だけどこの世界の住人って訳じゃ無いから、所謂社会常識みたいなところはさっぱりでしょう」


「まあ確かにそうだろうな」


「で、勿論俺も色々教えてますけど、誰か一人だけから学んで片寄るのも良くないかなと。それにウィザードの方でそういう事をやった方が管理している感じ出るでしょ」


「そうだな。そういう些細な事でも本部の連中を納得させる材料になるかもしれねえ」


「ええ」


 聞いた話によると東京にある異界監理局の本部と北陸第一でユイの処遇を巡ってかなり火花を散らしているらしい。

 先日のジェノサイドボックスとの戦いでユイが活躍した事である程度肯定的に受け入れてくれるようにはなっているそうだが、それでもある程度。


 どんな形であれ信頼は積み重ねられるだけ積み重ねていきたい。


「そんな訳で俺もユイも勉強する事だらけです」


「お前もウィザードの基礎知識覚えていかなきゃだからな」


「加えて基礎体力の強化とか諸々。やる事だらけですよ」


「そうか。まあお互い頑張ろうな」


「は、はい……」


(いや、この人は今は休んでた方が良いんじゃないかな)


 話が平行線になるのは目に見えてるから言わないけど。


「……さて、ウォーミングアップでもするか」


「おい此処でなにやっているんだ神崎!」


 動き出そうとした神崎を止めるように、訓練室に入ってきた篠原が声を上げる。


「あ、おはようございます篠原さん」


「おはようじゃないだろ。お前まだ動くなって言われてただろ確か」


「いや、見ての通り俺はもう大丈夫ですよ」


「見ての通りなら確実に駄目だろ!」


「……と、とはいえこの前のジェノサイドボックスとの戦いで改めて痛感したんですよ。俺は弱い。強くならないといけない。寝てる場合じゃない」


「結構な上澄みのお前が休まないと、似たような事になったとき下の連中が休みにくくなるだろうが!」


「……ぐぬぬ」


「そもそもお前も部下がそんな状態で出てきたら止めるだろ」


「当然でしょう。なんなら篠原さん。相手がアンタでも俺は止めますよ」


「よしじゃあベッドに戻れ今すぐにだ。今は休んで治ってから一歩一歩積み重ねていけば良い」


 そう言われた神崎はばつの悪そうな表情を浮かべた後、小さく溜め息を付く。


「分かりました。今日のところは戻りますよ」


「ああ、そうしろそうしろ」


「お大事に」


「安静に病室で簡単な筋トレ位で済ませます」


「言葉汚くて悪いがお前馬鹿じゃないか!? それか頭でも打ったか!?」


 鉄平もそう思って深く頷いた。

 やっぱり頭でも打ったのではないだろうか。


 そして神崎を見送った後、篠原は言う。


「杉浦も無理はするなよ。ちゃんと頑張ってるのは良いことだがな」


「いや、俺は多少無理しないと駄目でしょ。俺には何も足りてないんで」


「……」


「今は皆さんのおかげで安全が確保されてますけど、油断はできないんで。ユイは大丈夫だって大々的にアピールできるようにならないと」


 それに、と鉄平は言う。


「正義の味方みたいな活動も悪くないって思ってますからね。とにかく俺は頑張りますよ」


「……」


 鉄平の言葉に篠原は複雑そうな表情を浮かべて言う。


「まあ無理の無いように程々にな」


「? いや、全力ですよ」


「……そうか」


 そう、全力で。

 珍しく今は頑張ろうと思えているから。

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