9 非日常、濁流の如く

 高校卒業の際に親から買って貰った軽自動車にユイを乗せて田舎特有の大型ショッピングモールへ。


「凄いな、鉄平もあんな機械乗りこなせるのじゃな」


「ま、田舎じゃあれが乗れねえとまともに生活できねえんだ」


「……わ、ワシまともに生活できんのか?」


「大人の話な大人の話」


 そんな事を話ながらショッピングモールの中へ。


「広いのじゃ」


「土地余ってるからな、田舎だし。さ、食品売り場行くぞ」


「了解じゃ」


「ところで何か食べたい物……って言っても分からねえか。お前管理局で何食べたっけ?」


「カレーにラーメンにうどん、ざるそば……ああ、後カツ丼じゃ。あああとお菓子も色々貰ったのじゃ」


「じゃあそれ以外だな…………鍋でもやるか」


「それどんなのじゃ?」


「食べてからのお楽しみでーす」


 言いながらしばらく歩き食料品売り場へ。


「この車輪付いたのワシが押す!」


「ほらよ」


(好奇心旺盛な子供じゃん)


 子供である。


 とにかくユイに買い物用のカートを押して貰いながら色々とカートに入れていく。

 その途中で聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あ、また会ったっすね!」


「あ、柚子じゃ!」


「よう、明日に備えて寝るんじゃなかったのか?」


 声を掛けてきたのは一足先に帰っていた柚子だ。


「寝てた。良い感じにお昼寝したっす。そのままご飯まで……って思ったんすけど、よく考えたら私今日食事当番だったんすよ」


「食事当番?」


「ああ、私お姉ちゃんと二人暮らしなんすよ。そういや溜まった仕事終らないと帰れないから遅くなるし今日当番変わってって言われてたの忘れてて! そんな訳で買い物に来たっす!」


 元気よくそう言う柚子は今度はこちらに問いかけてくる。


「杉浦さんも晩御飯の買い物っすか」


「だな。冷蔵庫空だし」


「何作るんすか?」


「鍋じゃ!」


「おー良いねぇ鍋。春先はまだ肌寒いっすからねぇ。ちなみに何鍋?」


「味噌鍋にしようかと……っとそうだ。風間、ちょっと頼みあるんだけど」


 買い物の話を柚子とした流れで、やや脱線するが一応頼みたい事を頼んでみる事にした。


「なんすか?」


「今度時間ある時で良いんだけどさ、コイツの衣類買うの手伝ってくれね? コイツ今来てる服しか持ってなくてさ、用意しなきゃなんだけど、ほらそういうのはやっぱ女の子に頼んだ方が良いかなって」


「あーそれならさっさと夕飯の買い物終わらせて、ぱぱっと買いに行くっすか?」


「いやお前晩飯作らないと駄目なんだろ? 別に今日じゃなくても……」


「いやその辺考慮してなかったの完全に管理局の落ち度っす。着替え無いの不味いっすよ。なーに楽観視してるんすか!」


「……確かに」


 よくよく考えたら楽観的に考え過ぎていたかもしれない。

 自分の事ならともかく、人の事でしかも女の子なんだから。


「でも大丈夫か? お前の姉ちゃん帰ってきて飯できてねえ的な事になるんじゃねえの?」


「まあお姉ちゃんの事だから書類の不備とかが見つかったり、完全に忘れてた仕事が湧いて出たりする事多々あるから、私の見立てではまだ掛かるっすね」


「終ったよ」


 声が聞こえて視線を向けると。


「あ、風間さん」


「え、お姉ちゃん仕事終った?」


 支局長の風間杏が立っていた。


「うん、最悪明日でも良い仕事はマコっちゃんにメールとかで送ったから。最低限やる事はやったよ。これで自由の身。よっしゃー」


 力無く拳を挙げる杏。

 そんな彼女から視線を反らして思い浮かべたのは、今日色々世話になった上司の顔だ。


(お疲れ様です……神崎さん。というかほんと、篠原さんとか神崎さんみたいな間に挟まる人の頑張りでこの組織回ってるんだろうなぁ)


 此処にいない上司に内心で労いの言葉を掛けている内に女性陣で会話が進む。


「風間さんは何をしに此処に来たのじゃ?」


「ん、私は柚子と二人暮らしでね。今日は私が食事当番だったから」


「え、お姉ちゃん今日私に変わってって言ってたじゃん」


「……え、そうだっけ? んん~?」


 腕を組んで首を傾げる杏は、少し間を空けてから安堵したように言う。


「でも良かった。実はさっき財布を忘れた事に気付いてね。取りに戻らなきゃって思ってたんだ。これで無事今日の晩御飯が食卓に並ぶね」


「……これ日常茶飯事?」


 柚子に問いかけると深く頷く。


(なるほど、これ関われば関わる程ポンコツ感が見えてくる感じだな)


 そう、自分達の組織のトップへの理解を深めていた時だった。


「頷かないでよ、これじゃ私がまるで普段からポンコツみたいに…………柚子! 構えて!」


 突然血相を変えて杏が叫んだかと思えば、手にしていた鞄を放り投げ、勢いよく床に手を叩き付ける。


「閉じろおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 そして叫び散らす彼女を中心に魔法陣が展開。


 それから数秒遅れての事だった。


「……ッ!?」


 床に勢いよく、まるで濁流が迫ってくるように……影のような物が走り抜け黒く染めていったのは。

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