8 買い出しに行こう

「明日は自分で来れるな」


 アパート前まで送り届けてくれた神崎が、運転席の窓を空けてそう聞いてくる。


「はい。一応車持ってるんで。改めて送ってもらってありがとうございました。ほらお前も」


「ありがとうなのじゃ神崎さん!」


「おう。じゃあまた明日な。なんか有ったら遠慮無く連絡寄越せよ」


「あ、はい! ところで神崎さんはこれからまた管理局に?」


「いや、俺は今日は此処までだ。このまま夕飯の買い出しでもして帰る」


「お疲れさまです」


「おう。じゃあな」


 そう言って窓を閉めた神崎はそのまま車を走らせる。

 その車に軽く一礼した後、踵を返した。


「さ、俺達も行くぞ」


「了解じゃ」


 そして階段を上り扉を開いて帰宅。

 色々有ったけど帰宅……!


「ただいまー」


「ただいまなのじゃ! いやー家に帰ってくると何か一段落って感じがするの。落ち着くのじゃ」


「いやお前安心できる程、此処の滞在時間長くねえだろ。どっちかといえば管理局で過ごしてた時間の方が長いだろうが」


「とはいえワシが死にかけてる状態から復活したのも此処じゃし、世界征服を止めて今みたいな感じになったのも此処じゃ。ワシにとっちゃ既に結構大事な場所のつもりじゃよ」


「そっか。まあ別に悪い事じゃねえよ。此処で暮らす事になったんだからさ、居心地が良いに越した事はねえな」


 言いながら靴を脱ぎ、手荷物を部屋の中へ。

 そしてパタパタとソファに向かって行くユイを横目に鉄平は冷蔵庫の前に。


(……うん、当然ながら何もねえな)


 もう七時前だ。支度するならもう動かないといけない。むしろ遅い位。


(買い出しに行かねえと)


 流石に金を借りている身で安易に外食という手は取りたくない。

 ソファに腰を沈めるユイに鉄平は言う。


「なあユイ。くつろいでるところさっそく悪いんだけどさ、ちょっと出掛けるぞ」


「ん? どうした? 何か忘れ物でもしたのか?」


「いや、家に食材がねえから買いにいくんだよ。今日の晩飯の分と明日の朝御飯だ」


「ほう、それは緊急事態宣言じゃの。調達せねば!」


 そう言って立ち上がるユイ。


「ちなみにお前今日何食も食ってるけど、腹減ってる?」


「食べた分力を使っておるからの。良い感じに減りつつあるぞ。今から調達すれば丁度いいのではないか?」


「分かったよ」


 そして改めて自分が食事を提供する側になって理解する。


(コイツ安易に剣にできねー)


 杉浦家の財政が終わる。

 否、そもそも。


(つーか普通に生活して貰うだけでも相当金掛かるよな。数日居候させるのとは訳が違うし)


 考えてみれば取り急ぎ着替え一式とかも用意しないといけない訳で、それ以外にも今後掛かってくる出費は中々な感じになりそう。


(ウィザードに転職して給料は増えるけど……これ裕福とかにはなれねえな)


 もっともそれが目的でウィザードになったのでは無いから別に良いのだが。


 ……まあとにかく、今考えるべきはそんな先々の金の事ではない。


(……とりあえず今日何作るか。考えるべきはそれか)


 考えるべきは今日の献立である。


 それを考えながら、ユイと共に買い物に向かう事にした。

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