10 ジェノサイドボックス

「ちょ、なんだなんだ!?」


「床が真っ黒じゃあ! なんじゃこれぇッ!」


 突然の事態に困惑と驚愕の声を上げる鉄平とユイと同じように、周囲の買い物客も同様の声を上げる。


 そんな比較的冷静なのはすぐに構えを取った柚子と、今まで纏っていたふわふわした雰囲気が消し飛んだ杏位だ。


「か、風間さんこれは一体──」


「この黒いの風間さんがやったのか!? 一体なんじゃこれ!」


「説明は後! 良いから杉浦君もユイちゃんを剣に!」


「あ、はい! ユイ!」


「りょ、了解じゃ!」


 言われるがままにユイの手を掴み、ダガーナイフの形状に変化させる。

 それと共に全身に力が供給されたのが分かった。

 そして臨戦態勢を取った鉄平と、ダガーナイフになったユイに向けて杏は答える。


「これは私じゃないよ。私がやったのはこの黒いのが外にまで侵食しないように、建物全体を包むようにに結界を張った。それだけ」


「結界を建物全体って……なんか良く分からないけど滅茶苦茶な事やってるんじゃ……」


「お姉ちゃんならその滅茶苦茶ができるっす」


 言いながら柚子は周囲を見渡す。


「でも滅茶苦茶なのは相手もっすね。一瞬でこんな……」


「相手って……まさかこれアンノウンの仕業なのか!?」


「そうだろうね。九割九分そう」


 ゆっくりと立ち上がりながら杏は言う。


「異界管理課が打ち漏らしたアンノウンがこの建物の何処かに出現した。この黒いのはその攻撃だよ」


「打ち漏らしたって昨日ユイを打ち漏らしたばかりなのにか!? 普段ニュース見てる感じだとこんなに頻発しねえもんだろ!?」


「表に出る前に処理できるケースも多いよ。だから一般の人が思っているよりは多い。だけどそう頻発する事じゃないのもそう。これが偶然なら良いんだけどね……そしてどうであれ、状況は最悪」


 杏がそう呟いた時、アンノウンが出現したため屋外に避難するよう客に避難指示を行うアナウンスが店内に鳴り響くが、杏は取り出したスマホを操作しながら首を振る。


「……無いよ、今この建物内に逃げ場は。私が塞いだから」


「……!?」


「言ったよね。この黒いのが外にまで広がらないように塞いだ。当然私の結界がある間は人の出入りもできない」


「それちょっとやり方が乱暴じゃ……」


「うん、最悪な位に乱暴。ぶん殴られても文句は言えない。でも緊急事態だから。全員に配慮はできないんだ。それに対する非難の矢は私がいくらでも受ける」


「……ッ」


 その険しく、そして覚悟で固められた表情を見て確信する。

 今この場で起きている状況は、自分が思っている以上に最悪だ。

 きっと今このショッピングモールに居る1000人前後。もしくはそれ以上の人間の避難経路を潰してでも、この場で食い止めなければならない何かが此処にいる。


「……一体どんなヤバい奴が出てきたんですか」


「この黒い影に、後はジェノサイドボックスって単語を聞けば杉浦君でも理解できる? 多分これはそれと同じかその最新型だよ」


「……ッ!?」


 その言葉を聞いて背筋が凍り、そして理解する。

 素人の知識量でも理解できる。


(マジかよ……だとしたら今、間違いなく風間さんは数十万……いやきっとそれ以上の人間の命を首の皮一枚で繋ぎ止めた……ッ!)


 余程情報が断絶された環境に身を置かなければ、ジェノサイドボックスの名を聞いて首を傾げる人間はいない。

 連日テレビやネットニースで目にしない日は無かった。


 魔術やアンノウンの存在が表に知れ渡ってからの10年間の間に起きた、最大級の世界の危機の一つ。

 それがジェノサイドボックスだ


 3年前、イギリス・ロンドンにて出現した箱状のアンノウンは、出現とほぼ同時に巨大な影を張り巡らせた。

 そして瞬く間に十数キロ近くまで肥大化した影は、その範囲内に居た人間から生体エネルギーを仕上げ……やがてそのエネルギーを内包した化物を出現させるに至った。


 その時は偶然ロンドンにて各国の優秀なウィザードが多数集まる会合が行われていたらしく、その偶然のおかげで死者数は一万人程度に抑えられた。

 それだけの条件が偶然揃って、それでもそれだけの死者数が出たのだ。


 それがジェノサイドボックス。


「吸い上げられる生命力の供給元が此処にいる人間程度なら、成長速度もその戦闘力の上限も抑えられる。申し訳ないけど、そういう感じ」


 つまりあのまま何の対策も打てなければ、3年前と同じ事が起きる。

 仮に此処から逃げられたとしても、早急に移動できる範囲など完全にこの影の影響化だ。結局化物のエネルギーを吸い取られる。

 そして今は世界中から優秀なウィザードが集まっているといった奇跡のようなタイミングでもない。


 だとすればその被害は北陸地方だけにとどまらず、日本中に広がるだろう。


 そして状況の説明を終えたようなタイミングで、どこかに掛けていた通話が繋がったらしい。

 そして杏は言う。


「篠原さん。私が現場を閉じた事で察したかもしれませんが、今回のアンノウンはジェノサイドボックスです。ええ、はい。とにかく大至急非番のウィザードを含め全員に召集を。ならびに東京本部、及び各支部への連絡をお願いします。もしこちらに万が一の事があれば、各支部からの増援が来るまでどうにか持ちこたえてください……ええ、万が一です…………万が一」


 杏は立ち眩みでも起こしたようにふら付き始める。


「お、お姉ちゃん! 大丈夫!?」


 柚子に支えられながら通話先の篠原への言葉を続ける。


「これから今モール内に居る戦力での迎撃を試みます。なので現在非番でモール内に居るウィザードが一人でも居ればその情報をこちらに。おそらく全員現在進行形で魔術を使っているだろうから反応で分かる筈です。今は一人でも多くの戦力を束ねて運用したい。はい、ええ……よろしくお願いします」


 そう言って通話を切った杏は言う。


「柚子、杉浦君……そしてユイちゃん。今の通話の通りです。これからモール内のウィザードでジェノサイドボックスの破壊を試みるよ」


 どんどん顔色が悪くなっていく中で。


「……ッ」


 周囲の客が次々と座り込み、倒れ込み、動けなくなっていく中で。

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