13 勝者

「あ、どうも。えっと、篠原さんで良かったですよね」


「ええ、合ってますよ。その様子だと戦闘のダメージで記憶が飛んでいるような事も無さそうだ」


 本当に安堵するようにそう言った篠原は、ベッド近くに来た所で立ち止まり言う。


「とはいえ致命的なダメージが無かっただけで、我々はあなたに決して軽くない傷を負わせている。その事を異界管理局北陸第一支部を代表して謝罪させてほしい」


 そう言って深々と頭を下げる篠原に対して、鉄平は慌てて言う。


「ちょ、良いですって頭なんて下げなくても。あの場で篠原さん達ウィザードがやっていた事は絶対間違いでは無いんですから。それにほら、あのダメージ負ってなきゃ俺止まってませんよ」


 鉄平に止まる意思は無かった。

 それでもユイからストップが掛かる程に大きなダメージを負ったから、結果的に鉄平は止まった訳で。

 そういう意味では思い出したくない程の強力な一撃を放ったポニーテールのウィザードが負わせてきた一撃は一応肯定的に受け止められる。


 一応だが。もう絶対に喰らいたくは無いが。


 そして鉄平の言葉に、篠原は頭を下げたまま言う。


「だがそもそも最初からこうしておけば、あなたはその怪我を負わずに済んだ」


「ウィザードが最初からこの状況に持ってくような人達だったら、今頃世界ヤバい事になってるでしょ。あの場で謝らなければならないような事をしていた人は俺や篠原さんを含め誰も居なかった。とりあえずそれで良いじゃ無いですか」


「…………そう言って頂けると助かります。優しいですね、あなたは」


 そう言って、ゆっくりと篠原は頭を上げる。


「そりゃあの状況でワシを助けるような奴じゃからのう」


 そう言って何故か胸を張ってドヤ顔を浮かべているユイの事はひとまずおいておいて、鉄平は安堵する。


(良かった、この人止めないと本当にずっと頭下げてそうだからな)


 それだけ真面目な印象が感じ取れる。

 ……だからこそ。


「……でもなんで篠原さん達は止まってくれたんですか。なんでユイを殺さないでくれたんですか」


 それだけ真面目な印象を感じさせる篠原が、どうしてあの場で手の平を反してくれたのだろうか。

 その問いに篠原は言いにくそうに少し間を空けはするものの、やがて近くの椅子に腰を下ろしてから答えてくれる。


「あれだけあなたの言葉を否定しておいて言えた事ではありませんが、結局感情論ですよ」


「……ほんとですか?」


 玄関先で対峙していた篠原というウィザードは、そういう事情では決して折れたりなどしない印象が有ったが……彼は静かに頷く。


「ええ。ユイさんを守ろうとするあなたを見て。あなたを守ろうとするユイさんを見て。それ以上先に進めなくなった。私が責任から逃げだした結果、あの場で部隊を止める命令を出した。本当に合理的な理由なんて何も無いただの感情論ですよ」


 どこか自虐するようにそういう篠原だが、それでも真っすぐな意思を鉄平に向けるように言う。


「そんな風に感情論で動いてはいけない相手を動かす土台をあなたが作ったんですよ杉浦さん。あなたがもしどこかで反撃をしていたら、最終的にどんな判断を下していたかは分かりませんから。いや、多分こうはならなかった。ユイさんの話を聞く状況にすらなっていなかったかもしれない」


 だから、と篠原さんは言う。


「止まってくれた、なんて言葉はちょっと違います。私は止められた。殺せなくなった。私がユイさんを生かしたのではなく……あなたがユイさんを守ったんです。誰一人として掠り傷も与えなかったあなたが勝ち取った勝利ですよ」


「そうですか……俺が勝ち取った、ね」


 噛み締めるようにそう呟き、その言葉を受け入れる。

 受け入れるが……そのまま鵜呑みにするつもりは無い。


(全員で勝ち取ったの間違いじゃねえかな……この人真面目だし話拗れそうだから言わねえけど)


 きっと篠原が下した選択も逃げなんかではない。

 彼が選んだその大きな選択を逃げなんて形で受け入れてたまるかとも思う。


 だから勝者は自分だけではない。


 あの場で一切反撃をしなかった自分も。

 自分の命を顧みずに動いてくれたユイも。

 あんな冗談みたいな力を前に、こちらを殺さない配慮をしながら戦ったウィザードも。

 この現状を選んだ篠原も。

 全員がこの勝利に一口噛んでいる。


 故に誰が勝者かという話になればきっと……あの場に居た全員が一人残らず勝者になる筈だ。


 そう考えながら、相変わらずドヤ顔を浮かべているユイに視線を向ける。


(そうなる筈だ。だろ、ユイ)


 彼女のこれからの行動が、その考えを現実にしていくのだ。

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