6 真打登場

 こちらが目の前のウィザードを潜り抜けようとする前に、先手を打ったのは魔法陣を展開していた女だった。

 魔法陣が消滅すると同時に、彼女の周囲に十数個の光の球体が出現。


『来るぞ鉄平!』


「ああ!」


 そう叫んだ次の瞬間には球体全てがこちらに射出される。

 弾速は早く、潜り抜ける為の空間を割り出す余裕はない。

 ……だが。


『防げ!』


 ユイがそう叫ぶと共に、まるで彼女から指示を受けたように脳内に情報が流れ込む。

 この一撃を切り抜ける為に、ユイが考えた最適解とその方法だ。

 当然そこに強制力など何も無い。


 だがこの場においてそれは……鉄平にとっても最適解だった。


「頼むぞユイ!」


 その場で踏みとどまって叫ぶと同時にユイを振るった。

 当然の事ながら、その刃は空を切る。

 何も斬らない。斬るつもりは無い。


 代わりに……半透明の壁が出現した。


(……出た! これでどうにか……ッ!)


 敵からの攻撃を防ぐ為の結界。

 その結界は十数発の遠距離攻撃にヒビを入れられながらも防ぎ切る。

 その直後、前衛のウィザードの一人が手にした刀で結界を叩き割るが、十分だろう。

 強力な魔術による攻撃を防ぎ、その後前衛一人を結界の破壊の為に動かせた。

 前方は残り一人躱して進むだけで良い。


 ……そう思ったが、何かがおかしい。


(コイツ……ッ!)


 目の前の男の動きは、明らかに捨て身の構えだった。

 反撃された場合の事など一切考えない。攻撃一辺倒の極端な構えと動き。


 まるでこちらが反撃しない事を前提に動いているかのような、そんな動きだ。


 そして男は言う。


「悪いな……その隙付け込むぞ」


 そして刀による明らかな大振りの一撃を躱す鉄平の体は、次の瞬間弾き飛ばされて激痛と共にブロック塀に叩き付けられた。

 空を切った刀から衝撃波が発せられたのだ。


『大丈夫か鉄平!?』


 そう脳内に声を響かせるユイだが、それに返答している余裕は申し訳ないが無かった。

 弾き飛ばされて壁に叩き付けられた。その僅かな時間。


 その間に女が次弾の装填に掛かり、結界を砕いた男はこちらに飛び掛かる構えを見せる。

 そして一連の停滞時間の間に追いついて来る……アパートの駐車場で張っていた連中が。


 次の瞬間には同時に飛び掛かってくる。


(……やっべ)


 前に進んでも後ろに戻っても、掻い潜れる隙が見付けられない。


(それでも止まってるよりは……いや)


 必死に脳を稼働させ目標を定める。

 前方後方に抵抗せずに通れるような道は残っていない。


 それでも……上なら。


「いくぞおおおおおおおおおおおおおおお!」


 激痛が走る全身に力を込め、全力で上空目掛けて跳び上がった。

 およそ十数メートル。改めて今の自分に人間離れした身体能力が備わっている事が分かる高さ。

 そこまで跳んだ。

 まだも少しは高度を稼げる。


(……飛べるウィザードが居るのは知ってる。だけど全員がそうとは限らない。中々名案だろこれ)


 こちらは先程作った結界の生成を応用すれば、足場を作る事が可能だ。

 つまり空中である程度の機動力を確保する事が出来るのだ。


 そうなると警戒すべきは遠距離での攻撃と飛べるウィザードに絞られるのではないかと思う。少なくとも地上よりは壁が、戦力が薄くなる。

 ……そう考えたが。


(ま、そう簡単には行かねえか)


 約半数が地上に残ったが、刀を持っていた者を含め全員が何かしらの魔術の発動準備を行っている。

 そして残り半数はこちらがこれからしようとしているように、瞬時に結界を足場にして既にこちらに向かってきていた。


(普段訳分からねえ異世界の何かと戦ってるもんな。こんな簡単な事で動けなくなる人達なんていないか)


 そういう人達が普段頑張ってくれているからこそ、自分達の生活は成り立ってるのだから。

 これで何とかなるなんて考えはきっと、短絡的で失礼に値するものだ。

 ……自分が今相手にしている人達は、全員一定以上に凄い人達なのだ。


 そう、危機感を感じながらもウィザード達を関心していた時だった。


 視界の端から物凄い勢いでぶっ飛んで来る、女子高生にも見えるポニーテールの若いウィザードが見えた。


 警戒心は向けるがまだ距離はある。

 そう考えている鉄平に向けて手の平を向けた彼女が口を開く。

 そして強化された聴力が、その声を辛うじて拾った。


「閉じろ」


 次の瞬間、鉄平を取り囲むように半透明の黒い箱状の結界が展開された。

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