ex 止まっても良い理由を

(少なくとも彼からすれば、無害な女の子を凝り固まった考えの大人達からなんとか守ろうとしている訳だ。これじゃ悪役だな俺達は)


 アンノウンを取り逃がした一級ウィザードの篠原は、内心ため息を吐きながら耳元に手を当てて言う。


「こちら篠原。悪いがアンノウンを仕留めそこなった。アンノウンの外見情報は既に皆の端末に既に送信済み。確認してプランBに移行してくれ……分かっていると思うが杉浦鉄平は民間人で被害者だ。必要以上の攻撃は加えるな……その辺はしっかり頼む」


 作戦に参加している全員に指示を出した後、後ろに控えていた部下の長身の男、準一級ウィザードの神崎が静かに言う。


「なんで撃たなかったのか、なんて事を聞くのは野暮ですか? アンタなら杉浦を避けてアンノウンだけ撃ち抜けたでしょう」


「いや、杉浦さんが邪魔で打てなかった。……そういう事にしておいてくれないか?」


「……良くも悪くも甘すぎるんだ篠原さんは」


「良くは無いだろ立場上……悪くも悪くもだ。とにかく此処は俺と神崎だけで良い。皆は他の班に合流してくれ」


 神崎の溜息を聞きながら、彼以外の部下を逃走した杉浦とアンノウンの元へと向かわせる。


「俺達もさっさと終わらせて応援に行きますよ」


「ああ。風間が居るとはいえ相手の力は未知数だ。まともにぶつかればどうなるか分からないからな」


 言いながら、静かに考える。


(まともにぶつかれば……か)


 先の杉浦鉄平との会話と、見るからに無害そうなアンノウンの姿を思い浮かべるが……彼らが。少なくとも彼が自発的に戦おうとする可能性は薄い。

 つまりぶつかった時点でまともではない。

 こちら側が理不尽を彼に押し付けて、ぶつけさせているに過ぎない。


 職務の事を考えずに感情論だけで物事を考えた場合、良い歳した大人が若者に振るって良い所業ではないだろう。


 そんな胃が重くなるような事を考えながら、神崎と共に部屋の中に入る。


 アンノウンの生体や機構はそれぞれまるで異なるが、これまでウィザードが戦い続けて積み上げたデータから、起きるかもしれない事というのは幾分か把握できている。

 例えば……拠点とする場所に、拠点外での活動を支援する何かが作り上げられていたりだとか、そういう事。


 篠原と神崎が此処に残った理由がそれだ。

 場合によってはこちらをどうにかしなければ、実際の現場で何一つ事が進展しない場合もある。それを避ける為に、調べられる事は調べなければならない。

 ……だが。


「見た感じ、何もありませんね……」


 言いながら神崎は地面に手の平を置き、そこを中心に魔法陣を展開させる。


「……やはり何も。俺が見落としてなければ、この手の何かを作っておくタイプのアンノウンじゃありませんね」


「だな。俺の方も引っ掛からない。此処には何も無いな間違いなく」


 そう言いながら視線を向ける先にあるのは、二人分のマグカップ。

 どちらにもコーヒーが注がれている。

 そんな穏やかな時間の跡。


 ……アンノウンの出現タイミングは深夜で、長々と建設的な話をする時間は無かったのかもしれない。

 だから朝、こうして落ち着ける飲み物を注いで今後の事でも話していたのだろうか。


 それは分からない。

 分かる程、杉浦鉄平とは互いに心を許すような対話が出来ていない。

 こちらがそうさせなかった。

 そんな簡単で当たり前で人道的な事に、どれだけのリスクがあるのかを良く知ってしまっているから。

 臨機応変な対応ができないから。


 何かが起きた時に後出しで全てを解決できる程に、少なくとも自分は優秀では無いから。


「……行くぞ、神崎。お前の所にも届いていると思うが、あのアンノウンがダガーナイフに変化したらしい。現時点のグレードはSランク。お手軽にこの辺り一帯吹き飛びかねない程の強敵だ。俺達の力も必要になって来るかもしれない」


「ええ、分かってますよ……だからさっさと人の生活の跡から視線を反らして切り替えてください。その調子じゃ死にますよ。気持ちは分かりますけど」


「……ああ」


 そう言葉を返して、篠原は窓から跳び降りる。

 跳び下りながら……考えた。

 どこか祈るように。


(頼む……どうにか見つかってくれ。俺達が合理的な理由で止まっても良いと思える理由……ッ!)


 自身の優秀な仲間達と渦中の青年に、それを託すように。


─────

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