4 力の解放

 ユイの声が届いたと同時に、篠原達が目を見開いたのが分かった。


 唐突に、なおかつこうして軽い感じで登場してくる事や、そもそも人間の女の子の風貌をしている事など色々な要素がそうさせたのだと思う。


 だがそうしたユイのイレギュラーは篠原の動きを一瞬遅れさえただけにとどまり、結局彼は動き出した。

 彼女が視線の先にまで出て来た以上、もはや鉄平にどいてもらう必要なんてない。


(……ッ!?)


 篠原は懐から拳銃を取り出して瞬時に構える。

 銃口はこちら……否、ユイに向いているように思えた。


 そしてそれを認識した瞬間だった。


「逃げるぞユイ!」


 そう叫んで踵を返し、拳銃からユイへの射線上に盾になるように走り出した。


 ……賭けだった。


 事態をほぼ確実に飲み込めていないユイが自発的に何か行動を起こす前に、構えられた拳銃から射出される銃弾、もしくはそれに準ずる物は届いてしまうだろうから。


 篠原がまだこちらを一般人の被害者と認識している上で、そうした相手に当たる可能性がある中で殺傷能力の高い攻撃を放たない事に。

 さっさと強行突破すれば良かったのに、あくまでも平和的に通ろうとしていた篠原の甘さに賭けた。


「は、なんじゃなんじゃ!? うわッ!?」


 そして賭けには勝った。

 申し訳ないがその甘さに付け込んだ。


 ユイとの距離を詰め彼女を抱き抱える。

 そして窓際まで走り、そこから外へと飛び出した。


 二階から、人一人を抱えてのダイブ。

 そこに対する不安は無かった。


 当然そんな余裕は無かったが、ユイの元に走り出した瞬間から感じた体の異様な軽さが、その程度なら大丈夫という確信をもたらしてくれた事もおそらく大きい。


 ユイは自身と契約した事で鉄平の身体能力も上がっていると言っていたがおそらくこれがそれだ。

 あの時は何も感じられなかったが、いざ全力で動き出すと明らかに普段と体のキレが違う。


 ……だが、そこに強く意識を避ける程、楽観的な状況では無い。


(マジかよ……!)


 アパートの駐車場や敷地回りに、十数人の黒いスーツの男女が待ち構えているのが見えた。

 一瞬で確認が取れただけで、それだけ。


 おそらくその全員がウィザード。

 しかも強化されても依然常識の範疇程度の力では、焼け石に水だ。


(こんなの一体どう逃げたら……!)


 そう心中で叫びながら着地した瞬間だった。


「な、何が起きてるのかは知らんが、ワシの手を握れ!」


 抱き抱えていたユイがそう言って手をこちらに向けてくる。


「え、は?」


「いいから!」


 そうユイが叫ぶのに反応して、ウィザードを警戒して視線を彼ら彼女らに向けながらも、藁にも縋る気持ちでユイの手を取る。

 すると次の瞬間には、こちらに向かって距離を詰めてくる黒スーツのウィザードの動きが、露骨に遅くなった。


 否、遅く見える。

 そして。


「……ッ!?」


 全身に、力が流れ込んでくるのが理解できた。

 それこそ自分の体が全く別次元の存在に生まれ変わったと錯覚するような、そんな感覚。


 ……その供給源は。


『やれやれ、想像以上に貧相な形状になってしもうたの……来るぞ鉄平』


 まず間違いなく、鉄平の右手に握られたダガーナイフのような形状になったユイだろう。

 大幅に弱体化したであろう彼女の膨大な力が……鉄平の肉体に供給されていた。

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