3 世界の平和を守る人達 下
「アイツと会っても無いのにそんな決めつけるような事──」
「杉浦さん」
こちらを諭して最終的にどういう判断をして欲しいのかは察しながらも、受け入れられる訳が無くて返した言葉は篠原に遮られる。
「そもそも転移してくる生物や物品が、何を目的としてこの世界にやって来るのか分かりますか? まあ機密事項ですので知っていては困るのですが」
「ケースバイケースでしょそんなの……」
「いえ、最低限の意思疎通が取れた者に限りますが、答えは皆同じです」
言いにくそうに一拍空けてから、それでも篠原は静かに言う。
「この世界の征服。侵略の為ですよ」
「……」
「私達の世界は現状、あらゆる世界から様々な生物や物品……否、兵器を送りつけられる形で侵攻を受けています。まるでどこの世界が最初にこの世界を落とすかを競っているようにね」
「ちょ、篠原さんそこまで言わなくても」
篠原の言葉を制止しようと、後ろに控えていた長身のウィザードの男性がそう言うが、
「いや最低限この位の事は伝えないと。でないとあまりにフェアじゃない……失礼しました」
それを片手で制した後に、仕切り直すように軽く咳払いをしてから彼は言う。
「つまりあなたの後ろに居る何かは危険かもしれないのではなく、明確に危険なんです。あなたに敵意を植え付けさせない言動をしていたのかもしれませんが……その内側で世界征服を企んでいる。信じられないかもしれませんがね」
「……」
(いや、信じないも何も……まさにその通りすぎて反論できねぇ……)
世界征服を企んでいる、なんてことは決して内側で留まってはいない。
本人の口から、実際にそう聞いた。
そして本人のそうした言動があったからこそ……篠原の語っている事への信憑性が増してくる。
だから全ての存在がそうだというのは乱暴だと一瞬浮かんだ言葉は……きっと、この人達の中ではとっくの昔に通り過ぎた言葉なんだと感じた。
決め付けるのではなく、完成した答えが彼らの中には存在する。
……それでも。
「その辺の話はもう聞いてる。アイツ自身が話してくれました」
抵抗は止めない。
まだ全てを出し切っていない。
「……それを聞いているのにまだ此処を通す気にはなりませんか?」
「確かにアイツはそういう意思を持ってこの世界に来た。だけど来た時点で持っていただけなんです」
「今は違うと?」
「ええ。アイツには記憶が無い。だから自分がどういう経緯でそう考えるようになったのかも分からなければ、そうした意思事態に首を傾げているような状態なんです。アイツはあなた達が危惧しているような事をしなければならない意味が分からないって状態なんです」
「……」
「背景に何が有ったかはこの際別にいい。だけど……今この瞬間に俺の後ろにいる奴はマジで素直な普通の奴なんです」
「……そうですか」
静かに、小さく息を吐いて篠原は言う
「……この際、無くなった記憶が戻った場合のリスクなんて重箱の隅を突く様な事はしない。それはしませんよ、意地悪だし。何よりもっと真正面から言うべき事がありますからね」
「……?」
首を傾げそうになる鉄平に篠原は言う。
「10年前の事件前に2件。ウィザードやアンノウンの存在が公になったこの十年で5件。計7件。さて、一体何が起きたと思いますか?」
「……なんですか?」
「こういう状況から頃合いを見て豹変して匿った民間人やウィザードが大火傷を負った事件の件数です……そしてこのまま私達が下がれば今日が8件目になります」
「……ッ」
こういう状況。
友好的な姿を見せられ、掌を返されることなど無いと。
そう確信した状況。
(……あ、これ駄目な奴だ)
自分には本当に……本当に、全てが初めての事だ。
だけど……きっと自分が思っている以上にこの世界は大変な事になっていて。
その分だけ目の前の篠原のようなウィザードが死に物狂いで頑張っていて。
彼らにとってこの状況は、珍しくはあっても……既に何度も通ってきた道なのだ。
ユイの姿を見せずに切れるカードが全て無くなったような、そんな気がした。
そしてユイの姿を見せた所で、事態が好転するとはどうしても思えなくて。
この状況は既に詰んでいるのではないかと思ってしまう。
そして篠原は言う。
「杉浦さん。此処を通してくれませんか」
「……」
「現状あなたはアンノウンの被害者だ。強硬手段に出ていない時点で察しているとは思いますが、そんなあなたに危害は極力加えたくない」
「そんな事言われても……」
「10秒待ちます。あなたの意思で此処をどいてください」
それは10秒を超えれば無理矢理にでも通るという宣言だった。
(ど、どうする。マジでどうすりゃ……)
思考をフル回転させるが全く答えが浮かんでこない。
焦りで震えそうになる、そんな時だった。
「おい鉄平。いつまで話しておるのじゃ。新聞の勧誘とやらはそんなに厄介なのかの。どれ、ワシが追っ払ってやろうか」
渦中の少女の声が、背後から近付いてきたのは。
……近付いて来てしまったのは。
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