2 世界の平和を守る人達 上
(……考えられる限り最悪な状況だな)
思わず一歩後ずさりながら心中でそう呟く。
気が付いたら何も分からない内に王手をかけられたような、そんな気分だ。
だけど誤魔化そうだとか欺こうだとか、そんな事をするつもりは無かった。
おそらくそんな事をしても無駄なのは分かっているから。
昨日の夜に実は誰かに目撃されていたという可能性も完全には否定できないが、やはりそれでは彼らが来るのが遅すぎる。
そんな中、ウィザードがこの部屋に辿り着いた。
つまりその時点で彼らなりのやり方でユイの存在を感知し、此処に辿り着いた可能性が高い訳だ。
(……いつでも動ける準備を)
だから此処から先取るべき行動は、向こうが異世界から転移してきた剣がこの部屋にあると知っている事を前提として動かなければならない。
だから動く為の心構えだけはしておいた。
……すぐに動く事はしない。
「なんの用ですか?」
まずは会話を試みる。
彼らがユイの存在を把握している事は大前提だが、必ずしもこちら側にとって最悪な結果を齎すとは限らない。
それだけ今大人しく甘いコーヒーを飲んでいるユイは、素人目で見てもイレギュラーなのだ。
だからやれるだけの交渉はする。
……下手に抵抗して取り返しが付かなくなるといった事は避けたい。
そして篠原と名乗った三十代前半程のウィザードの男は鉄平の問いに答える前に静かに呟く。
「……汚染濃度は弱か。なるほど」
「……汚染濃度?」
「いえ、気にしないでください。さて、何の用かでしたね」
不穏な言葉を呟きこそしたが、強硬手段に出る事は無く篠原は答え始める。
「単刀直入に言わせて貰えれば、私達は昨夜ダンジョン外に出現した異世界から転移してきた物品……通称アンノウンと称される代物を探してこの部屋に辿り着きました」
「……でしょうね」
「……あっさり認めるんですね、杉浦さん」
「俺は目上の人を欺けるような話術ができる訳じゃありませんし、あなた達も十代の若者に出し抜かれるような人達じゃないでしょ……だから認めますよ、この部屋にあなた達が探している物はあります。その辺は誤魔化しません。ただ……」
「ただ?」
「この先に居る奴はあなた方が出張って来なければならない程危険な奴じゃないんで、お引き取り願えませんか?」
「静かだが熱の籠った言葉だ……真っすぐでとても良いと思います」
鉄平の言葉に篠原は静かに答える。
「その汚染度です。キミの精神は乗っ取られてはいない。だからキミはその目で見て感じた事を私達にぶつけている訳でしょう。キミはこの先に居る何かと出会い、通報しないという判断を下した。そしておそらくそういう何かを悪用しようとしている様子も無い。キミはきっと善意で動いている。善意で匿おうとしている……だから強い警戒を私達に示している。そういう事になるのでしょう」
(……あれ? なんか行けそうじゃねえかこれ)
正直まともな会話をできる自信も無かった訳だが、しっかりと会話が成立している上にこちらに理解を示してくれている。
このまま、穏便に事が済むのではないかと、そう思えた。
……此処までは。
「だがその善意は本当にキミの中から湧いて出た物ですか?」
雲行きの怪しい言葉が諭すように飛び出してきた。
「……どういう意味ですか」
「私達が追っていてキミが匿っている何かはどうやら人間に寄生する類のアンノウンのようだ。ですが今現在その汚染度は軽度に収まっています。つまり意のままに操られているなんて事は無いでしょう……だが、行動に影響を与える程度の影響が起きていてもおかしくはない」
そして改めて問いかけてくる。
「キミは本当に本心で、社会的責任を放棄してまで後ろに居る何かを守ろうとしていますか?」
「……それ証明しようがないじゃ無いですか」
自分は自分の意思で此処で立ち塞がる選択をしている。
ユイもきっと、そういった事はしない。
だが、それを証明する手立てなどありはしないのだ。
そして篠原はばつの悪そうな表情を浮かべて言う。
「そうですね……少々配慮に欠けた。申し訳ない。確かにあなたに証明する手段は無かった。分かりようがない」
そう謝罪した篠原は、それでもその視線に鋭い意思を残したまま言葉を続ける。
「だが一つ分かる事があります」
「……なんですか?」
「あなたが匿っている物は……私達ウィザードの。否、地球人類の敵なんです」
そんな決めつけるような言葉を。
自分のような一般人の素人よりも、遥かに真剣にこういう案件と命懸けで向き合い続けてきた立場から。
……今に至るまでずっと、実力行使に出ず諭すような口調を崩さぬまま。
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