1-2 彼女が世界に馴染めるように
1 コーヒーと来訪者
「……あんま良い寝心地じゃねえな」
朝9時。
ソファから体を起こした鉄平は体を伸ばしてそう呟く。
昨日シャワーを浴びて戻ってくると、ユイは鉄平のベットで爆睡していて。
まあ一応こちらが眠る為のスペースを考慮してか彼女の体は端の方にあり、鉄平一人程なら普通に入り込めそうではあったが……その辺はモラル的に良くない気がした。
だからソファで寝た訳だが、やはり座る物と寝る物は全然違う。
安物なら尚更。
ぐっすり眠れるようなソファを買える程の財力は、現在の杉浦家には存在しないのだ。
……本当にお金が無い。
(……朝飯どうしようかな)
昨日の晩御飯はバイト先のコンビニの廃棄を頂けたのでそれで凌ぎ、朝ご飯は辛うじて残っている食材でと思った訳だが、そのありったけを昨日の卵粥につぎ込んでしまった訳で。
……今現在家に食べ物が無い。
(俺だけなら朝抜くってのもアリだけど、ユイに何も食べさせないで倒れられても困るしな……とにかくユイが起きたらささっと食材買いに行って……とりあえず支払いはあんまり使いたくねえけどカードで……現金殆ど残ってねえし。でもこれ以上カード使うと来月の支払いが……少し回すか? リボ払いに……いや、流石にそれはマズい…………やっぱ宝くじかぁ解決策)
よくこの状態で人を匿ったものだと一晩立って少々自分に呆れる。
……まあ後悔はしないのだが。
(つーか買い物行くのに連れ出して良い物なのか……とはいえ一人にしておくのも……)
と、そんな事を考えていた所で視界の先のベットの上でユイがもぞもぞと動き出す。
「起きたか」
「ん……おはようじゃ鉄平」
ゆっくりと体を起こして眠そうに目を擦り、ゆっくりと体を伸ばすユイ。
そんな彼女からは相変わらず危険を感じる事はない。
……本当に無害にしか見えない。
そんな感想を抱きながら立ち上がった鉄平は、キッチンへと足取りを向ける。
食べ物は何も残っていないが、インスタントコーヒー位なら流石に戸棚に入ってある。
だからモーニングルーティーンをこなす事位は可能だ。
「ん、また何か作るのか?」
ヤカンでお湯を沸かし始めた所でベットから降りてパタパタとキッチンにまで付いてきたユイが目を輝かせてそう聞いてくる。
軽くお腹が鳴る音も聞こえたので普通に空腹なのだろう。
それは分かっているけど、無いものは無い。
「わりいけど飯は買ってくるか食いに行くかしねえと用意できねえな。昨日お前に食わしたのでストックゼロだ」
「そ、そうか……それは残念じゃの」
心底残念そうに肩を落とすユイに鉄平は訪ねる。
「ただ腹には溜まらねえと思うけどコーヒー……ああ、飲み物な。それは作れるかなって思ってさ。お前も飲むか?」
「なんか知らんが飲む!」
「了解。砂糖とかコーヒーフレッシュって入れるか? っても分かんねえか」
「そうじゃの。だから任せる。鉄平と同じので頼む」
「分かったよ。じゃあブラックで。出来たら持ってくから部屋で待ってろ」
「分かったのじゃ」
そんな訳で二人分のブラックコーヒーを用意。
そして部屋に戻ってソファに座り、ユイに来客用のマグカップを渡す。
「熱いから気を付けろよ」
「ああ、ありがとうなのじゃ」
「どういたしまして」
そんな言葉を返しながら一口。
(うん、やっぱ朝はこれだわ)
所詮インスタントだ。良い物では無いだろう。
だけどこの安い苦さに舌が馴染んでいる。
これを飲んで初めて一日が始まる様な、そんな感覚になる。
……一方のユイはというと。
「うわ苦い……え、苦いがこれ……え? 新手の拷問か何かじゃないかこれ」
「そこまで言うか」
「そこまで言うじゃろこれは……よく鉄平はこんな物が飲めるの。なんかせっかく作って貰ってこんな事言うのはアレじゃけど……うん、すまんこれワシには無理じゃ」
「味覚は人それぞれだからな。その辺態々謝る必要なんてねえよ。俺にだって苦手な物だってあるしな」
「こんな苦い物を飲める鉄平でもか」
「俺はこれが好きなんだ。でも逆にお前が昨日食べてたような滅茶苦茶甘いタイプのお菓子は苦手なんだよな」
いわゆる甘さ控えめ程度の物で丁度良い。そんな鉄平にとって以前食した時に砂糖というストレートな感想が湧いてきたあのクッキーには苦手意識がある。
だから未開封で残っていた。
「あれ美味しかったんじゃけどな……噛み合わんの」
「まあ仕方ねえよその辺は。うまく合う所だけ合わせていこう。無理に価値観押し付けたり合わせようとするより絶対その方が良い」
言いながらキッチンに出向き、砂糖とコーヒーフレッシュを持ってきてユイのマグカップに投入する。
「本当はもう牛乳とか入れちまった方が良いと思うんだけど……どうだ、それなら飲めるか?」
「どれどれ……うん、まあこれなら。これならいけるかの」
「なら良かった」
鉄平もコーヒーを一口飲み、それから一拍空けてユイに言う。
「多分こういう生活は一日、二日じゃ終わらねえんだ。ゆっくり自分の好きなもんとか嫌いなもんとか探ってけ。そういう所から少しづつこの世界に馴染んでいけば良い」
「馴染む……か」
ユイも砂糖たっぷりのコーヒーを口にしてから言う。
「世界征服をする気が失せた今、前向きに色々と考えていかなければならないわけじゃな」
「そういう事だ。物騒さとは程遠い普通の生活をしていこうぜ」
「なら少しづつで良いから、それを鉄平が教えてくれ。今ワシが頼れるのは鉄平だけじゃからの」
「そのつもりだよ俺も」
と、そう返事を返した時だった。
……インターホンが鳴った。
「なんじゃこの音」
「誰か来たみたいだな。何も頼んだ覚えはねえし……まさかまた新聞の勧誘か」
軽く溜息を吐いてから立ち上がる。
「ちょっと相手してくるわ。お前はここでゆっくりしててくれ」
「分かったのじゃ」
そう言って小さく手を振って来るユイを背に玄関へと向かう。
(今日は何新聞だ……いや、大穴で何かしらの宗教勧誘の可能性も。めんどくせぇ)
そんな嫌な予想を立てつつも、扉を開く。
「はーい、どちらさま…………本当にどちら様ですか?」
目の前に、黒いスーツを着た男が数名立っていた。
(え、なになに。滅茶苦茶怪しいってこの人達。誰ぇ……)
少々怖くなってきたところで、先頭の男が懐から何かを取り出す。
それは一見すれば警察手帳のような物。だがよくみればそれは違う。
目の前に提示されていたのは、とある仕事に携わる為に必要となって来るライセンス。
「朝早くからすみません、異界管理局北陸第一支部の篠原と言います」
「……ッ」
新聞勧誘。宗教勧誘。否。
より本命……今最もこの家を訪ねてきそうな相手。
ユイの敵になるかもしれない、この世界を守る正義の味方がそこに立っていた。
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