第51話 去年の真冬のこと3
あれからの展開は早かった。
藤堂さんに引きずられる形で、強引に祖父のところに連れて行かれたのだ。
顔もろくに会わせたことのない私に対し、祖父は険悪な様子を隠そうとしなかったが。
まあまあと、藤堂さんがどうということも無い風になだめて、いつの間にやら祖父母の自宅兼空手道場の中に上がっていた。
なんでコイツ初対面の相手にこんなに堂々としてるんだと、私などはビックリしたが――
藤堂さんは自分の自己紹介と、私と同じクラスメイトであることを話しつつ、私に現在の事情を説明させて。
面白くなさそうな表情の祖父に対して、こう述べた。
「というわけで、お孫さんに出資していただきたい」
「出資?」
祖父が眉をぴくりと動かして、不思議そうな顔をする。
なんとなく、藤堂さんの堂々とした態度に押されて、少し険のとれた表情をしている。
隣に座っている私をじろりと見つめるが、興味なさげに視線を外された。
「なんだ。ろくでもない男と駆け落ちして、その上ですぐに離婚して孫の学費も満足に払えない馬鹿娘のために、経済援助しろという話では無いのか。君は妙な言葉の使い方をするものだ」
「まあ、噛み砕きようによっては、そういう話ではあるんですが・・・・・・ええと、最初に確認すべきことを忘れていたが」
藤堂さんは、横を向いて私を見た。
まあ大丈夫だろうと言いたげに尋ねてくる。
「援助とか言わないで、常識的に考えて借りた金は返すよな? あるいは援助を受けたことを考えれば将来お爺さんお婆さんの面倒を孫として見る形で倍にして返すのは当たり前だよな? 人として常識的な発言だよな?」
「ええ・・・・・・いや、もちろんするけど。いえ、はい、お返しはするつもりです」
そういう相談は、祖父に出会う前に事前にしてくれないものだろうか。
祖父の前では言えないし、当然のことだとは思うので口にはしないが。
「常識的なことすぎて、一々聞かなかったんだが。まあ、親戚だからとか祖父と孫だからとか、こういう金に困った挙げ句に、大して今まで関わりも無かった人の情に縋り付く行為を俺は反吐が出るほどに大嫌いなので・・・・・・そんなことをするぐらいなら、そのまま死ねばいいと」
あの、藤堂さん。
今の事情はまさしく「それそのもの」なのですが。
状況を分かっているのだろうか、この人。
「儂も嫌いだ。だが、君はその大嫌いな行為を眼前でやろうとしている。矛盾を感じないかね」
祖父からも冷静に突っ込まれる。
「ですので、『出資』と呼びました。ちなみに『出資する金も出す気は無い。帰れ』と仰るならば、謝罪の上ですぐに帰らせていただきます。別の手段をとりますので」
「ほう」
お爺ちゃんの眉がぴくりと動いた。
口角は少し上がり、なんとなく面白そうにしている。
面白いと思ったのは、『出資』という言葉か、それとも別な手段をとると言ったことか。
「話したまえ」
「はい、まあ常識的な話ではあるんですが、経済援助を受けて、終わりと言うことでは無く。先ほども申しましたように、お金は返すつもりです。孫としての祖父母に対する責任もとるつもりです。そうだな?」
じろり、と睨み付けたように藤堂さんが私に尋ねる。
私はこくりと頷いた。
「これは口だけの事ではありません。借用書も書かせましょう。念書だって書かせます。まあ、そんなものが完全な保障になるか! 約束を破ればそれでおしまいだ!! となるのは理解できます。私だって、口では何とでも言えるものと信用しません。できるわけがない。金のことになればどれだけ人間が汚くなれるかを、この俺も散々実例を見せられて生きてきました」
ええ・・・・・・借用書だの念書だの口にした挙げ句、終いにはそれすら信用しないとか言ってしまったよこの人。
私のそれなりにあるプライドはズタボロだよ。
あと何を見てきたと口にした、藤堂さん。
「普通の人間が言うならば信用はしませんが――」
「孫の言うことだから信用してやれと?」
「いえ、違います」
祖父がなんとなく面白げに耳を傾け、すぐに藤堂さんが返答を行う。
「まだ高校生ですが、お孫さんの社会的身分を信用していただけないかと思いまして」
「ふむ・・・・・・。まあ、有名な進学校ではあるし、進学実績も相当な物だが」
祖父が手元の学校パンフレットを開いた。
私たちの学校案内のパンフレットであり、その進学実績のページである。
卒業生の半数以上が旧帝国大学に入学することになる事実である。
準備がいいな、藤堂さん。
「雲丹亀さんが転校するのは勿体ないと思うんです。順当に人生を送れば、借金だって将来返せます。それ以上に恩返しもできます」
「他の公立高校だと良くないと?」
「少なくとも経済的事情を苦にしての転校は良くないでしょう。学業の環境は子供にとって何よりも優先されるべきです」
「言いたいことはわかる」
藤堂さんはまっすぐに祖父の目を見つめている。
祖父は、面白いを超えて愉快そうに尋ねた。
「わかる――が、まあ、なんだ。もし君の言うとおり『出資』と考えるならば、担保も無ければ将来的な魅力にも乏しいと思わないかね。誤解を招かないように言っておくが、まあ金を出す余裕はある。だが、君の言うとおり念書や借用書は頼りにならない。将来的に強いて親しいわけでも無い娘や孫に面倒を見て貰おうという気にはならないという、こちら側の事情もある」
「お孫さんがお嫌いですか? ああ――別に、慈悲を請いたいための疑問では無く」
「さて・・・・・・今、色々と考えているよ。馬鹿な男と家を飛び出した娘のことは大嫌いだが、孫には何の興味も無いのが今まで。というよりも、今まで知ろうとも思わなかったが」
祖父が、物憂げな表情をして。
私を少し見つめた後、ミニスカートを見て眉を顰め、その上で藤堂さんを眺めた。
きーちゃんから普通のスカート借りてくればよかった。
「うん。正直困っている。正直言えば、君は変わった男だ。相当に変人だな」
そりゃそうだ。
明らかに変人である。
藤堂さんはいっちょ前にビジネスマンでも気取るかのように祖父に提案しているが、まあ話を聞かずに帰れと言われても仕方ない行動と口ぶりである。
正直、私が直接祖父母の元に尋ねていって、頭を下げて慈悲を請うた方がよかったような。
卑怯極まりない『情』という詐欺めいた言葉で押した方が世の中通ることもあるぞ。
藤堂さんの言いたいことはわかるが、まあ、そんな自分の言いたいことを表向きにゴリ押しして世の中上手くいくもんではねえぞと言いたくなる。
そんな状況であるのだが。
「困ったな。少し君を気に入っている。ここまではだが」
偏屈な祖父は、明らかに藤堂さんに興味を示していた。
初めて会った祖父も大概に変人である。
「出資、という言葉を使った事はよく分かった。なるほど、将来出世払いで返す気があるという孫娘の言葉も、嘘では無かろう。今はだがな。将来的に、どこかで道を誤って反故にした場合は何の保障も無いとも言えるだろう。私は孫娘に裏切られ、金を失って二重に傷つくことになる。それはどうする?」
「まあ、それに関してなんですが。いろいろ考えた挙げ句に私にはこれしかできないと気づきました」
祖父はその言葉を聞いて、少し失望を見せた。
いくら偏屈といえど、まあ高校生のできることなど所詮は情で押すことだろうと想像したのであろう。
だが、まあ藤堂さんはそういう人物では無かった。
「最悪、私が個人的に借金を代位弁済します」
何言っているのだコイツ。
私は信じられない目で藤堂さんを見た。
祖父は、興味が爛々とした目で藤堂さんを見た。
「君が私に金を返すと」
「そして、代わりに雲丹亀さんから取り立てます」
ここはどうかお孫さんを信じてあげて下さいと頭を下げるか。
百歩譲って、ここは私が裏切った場合、藤堂さんが代わりにお金を返しますとか。
まあ、昭和の情くさいドラマではないが、そういうシーンではないのだろうか。
「どこまで逃げても雲丹亀さんを追い詰めます。貸した金を取り戻します。1円の借金でも取りこぼしません。ああ・・・・・法的に破産されたりしたら限界がありますが」
なんて宣言をしているのだ、この人は。
横の藤堂さんの顔を見つめた。
真面目だった。
心底から本気の眼光をしていた。
「なるほど。言いたいことはわかるが・・・・・・うむ、そういう考え方は嫌いじゃ無い」
子供じみてはいるが。
祖父はそう言いたげに笑い、次に疑問を口にした。
「未成年者の借金には親の同意が必要であるとか。そもそも、その行為を親がどう思うのか等の質問は止めておこうか。愚かしいからな。君の本意はわかった。だが私が断れば、どんな手段をとるつもりだったのかね?」
私が断れば、と。
まるで提案を受諾することを前提にするようにして、祖父は微笑んだ。
「まあ、普通にまずは学校側に特別奨学金を出すように訴えますね。父が理事をしているので。話が全く通じないわけでもありません。雲丹亀さんは特別進学コースで成績優秀なので、特別な配慮が行き届く可能性はあります」
「ふむ。他にもいくつか手段は考えたように見えるが。最悪どうにもならなければ?」
「私の貯蓄から個人的にお金を貸す予定でした。たいした金額ではありませんので。ただ、私の貯金と言っても学生の身分であるからして、所詮は親から与えられた金です。自分のお金を出すとは断言できないところがお恥ずかしいところですが・・・・・・」
ええ・・・・・・。
私は藤堂さんの言葉を聞いて、耳を疑った。
私と祖父との間には居間用の机があり、私が計算した必要と思われる額が書かれたプリント用紙がある。
所詮は学費といえども、世間一般では大金といえる。
祖父も一瞬だけ耳を疑うような気配を見せたが、大人の面子だろうか、それを流した。
「そうか」
祖父は頷いた。
そして結論を出した。
「ああ、なんだ。なんというかだ。駆け落ちした娘なんて、離婚して娘を抱えても実家に帰ってこない娘なんて、儂にとっても妻にとってもろくでもないから、今後人生で関わるまいと思っていたのだが」
じろ、と再び祖父が私を見つめる。
険しさはとれており、私と藤堂さんを見比べて、何か言おうとして。
「面白いこともあるものだな」
本当に面白そうに、そう呟き捨てて。
「いいだろう、君の面子に金を出すことにしようじゃないか」
最終的には、念書と借用書はいらないとまで祖父母は言ってくれたのに。
藤堂さんは笑顔で、よかったじゃないかと言いたげに、祖父の家で私にそれを書かせたのだ。
私は血の色のように濃い朱印に親指を押して、押印したことを覚えている。
彼は、金持ちを笠に着たとんでもないクズというのが私の今までの感想であったが。
それ以上に、なんというか風変わりな変人であったのだ。
なんかズレてるのだ。
あれだ、その後だ。
その時では無く、それからのことなのだ。
私が妙ちくりんな好意を、藤堂さんに抱くようになったのは。
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久しぶりに更新を再開いたします。
なお、本作品が11/17にファンタジア文庫様で書籍化されることになりましたので
連絡いたします。
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