第48話 桐原の恋愛遍歴4


 桐原は小さな体でひょっこりと、俺を盾にしながら顔を出して罵った。


「うにちゃん、ちょっと気持ち悪いから近寄らないでください。何ヘンテコな嫉妬してんですか」

「きーちゃん!?」


 桐原は雲丹亀のプレッシャーに怯えていた。

 当たり前である。


「いつもの発情期ですか? 確か今宵は満月でしたが」

「いつもの発情期だよ! 今宵は満月だよ!! ウォォォオオオ!!」


 毎月こんなことやっているのかコイツラ。

 俺は桐原の事が哀れになった。


「何勝手に人のことを百合呼ばわりした挙げ句、うにちゃんの望む百合界隈に巻き込もうとしてるんですか」

「やってたじゃん! お互いの乳首の位置を探りあって、まさぐりあったりとか!」

「そりゃあ、やったことはありますけど」


 ぽんぽん、と。

 特に意味もなく、俺の腹筋などを平手で叩きながらも。


「お互い貧乳だね、と口にしながら互いをまさぐりあってたのって小学生の時ですよ。別に他意は無いです」


 どんどん叩く手の位置を上げていき、特に意味もなく俺の乳首をつまむ。

 やめなさい桐原、良い子だから。

 お母さんが子供に言い聞かせるように、口にする。

 いや、良い子でもなんでもないけれどさ桐原。


「私にはしてくれなかったじゃん」

「うにちゃん、小学生の頃から乳でかかったじゃないですか」


 うにちゃんにやったら、小学生の時でも完全にセクハラですよ。

 そう言いながらも、俺に対するセクハラを止めないのは何故だろうか。

 べーちゃんの乳を毎日挨拶代わりに揉んでいるのは何故だろうか。

 ヒャアヒャアと叫びながらも、今日は俺の尻を揉んでいる。


「藤堂君、うにちゃんに何言われたか知りませんが、私は別に同性愛者ではありませんよ。藤堂君の尻を喜んで揉んでいるのが、その証拠です」

「そうらしいな。わかったから尻を揉むなよ」


 結局は、勘違いか。

 ただ雲丹亀が変な嫉妬をしていただけである。

 

「それはそうと、ミンメイ氏に会っていたのは本当なようだが」

「海外留学生の奨学基金制度がありますからね、ウチの学校。それを使ったそうです。わざわざ紹介するまでもないとは思いますが、今度会ったら彼氏として藤堂君を紹介してあげます」


 まあ、会うことはないだろうな。

 彼氏として紹介されても、本当に結ばれることがない以上は。

 ただ俺が虚しくなるだけである。

 単純に桐原が友人と再会できたことを、喜んであげるとしよう。


「きーちゃん、私と百合営業をすると良い事があるよ」


 同性愛疑惑が持ち上がっている雲丹亀が、わきわきと何かを揉む仕草をしている。

 桐原は怯えるようにして様子を窺っている。

 

「……あの同性愛者を装うエクストリームスポーツをやって、何処に良いところが?」


 百合営業はスポーツじゃないよ。

 女の子がキャッキャしているのを尊いとする男性諸氏から飯のタネを稼ぐための、何処までも真面目で純粋な仕事だよ。


「藤堂さんが喜ぶ!」


 ビシッ、と俺の顔を指がさす。

 

「喜ばないよ」


 俺は仕方なくも、否定を口にする。

 いや、百合営業というか、そもそもジャンルに詳しくないのだが。


「藤堂さん、じゃあ私ときーちゃんがキャッキャウフフしているのを見て、社会的権力とか肉体的暴力で判らせたくならないんですか!?」

「ならないよ」

「私は藤堂さんになら、是非とも判らせられたいと思っています!」


 それはお前の欲望じゃねえか。


「一から説明しないと駄目か! 畜生! 藤堂さんは何もわかっちゃいないんだ!!」


 判っていない人だ、本当に判っていない人だあなたはと。

 そう叫びながら、俺に怒る雲丹亀。

 なんで怒られているの俺。


「わたしときーちゃん。仲良し二人組の私たち。ずっと竹馬の友としてやってきた二人に挟まる一人の男。それが藤堂破蜂です! ここまでは判りますね!!」


 わからないけれど、仕方なくも頷く。

 そうせんと話が終わりそうにないし。


「甘酸っぱい匂いのする穢れなき二人、お互いに意識はするものの、同性という引け目もあってお互いの仲は進展しませんでした。ですが、金銭的暴力と肉体的暴力だけが取り柄の藤堂さんが私たち二人に目をつけ、きーちゃんはもちろん私も力任せに凌辱されてしまうという……」


 コーヒー飲みたい。

 途中で半分吐き出してしまったせいで、ちゃんと口を潤せていないのだ。

 スマホを取り出して、アプリを使ってコーヒーを買おうとする。


「百合カップルをまとめて陵辱して、一緒に手篭めにするという行為。既存の関係性の破壊、そしてお互いを人質に取られた上での隷属的再構築。たとえ汚されても二人は美しい」


 なんか雲丹亀が長々と語っているけれど聞き流す。

 桐原は一応真剣に聞いてあげているようだが、どうにも違いますね、と口走っている。

 いや、違うも何も、べーちゃんに二人とも半殺しにされた時に似たようなこと口走っていたぞ。

 私たちを力ずくで無茶苦茶にして、泣きながら抵抗する私たちを凌辱している感が出て藤堂君も喜ぶと。

 何か違いあるのか、雲丹亀の言っていることと。


「何が違うと言うんですか! きーちゃん! 私の性的美学がわからないんですか! 私たちの興奮にも関わってくるんですよ!!」


 雲丹亀は怒った。

 彼女の性的美学は何一つ理解できなかった。


「考えが惰弱! 百合カップル二人組に無理やり襲われた方が、藤堂君は興奮するに違いない! 私だってそっちの方がいいんですよ!!」


 桐原はもっと怒った。

 彼女の性的美学は何一つ理解できなかった。


「二人とも何か飲むか? それと言っておきたいことがある」


 俺は尋ねた。

 なんで二人は俺をそんなにド変態にしたがるのだろうか。

 それは判らなかったが、一つだけ言っておくことがある。

 両方ともサイダー350 ml缶を指さしたお前らに、言っておきたいことがあるのだ。

 忘れてくれるな。


「俺は女性に暴力をふるうのが大嫌いだ」


 わーい、と言いながらサイダー缶を受け取った雲丹亀に、俺はできる限り手加減してアイアンクローを決めた。

 雲丹亀はギブギブギブ! と三度ほど悲鳴を上げた後に、全力で俺の腕をタップした。

 手を離すと、頭を押さえて崩れ落ちる雲丹亀。


「畜生、いつか訴えてやる! しかも勝つ! そして色々と責任をとってもらいますよ!!」


 涙目で、俺の顔を仰ぎ見る雲丹亀を見る。

 肉感的な美少女だった。

 彼女に真下から見つめられれば、大概の男はそれだけで落ちるだろう。

 それだけは認めているのだ。

 だが、どうしてコイツは俺の事を好きになったんだ? と本気で首を傾げた。

 少なくとも、俺にはそんなイベントがあった記憶はないのだ。

 雲丹亀の存在を明確に認識したのは、そう、一年生の冬だったはずだが。

 俺は少しだけ悩み、どうしたんですか? と小首を傾げる雲丹亀を見て。

 なんとなく、ヒャア! と意味不明な単語を口走ったのだ。

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