第45話 桐原の恋愛遍歴1


「ウォオオオオオ! 藤堂さん! ウォォォォオオオオオオ!!」

「落ち着け」


学校の帰りであった。

いつになく雲丹亀が、いつものミニスカに二―ソックスの姿で。

妙に肉付きの良い太腿を見せつけながらに、ゴン! ゴン! と頭を背中にぶつけてくる。

何がしたいのだろうか、この子は。


「今宵は満月ですよ!」


ビシッ! と雲丹亀が月を指さす。

まだ夕方であったが、東からのぼったお日様が西の空に沈むところ。

満月の時は太陽の反対側にあるのだから――などと小学生レベルの天文学について知識を思い出しながら、東の空を見る。

なるほど、神戸の空にうすぼんやりと見えるのは、確かに満月なようだ。


「満月ですよ! この雲丹亀も血が騒いで仕方ありません!!」

「お前は魔物か何かか?」


満月の夜は、犯罪率が増加するだのなんだの、カップルが発情するだのなんだの。

コンビニや街灯に溢れた令和の現代人は口にしないものだ。

色んな社会的因果関係はあったのかもしれないが、もはや旧時代の与太話ではないか。


「私、恥ずかしながら今宵は発情しております!」


ビシッ、と警察官のような挙手注目の敬礼をする雲丹亀。

ともあれ、なんだ。

俺は満月の夜に発情してしまう女子高生に、生まれて初めて出会ったのだ。

凄いな雲丹亀。

頭の悪いエロ漫画でもそんなキャラ、そうそういないぞ。


「というわけでラブホテルに行きましょう」


導入もなおざりにして、ラブホテルに誘うところも展開を大切にしない三流エロ漫画的でアレだった。

どうして桐原といい、雲丹亀といい、俺の周りの女は残念な奴ばかりなんだろう。


「どうせなら高級なところがいいですが、まあここから一番近場の安ラブホテル『ファック&サヨナラ(性行為してお別れ)』でもいいですよ。ラブホテル検索評価レビューで☆評価無茶苦茶悪かったですけど。多分名前のせいですね」


美少女だった。

桐原も雲丹亀も、共通点としては申し分のないくらいの美少女だった。

透明感があり陶器の肌のような桐原と、肉感的で生々しい感触がある雲丹亀の共通点は他にも一つ。

頭がどうしようもなく残念であった。


「桐原はどこにいるんだ? 放課後まではいただろう」


とりあえず、話を逸らそうと試みる。

そのようなけったいな名前のラブホテルに連れ込まれたくはないのだ。


「えー、私みたいな美少女といるときに他の女の話をされますか?」


するよ。

俺が好きなのは桐原で、雲丹亀とはなんか非常に面倒くさい流れで付き合っているだけで本意ではないし。

そもそもを言うならば、桐原との交際も本意ではないのだが。

なんだかんだと現状は付き合っている。

なあなあとした関係を続けているのだ。


「まあ答えますけど。きーちゃんは、なんというか昔のパートナーと会ってるというか」

「パートナー?」

「今の時代はそういうんですよ」


はあ、と首を傾げる。

そういわれても、単にパートナーと言われてもわからん。

今の時代、配偶者を「主人」と呼ぶなどと。

まるで男性側が家の主であるかのような呼び方はよくないと聞く。

男女ともに家計を支える時代にはふさわしくないというのだ。

まあ、正直俺としては骨の髄までどうでもよいので、そこに意見を言う気はない。

やりたい人が変えればよく、それが世間で大多数になれば俺も応じようというものだ。

それはいいが。


「うーん」


悩み声をあげる。

時分でも、何故こんな声を上げたのかわからんが。

いや、本当はわかっているというか。


「パートナー?」

「パートナーです」


俺が単語で呟いて、雲丹亀がオウム返しで返した。

溜め息を一吐きして、うん、と頷いた。

理解をする。

とりあえず、雲丹亀から少し離れて道端の自動販売機に目を移す。

スマホアプリで支払いを済ませ、ミルクコーヒーを買った。


「そうだよな、まあ、いるわな」


桐原のような美少女なら、交際をした過去の男ぐらいいるだろう。

男性経験なしの処女ですよ! などと以前口にしていたが。

なるほど、男性経験がない事は真実だろうが、交際経験がないとは言っていない。

他の異性を好きになったことがないとは、一言も言っていないのだ。


「……」


会っているのか、俺以外の男と。

心臓が軋むような音を立てている。

いや、これは良い事なのだと理性では理解している。

経済関係に支えられた俺との交際などを打ち捨てて、彼女には、桐原にはいつか。

本当に好きになった男と結ばれて欲しいのだ。

惚れた女に不幸になって欲しい男などいるものか!

ミルクコーヒー缶のプルトップを開けて、ぐいと口に含んだ。

甘たるい。


「藤堂さん、藤堂さん。何か勘違いしているようですが。確かにきーちゃんが昔のパートナーと会っているのは事実ですけれど」


もう何も聞きたくなかった。

ちゃんと知るべきことなのかもしれないが、今だけは聞きたくない。

ミルクコーヒーが喉に流れ込むのを感じて。


「きーちゃんが昔付き合ってたのって、男じゃなくて女ですからね。アイツ、女と交際してたんですよ」


衝撃的事実を聞いて。

その場でむせて、口からミルクコーヒーの全てを吐き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る