第44話 マッドマックス4
地面に座っている。
周囲には野良猫が数匹鎮座しており、俺もその中に混ぜてもらっていた。
正面にはゲッツ卿と呼ばれる体長1メートル50センチを超える長毛種の猫が丸くなり、「うなんな」と奇妙な声で鳴いている。
帰り道で彼が開催している猫の集会に出くわし、せっかくだから混ぜてもらっているのだ。
一匹だけ巨体が目立つ猫の前で、身長2mのむくつけき肉体を誇る俺は体育座りをしていた。
「そもそも、人と話すのがあんまり好きじゃないんだよな。猫が好きだ。猫は良い」
俺は本来内向的な性格であるのだ。
ゲッツ卿にそんな愚痴を吐く。
ぱしぱしと、ゲッツ卿は返事代わりに尻尾でコンクリートの地面を叩いていた。
集会参加費用ぐらいは差し出したいものであったが、無責任な餌やりは猫のためにも良くないと言われる。
はて、じゃあ責任を取ればよいのだろうか。
理論上はそうであるはずだ。
「そうだな。将来は猫と住みたい。やはり人間は猫と和解するべき時が来たんだろうな……」
両親と生活している今は拙いが、将来は東京か京都の大学に通うつもりであった。
そこら辺の野良猫を何匹か、その時さらってしまおうか。
マンションではなく大学近くに一戸建てをぽんと買ってしまうつもりだから、そうしても問題はないはずだった。
金の力とはこういう時に使うものである。
いや、でも猫の側だって世話できる人じゃないと駄目だしな。
「ゲッツ卿はどうだ。飼い猫に興味はないか」
うなおん、と妙な声でゲッツ卿が鳴いた。
どうでもよさそうである。
べしん、とやはり尻尾で地面を叩いている。
平和な時間であった。
最近は何かとけたたましい日々が続いていたので、ほっと落ち着く。
「……缶コーヒーでも買おうかな」
野良猫と地べたに座り、ただ時間が過ぎるのを待つというのは悪くなかった。
かつてはそんな日々を過ごしていた気がする。
全くの空虚で、無意味な時間は悪くない。
悪くはないが、そんな時間も長くはなかった。
「何を黄昏てんですか、藤堂君!! 途中で帰りやがったな、畜生め!」
「酷いですよ! 普通恋人が参加しているレースに途中で帰りますか!!」
桐原と雲丹亀であった。
桐原は鼻に絆創膏を貼っており、雲丹亀はどことなく動きがぎこちない。
負傷という負傷は負わなかったようだが、やはりダメージは受けているようだ。
「俺がいてもレースの結果が変わるわけじゃないだろうに」
「藤堂君、人が死んだ葬儀の席でも『俺がいても死人が生き返るわけじゃない』とかほざくタイプでしょう。良くないですよ、そういうのは。カラー戦隊もののブラックでさえ言わないセリフですよ」
いや、葬儀の席でそんな空気読まん事は流石に言わんけども。
俺が変人なのは知っているが、そこまでアレじゃない。
ただ、レースの方は内容が非常にアレなので俺が無視して帰っても批難されるべきではないと思えた。
非難するのは同じ変人のクラスメイト達ぐらいだ。
「で、どうだった?」
一応はレースの結果を尋ねてやる。
「みんないなくなりました」
桐原の答えは至極あっさりとした、単純明快なものだった。
べーちゃんに皆が滅ぼされてしまったという内容を簡潔に伝えた。
俺は何もかもが虚しくなるようであった。
争いは虚しいものだ。
「シャア! 近寄るな野良猫ども! 私の二―ソックスで爪を研ごうとするな! ガルルルル!!」
雲丹亀は近寄る野良猫に威嚇している。
拮抗した争いは同レベルの間でしか発生しない。
彼女の知能レベルは、ほぼ野良猫だった。
「私のこの! ミニスカートと二―ソックスの間の絶対領域に触って良いのは藤堂さんだけですよ! このケダモノどもめが!! 畜生めが! アニモー(動物)めが!!」
指で定規を作って、雲丹亀が自分の足における露出した部分をアピールする。
一生触れる機会は無いと思うのだが。
第一、そのような事を野良猫に言ったところで意味ないだろうに。
「……ところで、そのキーホルダーは?」
さっきから気になっている点を呟く。
買ってあげた原付きは大破したのか、それとも修理に出してるのかどっちでも良いが。
まあ代わりと言っては小さいが、二人とも鞄に妙なマスコットキーホルダーを着けている。
その、何かオーガーのような二頭身の、妙に口がおおきくて吐血してるかのように、口の端から血を流している。
いや、これは明らかに人を食した後だなと。
そう思わせる感じのマスコットであった。
「『となりのペドロ』キーホルダーです。今日のレース参加者は全員貰えます」
「賞金の他には、これが欲しくて参加したんだよね」
お前らこんなもんが欲しくてレースに参加したのかよ。
信じられない目で二人を見た。
二人は答えた。
「あ、馬鹿にしてますね。ペドロ馬鹿にしたらクラスメイトの皆が怒りますよ」
「森に棲んでいるし、バイクに乗ってるんですよ。藤堂さん」
知らねえよ。
と言いたいところであるが、まあ森に棲んでいたりバイクに乗ってるのはどうでもよいとして。
「ひょっとして何かのパスポートだったり、魔法の扉が開いたりするのか?」
桐原と雲丹亀は狂っているが、そんな誰も彼も狂っているわけではないだろう。
俺はクラスメイトの彼や彼女が、金持ち連中ですらレースに参加していることを訝しんでいた。
ならばだ。
そのマスコットキーホルダーに何らかの価値があると考えてもよさそうだった。
「鋭いですね、藤堂君。実はこのキーホルダーを持っていると、パスポートの効果を発揮して――」
だが、まあ聞いたどころでどうするというのか。
俺は近寄ってきた野良猫に手のひらを見せて、何も持ってないことを示した。
「ごめんな。何も持ってないよ」
「あああ! 聞いてください藤堂君! 恋人への無視はよくないですよ!!」
そんなこと言われても興味ないよ。
野良猫の方がまだ興味あるわい。
さらなる修羅の道へのパスポートに何の興味を示せというのか。
だが、話に応じてやらねば二人が拗ねる可能性があった。
そうなれば面倒くさい。
「何食べに行く?」
餌をやれない猫の代わりに、二人に餌をやることにする。
「焼肉がいいです。肉体の修復にタンパク質が必要です」
「べーちゃんやボブが野良猫のように寄ってくる前に、さっさと行きましょう」
立ち上がり、ゲッツ卿にぺこりと頭を下げて野良猫の集会から立ち去る。
また来よう。
翌日、ふとべーちゃんに『となりのペドロ』キーホルダーの事を聞いたところ「いらないから30万でクラスメイトに売った。ボブは逆に他人から買っているようだったけど」という回答を得た。
あの日本公共放送マスコットのパチモン(偽物)みてえなキーホルダーに本当にそれだけ価値があるのか、何のパスポートになるのかは気にかかるところであったが。
俺には関係ないことだろう。
そう決めつけて、金にうるさい桐原や雲丹亀がキーホルダーを売り飛ばさず、未だ所持している理由については見ないふりをした。
正直に言おうか。
俺は嫌なことは、何もかも後回しにする性格なのだ。
どうせ災難に遭うならば、せめて後の方が良かった。
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