第43話 マッドマックス3


「この『発狂最大値怒りのデスロード50 cc限定! 夜空を見るたび思い出せ!! これが生徒諸君の生きざまじゃい!!』校内賭けレースは、校内校門前からスタートし! 校内の裏山を超えて学校第三裏門をゴールとする原付50 ccまでを限定とした校内賭博レースである!!」


 司会テーブルを激しく殴りつける音が聞こえる。

 マイクに強烈なノイズが走った。


「総距離約100 km! 早ければ2時間以内には終わるこのレース、1896年に初めて学長がオートバイを購入し、そのハイ・テンションのままに開催されて以後、第二次世界大戦下を除いては毎年開催されてきたレースである。優勝者には賞金100万円が、食券の交換差益でボロ儲けした食堂のおばちゃん達から支払われる!」


 魅惑的な黒い手である。

 あんまり彼の事は知らないが、一応は俺を友人と呼んでくれた相手である。

 ボクサーにしてボクシングトレーナーであり、先日は決闘の立会人も務めた彼の手が鮮明にディスプレイに映っていた。


「なお、司会兼実況はこのロバート・ムガビ。愛称はボブと呼んで欲しい私が皆にお届けする」


 両手の親指を立てるジェスチャー。

『とても良い』という意味――この状況で使われるのが適切かどうかは判らないが。

 学校の玄関に設けられた120インチプロジェクタスクリーンの前で、俺は呟いた。


「何やってんだボブ」


 桐原や雲丹亀はいない。

 ついでにべーちゃんもいなければ、当然のようにボブは今司会兼実況をしているので。

 俺は一人で柱にもたれかかり、ワア……と言いたげな群衆どもがディスプレイに拍手するのを眺めている。

 久しぶりの一人は心地よかったが、若干寂しくもあった。


「桐原や雲丹亀はともかく」


 べーちゃんはどこに?

 まあ、交友関係の広い女性だから、誰かと一緒に見ているのだろう。

 そう思うが。


「なお、知っての通りであるが。このレースを勝手に開催した初代学長が嫁さんに追いかけられ、殺されかけたという歴史から追跡者が存在する。レースにて遅滞したもの、追跡者に追い抜かれたものは竹刀で殴られる! もちろん追跡者はべーちゃんだ!!」

「ウォォォォォオオオオ! ヒャア!!」


 暴力の権化たるべーちゃんが叫んでいる。

 ビザール(異常な)と形容すればよいのか、ピッチリとした黒いライダースーツに身を包んでいる。

 あまりにも無意味なほどにエロティックだった。

 ムチムチとした肢体の凹凸ボディラインが見事に描かれている。

 諸手を振り上げ、その右手には竹刀が握られていた。

 ぶんぶんと力いっぱいに振り回されている竹刀を見て、このレースのルールが根本的に理解できないでいる。

 あれだ。

 本当に頭おかしいんだな、この学校は。


「もちろん参加者全員にはプロテクター入りのライダースーツを着てもらう。怪我・負傷の際には治療費をレース主催が保証する。これは決して悪い話ではない」


 悪い話だよ。

 安全のためとかいうなら、最初から危険な行為をやめろと。

 そう言いたくなるが、まあ世の中のレースってそもそも事故ったら普通に死ぬしな。

 事故で死んだドライバーなんて珍しくもない。

 栄光を得るために危ないことをするなど、珍しいことではないのだ。

 300km/hを上回るマシンに乗車して命懸けでコースを走るF1ドライバーだって、あまりにも凄すぎて狂っているように俺には思えた。

 いや、だか、なんか違う気がする。

 この理解は世界中のレースドライバーに失礼な例えではなかろうか。

 F1のレースで優勝すれば歴史に残るだろうが、この狂った学校で名誉を得ても何の価値があるというのだ。

 少なくとも俺はそれを知らない。

 思考している間にも、ボブの解説は続いている。


「諸君、金銭と名誉を掴み取れ!」


 ボブの、両手のミステリアスブラックな親指を立てるジェスチャー。

 『とても良い』という意味――本当に何が良いのかさっぱりわからない。

 なんなら俺は家に帰りたい。

 どうにもレースに対する視聴欲がない。


「それでは優勝候補の紹介から。初参加の桐原銭子選手、やはり目標は優勝でしょうか?」


 桐原は確かに優勝候補だろう。

 肉体的にもメンタル的にも強固であるからだ。

 クソ度胸もあるし、それに頭もおかしい。


「ウォオォオオオオオ! ヒャッハーーーー!!」


 頭がおかしい奴は、頭がおかしいレースで有利だと思うのだ。

 未成の美少女。

 プロテクター入りのバイクスーツを着用した桐原の姿は魅力的で、俺にとっては軽く見とれるほどであったが。


「ばくだん! ばくだん!」


 爆弾! と連呼しては、スーパーカブプロの前カゴに大量に詰まった松ぼっくりを指さす桐原。

 その幼稚な様子を見ていると、何故あんな女に惚れたのか、割と真剣に悩むところがあるのだ。

 お前それ人にぶつけるつもりなのか、小学生じゃあないんだぞ。

 おそらくは、鉄球とか電池とか陶器とか明らかにヤバイものではなくて、松ぼっくりというところが桐原の持つギリギリな善良性であるのだろうなあ。


「はい、ちなみにアメリカでも子供は松ぼっくりを投げたりしますよ。次に、去年のレースではゴールを目前にしながら惜しくも追跡者に追いつかれてしまった選手を。雲丹亀晴子選手。今回はどうでしょうか?」

「とにかく追いつかれないように頑張ります。他の人が仕留められている間に、如何に時間を稼げるかがキモですね。ヒャア!」


 雲丹亀は真面目に答えている。

 一見するとまともな人間にも見えるのだが、まあ残念ながら桐原二号だ。

 松ぼっくり爆弾を桐原に投げつけられた事に怒り、全力で投げ返している。

 何だよ、きーちゃん、ぶっ殺すぞ! などと叫んでいた。

 俺は生まれて初めて、ぶっ殺すなんて平然と叫ぶ女子高生を見た。

 ホントに口悪いなアイツ。


「それでは最後に、昨年は追跡者にして優勝の栄誉を勝ち取ったべーちゃん。今回の自信の程はどうでしょうか?」

「どうせみんないなくなる」

「はい、有難うございました」


 べーちゃんの狂った宣言で、ボブのインタビューは締めくくられた。

 追跡役が優勝してるんじゃないというか、そもそも優勝できるルールがおかしい。

 というか、もう、このレースやる意味あるのか。

 彼らは、彼女たちは、生徒諸君は何故わざわざこんなレースに参加しているのだろうか。

 参加者は割といて、ざっと30名はいるのだが。

 桐原や雲丹亀以外の女性参加者がいることはもちろん、お前絶対金に困ってないだろうというクラスメイト。

 大企業役員の息子とかも混ざっている。

 彼は何を勝ち取りたいのだろうか。

 こんな狂ったレースに勝つことで、何の名誉が与えられるというのだろうか。

 何もない。

 何もないはずである。

 だが、参加者の彼ら彼女らには何か譲れないものがあるのであろう。

 ひょっとしたら、俺が知らないだけで何か意味があるのかもしれないし。

 だから、これ以上無駄に何かを言うのは止めようと思うのだ。


「……」


 俺はため息を大きく吐いて。

 少しだけ悩んだ後にだ。


「帰るか」


 そう呟いて。

 桐原や雲丹亀が傍にいないことを少しだけ寂しがりながら。

 どうせ、べーちゃんが全部「どうせみんないなくなる」して、このレース終わりだから見る意味ねえと。

 さっさと家に一人で帰ることにしたのだ。

 そんな俺の事を信じられない目でチラリと見ている周囲の事が、少しだけ俺には煩わしかった。

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