第42話 マッドマックス2




「じゃあ、今すぐ行きますか。高級ラブホテル『フロム・ダスク・ティル・ドーン』に!!」

「私が先、私が先だからね! ついに獣欲をむき出しにしてきた、藤堂さんの餌食の犠牲になるのはまず私!! この時を待っていたのだ!!」


 がしっと両側で俺の腕を掴んでくる桐原と雲丹亀。

 それを俺は乱雑に跳ね除けて、しかめ面で呟く。


「今のは物の例えだ。中古ではなく、オシャカにしてやるというべきだった。暴力的な意味で。とにかく、そのデスレースとやらへの参加は止めろ。俺は移動のために買ってやったんだ」

「デスレースではありません。校内賭けレースですよ?」


 目をぱちくりとさせながら、桐原が呟いた。

 確かにデスレースとは言っていないが、お前「怒りのデスロード」とか口にしていただろうが。

 どう考えても頭に浮かぶのは『マッドマックス』ぐらいのもんだぞ。

 V8(ブイエイト)と狂騒音楽と血肉が踊り沸き立つイメージしか存在しない。


「いや、その、なんだ。まず、聞きたくはないが……」


 本当に聞きたくないが、説明だけは聞いてやろう。

 会話もしないで事情も聞かず、何もかもを否定するような真似はしない。

 

「まず、校内賭けレースとは何ぞや?」

「文字通り、金の代わりに食券を賭けて志願者生徒が参加する夢の50 ccレースです。なんで我が高校の生徒の癖に知らないんですか」

「知らない俺がおかしい風に言うなよ」


 去年もやっていたじゃないですか、うにちゃんも出ていましたよ。

 私は原付きを買うどころか、免許買う金もないので出られませんでしたけどね。

 桐原は平然と認めがたい現実を口にして、別に偉くもないのに雲丹亀がえっへんと胸を張る。

 ついでに、乳を俺の腕にぐりぐりと押し付けてきた。

 それは無視するとしてだ。


「去年もやっていたか?」


 虚偽ではないか確認をする。

 去年の事はあまり覚えていない。


「やっていました。全校生徒のほとんどが知っています。藤堂君ぐらいの変人レベルじゃない限りは知ってますよ」


 貴方、どれだけ他人に興味がなかったんですか。

 友人もいなけりゃ、学校の成績以外に興味ない一年を本気で送ってきたんですか。

 そのように心配そうな目で見られるが、まあそうだった。

 実際に興味がないし、高校だけでなく今までそのように生きてきたのだ。

 俺が高校生活に興味を示すようになったのは、桐原からの告白を受けて以後だった。

 俺の人生は、それまで奇妙なほどに暗かった気がする。


「食券なんぞ賭けてどうするんだ? どこから優勝賞金100万なんて沸いてくるんだよ」


 桐原と出会ってから、俺の世界には奇妙な光が差した。

 これが本気で女を好きになるということなのだろうか。

 まあ、それは今どうでもよい。

 賭けレースへの素直な疑問を口にする。


「パチンコと一緒ですよ。少々額面は減りますが、換金できます。食券換金の際に利ザヤを稼いでいるのが主催者らしく、その原資を元に優勝賞金は出ています」


 雲丹亀がヒャア! と小さく叫びながら答えた。

 俺の腕に乳を押し付けたままで、俺の胸元につつ、と左手の人差し指を滑らせている。

 大体わかってきた。

 厳密に言えば、食券だって有価証券の一種だから賭けに使っちゃ駄目だろとか、もうそういう俺の小言は意味がないことも理解している。

 どうも、べーちゃんがやった決闘の一件から考えても、ウチの高校は一種の治外法権なのだ。

 校外ならばともかく、校内ではグチグチと現代令和の法適応を口にする方が馬鹿にみられる。

 悲しいけれど、本当に悲しいけれど。


「ウチの高校は狂っているんだな。今更知ったよ」


 俺はそろそろ事実を認めるべきだった。

 現実を口にしたが、二人は答えなかった。


「それはそれとして」

「それはそれとして」


 何故か、二人は俺の認識を認めてくれないようだった。 

 どうでもいいことのように扱いて、二人で状況を棚上げにするような空気を横に置くジェスチャーまでして、話を続ける。


「出ちゃだめですか、賭けレース」

「当たり前だろ」


 何が悲しゅうて、移動のために買ってやった原付きを賭けレースなんぞに使われねばならぬのか。

 そんな意味不明なことに使うなよと。

 俺は桐原の肩をぽんと叩き、言い聞かせようと考えるが。

 はて。

 どうにも困る。

 いくら原付きを買ってやった立場であるとはいえ、そこまで口にする権利が俺にあるのか。

 物を買い与えてやったのだから言うことを聞けだとか、そんな口ぶりは俺の好むところではなかった。

 まして、二人との交際を拒んでいる立場である。

 彼女たちの男でもないのに、そんなことをほざく権利がどうしてあろうか。

 行動を強制する権利など、ないな。

 

「……」


 どうしても何か命令のようにして否定を告げることはできず、口ごもる。


「藤堂さん。そういうところですよ」


 雲丹亀の目は、どこか真剣に俺を見つめている。

 何か、俺のためらいを少し気に食わないような瞳で見つめている。

 何が気に入らないのだろうか。


「私たちとファック&人生ゴールインか、それとも賭けレース参加を認めるかですよ、藤堂さん」


 雲丹亀は本当に口が悪い。

 女子高生がファックとか口にするな。

 どんな人生を送ってきたんだお前。

 だが、その選択肢なら二つに一つだ。


「せめてプロテクターを買ってくれ。俺が金を出すから」


 別に賭け試合に出ても良いから、安全には気を付けてくれという保留策だった。

 桐原と雲丹亀の事は全く嫌いではないが、まあ人生ゴールインは嫌だった。

 というか、二人がどうしてもやりたいということであれば、やればよい。

 俺はそれを止める立場にないし、出来るなら応援してやる立場で動きたかった。

 内容がどれだけアホなことでもだ。


「ああ、プロテクターは主催者が貸してくれますので良いです」

 

 そうハッキリと答える雲丹亀を見て。

 なんというか、その、なんだ。

 懸念を口にする。


「もう一度、レース名を口にしてみろ」

「『発狂最大値怒りのデスロード50 cc限定! 夜空を見るたび思い出せ!! これが生徒諸君の生きざまじゃい!!』の何処か気に食わないところが? そんなに心配するところがおありでも?」


 うん、なんというか。

 俺の言いたいことは一つに限られる。


「どう考えても危ないレースだよな? 俺のデスレースか何かではないかという懸念はおかしいことか?」

「……」


 雲丹亀は少しだけ、悩んだ素振りを見せて。

 何も言えなくなったのか、桐原が庇うように前に立ち。

 自信満々と、雲丹亀と違って平坦な胸を張って叫んだ。


 「藤堂君は、赤の甲羅や青の甲羅をお互いにぶつけ合うゲームをやったことが? あのゲームみたいなもんだから大丈夫ですよ! 全くもう、藤堂君は心配性なんですから」


 桐原が口にする表現を少しだけ考えて。

 安心できる要素は、悲しいくらいに何一つ見いだせなかった。

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