第41話 マッドマックス1
「藤堂君、原付バイク買ってください」
びしっ、と指が指される。
焼肉を食べた帰りであった。
ボブはひたすらにホルモンを食し、食べ終わったと同時に「ごちそうさまでした。さらばだ友人」と口にして去った。
うん、ちゃんと御礼を言ったから別に構わんのだが。
俺は飯奢ったくらいで、ボブに友人だと認められたくはないのだが。
もっと、なんかあるだろ、なんか。
ボブと同じく、べーちゃんも奢ってもらった御礼だけは口にして、さっさと帰った。
ペットの文鳥が筋トレのし過ぎにて、溺れ死にしていないか心配らしい。
もうバードバスを籠に着けるのやめろよ。
「藤堂さん、こっちを見てください! 目ん玉潰れてんのか!!」
ちょっと考え事をしていて反応しなかっただけで、目ん玉潰れてるだのなんだの。
なんというか、雲丹亀は無茶苦茶口悪いところがある。
人を誹謗中傷してやまないのだ。
口調だけは礼儀正しいが、育ちの悪さは全く隠しきれていなかった。
目ん玉潰れてんのかとか叫ぶ女子高生嫌だよ俺。
俺はコツコツと歩き、大手ショッピングモール内のバイク販売店前で立ち止まる。
「それで?」
「原付買ってください。私とうにちゃんの分です。御礼にエッチなことしてあげます」
別に構わんが。
エッチなことは特に必要ない。
「お前ら原付免許持ってたっけ?」
「この間取りましたよ。藤堂君から奢ってもらったジュース代の残りをコツコツ溜めて、そのお金で。うにちゃんは一年生の時に免許取ってました」
妙にいじましい事をしている。
別に免許代くれと言われれば、くれてやったのだが。
「藤堂君のタワーマンション行くのに、いちいち徒歩は面倒くさいんですよ」
「いやまあ、別に買ってもいいけどな」
まあ、欲しければ原付ぐらい買ってやらないでもない。
俺はちらと販売店内を見渡して、桐原の前にある原付を見て。
一瞬、何コレと思いながら立ち止まった。
「格好よくないですか?」
「中古じゃなくて新品買えよ」
桐原が原付であると指さしたものは、新品ではなく中古の車体であった。
多分、黄色のスーパーカブが原型なんだとは思う。
その中でも配達に特化したスーパーカブ50プロと呼ばれる車種で、ママチャリのように前カゴが付いていた。
まあ、それはよい。
多分、いつものように前カゴに貧乏食材を詰め込んで俺の家にくるつもりなんだろう。
問題は、それが原型にすぎないということだった。
「猫ちゃんのステッカー貼りすぎだろう」
別に、違法改造されているというわけではないのだが。
絶対に神戸の街に必要がない二連フォグランプが前カゴの下についているし、黒猫のカッティングステッカーが車体のそこら中に貼られている。
「格好良くないですか!」
「桐原のセンスはよくわからん」
黒猫を車体に書いて似合うのは、宅急便屋さんだけだと思うのだが。
というか、中古で良いのか。
店側も売りに出す前に、ステッカーぐらいちゃんと剥がせよ。
どうせ買うなら新品をだな。
「どうしたんですか、藤堂君。腕組みして唸ったりして」
「多分、藤堂さんの事ですからね。この中古原付を買う代わりにドスケベな事をして、お前ら二人の身体を中古にしてやるぐらいは言うつもりですよ。別に構いませんけどね」
雲丹亀の中で、俺はどれだけクズなのだろうか。
というか、今の時代にそんな狂ったセリフ口にする男なんぞいねえよ。
耳にしたのがフェミニストじゃなくても怒られるよ。
「……いいだろう。運転には気をつけろよ。ついでに、雲丹亀もなんか適当なの選べ」
「なんで私だけ適当なんですか。きーちゃんのバイクは真剣に選んだくせに」
いや、だって別にどうでもいいもの。
そもそも雲丹亀が、なんで俺の事を好きなのかもよくわからんのだし。
正直、別に何を買おうが安全にさえ気をつけてくれればよかった。
「このビーノとかいう奴を買ってください。きーちゃんと色を合わせて、イエローのビーノ。中古で良いです」
好きなの買え。
ヘルメットもちゃんと買えよ。
「ウォォォォオオ!!」
「ウォォォォオオ!!」
ヘルメットを玩具にして、二人で特に意味もなくぶつけ合いをするのはやめるんだ。
せめて買ってからにしてくれ。
二人合わせての雄たけびも止めろ。
お店に迷惑だろ。
なんで原付買ってもらうくらいでハイテンションになれるんだ、お前らは。
俺はため息を吐き、財布からカードを取り出したが。
ふと思うのだ。
よく考えたら、コイツラに原付を買い与えるのは拙いのではないかと。
「……本当に安全には気を付けて乗れよ」
でも原付なんてただの移動手段だしな。
買ったところで何かがあるというわけではあるまい。
桐原や雲丹亀みたいな美少女が深夜に歩いているのは危険だと以前から思っていて、なんらかの移動手段は与えるべきだと考えていたわけだし。
ちゃんと買うべきだろう。
この判断に間違いはないはずだ。
俺は店員に声をかけ、それぞれに保険を含めた書類一式を書いてもらい。
一時間も経たずに、ショッピングモールを後にした帰り道でだ。
信じられないことを口にしたのだ。
「うにちゃん。これで校内賭けレースに参加できますよ。なんせ優勝賞金100万ですからね」
「そうだね。『発狂最大値怒りのデスロード50cc限定! 夜空を見るたび思い出せ!! これが生徒諸君の生きざまじゃい!!』にギリギリ間に合ったね。私が一年の時に乗ってたマシンは大会で壊しちゃったからね」
俺はくれぐれも安全にだ。
安全な移動手段を確保してもらうための原付で、よりにもよってだ。
校内賭けレースなる奇怪な大会に出場するために原付が欲しかったという、二人の会話を聞いて呟いたのだ。
「知ってた」
どうせこんなことだろうと思っていたのだ。
俺のコイツラに関する判断は、基本的に間違いなのだ。
なんとなく虚しくなりつつ、同時に腹立たしくもなってだ。
「お前ら二人の身体を中古にしてやろうか」と真顔で告げたのだ。
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