第40話 おじぎをするのだ4
「生徒会、生存確認!」
びしっ、と指が指される。
俺たちと同じ学生服に、一つだけ違う点として『生徒会』と白地に赤で書かれた腕章を着けている。
生徒会の役員が決闘後にタイミングよく表れて、現状を告げた。
生存確認てなんだ。
俺は桐原を見る。
形の良い唇が、意を汲んで返事をした。
「生存確認とは、生存を確認したということです」
わかっとるわ、そんなもん。
どうにも桐原は、わざと俺を揶揄う癖がある。
俺が聞きたいのは、何故急に現れた生徒会が生存を確認しているのかということだ。
「さらに詳しく説明をすれば、生徒会としては生徒の自主性は尊重したい。だが、生徒間の暴力事件には関わりたくないと意識表明をしているため、心配だから結果だけを見に来るというポジションをとっています。なんか生徒会、いつもあのセリフをまず言うんですよね」
どうせなら事前に決闘自体を止めろよ、と言いたいが。
まあ、生徒会にそんな権限ないだろうしな。
というか、もう生徒会としての本音はこんなもんに関わりたくないんだろう。
立ち合ったら決闘立会罪だろうし。
仕方なくも来ている感が、生徒会役員からヒシヒシと感じられる。
「保健委員。速やかに負傷者を運んでください」
少なくとも、俺が生徒会の立場だと完全に無視を決め込むだろうから。
ちゃんと担架と手当要因ぐらいは用意してくれている生徒会に、非難の声を上げる気にはならなかった。
逆に言えば、ここまで手際よくやれるほどに決闘が何度も行われているんだろうが。
「待ってくれ。保健委員の方々、まだ彼は言いたいことがある」
ボブが担架に乗せる作業を手伝いつつ、少しだけ待ってくれるように告げた。
べーちゃんに敗れた彼は、肋骨に響かないような掠れ声で呟く。
「なあ、べーちゃん。また闘ってくれるかい。今度こそ、今度こそは君に勝って見せるから。それまで待っていてくれるかい」
まだやる気なのか、お前凄い根性だな。
俺は少しだけ彼に感心した。
素直に感心していいのかどうかわからんけど。
「いいともさ」
べーちゃんが、鋭いハスキーな声で答えた。
「何度でも、何度でもおいでよ。私が他の男に獲られるまでの間なら、いつでもおいでなさい」
しゃがれた声色で、敗北者に告げる声は優しげだった。
俺はべーちゃんを、少し奇妙なほどに美しく感じたが。
感じたことと、考えたことは違うのだ。
「なんかいい話みたいになってるけど。告白を断られた男が、惚れた女を力づくで屈服させようとしたら暴力で負けただけじゃないかこれ」
よく考えたら、あんまりいい話でもないなと。
悲しくなるくらいに敗北者側がみじめになるよな、これと。
横にいる桐原に小さな声で聞いたところ、めっ、とでも言いたげな顔で俺を叱る。
「藤堂君。そんな惨い真実を言ってはいけませんよ。そもそもべーちゃんが素直に断れば終わりなのに、勝ったら交際してもいいとかようわからんこと言うから悪いのです」
まあ、それはそうだが。
俺なら普通に諦めるけどなと言っておきたい。
事実、桐原という惚れた女への恋心を心底では諦めているのだから。
力や金で屈服させたところで、何が楽しいのか俺にはわからん。
虚しくなるだけだろうに。
「まあ、べーちゃんがあんなことやっているのは暴力を楽しみたいだけではなく、むしろ経緯は逆ですね。どうしても男の側が諦めてくれないケースが多いので、仕方なくもぶん殴ってわからせる癖がついてしまったと」
それについては何とも言えんな。
男の側が見苦しいというべきか、立っているだけで誘惑しているようなエロスを醸し出しているべーちゃんが悪いというべきか。
「そうやって男を殴っている間に、これはなんだか楽しくなってきたぞと。べーちゃんの性癖が開発されてしまったんです」
それについては病院行けとしか言えん。
いい心療内科を探せ。
医者で性癖が治るのかどうかはしらんけど、なんだか楽しくなっちゃったら人として駄目だろ。
「もう帰ってもいいよな」
とにかく、どうでもいいから家に帰りたかった。
このような頭の可哀想な連中から逃げ出すのだ。
「うにちゃん、うにちゃん。藤堂君が無茶苦茶帰りたがってますから帰りますよ」
桐原が雲丹亀に呼びかけ、無理やりに連れて行こうとする。
雲丹亀は貸与していたスピーカーを生徒会役員に返却するために、返却届らしきものにサインしている。
その前に、スマホから流れ続けている『プレーン・ピー・ムアイ・チョク』をさっさと止めて欲しいものだ。
「藤堂さん、私は焼肉なんて言わずにラーメンでも良いですよ。わきまえた女なので」
サラっと帰り道に何か奢れという女の、何処がわきまえているのだろうか。
色々言いたいことはあるが、まあこの場から離れられるならば、どうでもよかった。
大きなため息を吐く。
「……焼肉を奢ってやるから、早く帰るぞ」
ヒャア、と雲丹亀が叫んだ。
相変わらず意味は分からんが、とにかく了解したという意図であろう。
俺の肩が、ポンポンと叩かれた。
「じゃあ行こうか」
べーちゃん、自然について来ようとしないでくれ。
金銭面では別に構わないが、べーちゃんに飯を奢る流れは明らかにおかしいだろう。
俺は視線で彼女に訴えるが、まあ理解していない。
ヒャア、と小さく鳴くだけであった。
それ流行ってるの?
「ホルモンも注文して良いか?」
もっと理解できないのはボブだった。
お前に奢る理由は何一つないし、そもそもついて来ようとしていること自体がおかしい。
頭が丹念に磨かれたスキンヘッドの黒人が、全くもって自然であると言いたげに俺に飯を奢らせようとしている。
「……負けた彼に付き添ってやれよ」
「藤堂! お前は何一つわかっていないようだが、過ぎた優しさは人を傷つける。今は、トレーナーの俺に慰められたくないだろう。お前も男ならば気持ちはわかるだろう? こういう感覚は世界共通の物ではないか」
いや、それはわかる。
ひょっとしたら、そういう心境が敗北者の彼にもあるんじゃないかと思う。
一緒にトレーニングしてくれたボブに付き添われるのもつらいのかもしれない。
第三者である生徒会に身を任せて、どこか静かにベッドで敗北の味を噛み締めたいのかもしれないが。
「それがボブに焼肉を奢る理由になるのか? 敵であったべーちゃんと一緒に席を囲んで、飯奢ってもらうのおかしいだろ」
俺は正論を吐いた。
ボブは不思議そうに俺の言葉を聞いた後、ははーん、とオーバーリアクションで肩をすくめた。
そうして、妙に上手な日本語でハッキリと口にした。
「ヒャア!」
どこまで流行っているのか、その言葉。
別に我儘が何でも通じるようになる魔法のキーワードでもなんでもないぞ、それ。
これを言わせたかったのだろう、みたいなドヤ顔をするなボブ。
頭おかしい奴しかいないのかな、この学校には。
それとも、このボブも元々はまともな留学生だったのに、この学校に来てしまったせいで狂ったのだろうか。
ところどころだけ正気なのが、可哀想になるくらいだ。
彼の狂った人生経歴を考えると、俺はなんだか悲しくなったので。
「……奢ってやるから、一緒に食べてもらって構わないから。そしたら帰ってくれ」
「ホルモン食べたい」
「食べていいから」
ついに食欲しか口走らなくなったボブを優しい瞳で見つめて。
帰り道に、五人で焼肉を食べに行くことになったのだが。
これを契機としてボブと親しくなり、俺に初めてといってよい友達が出来たというのは。
本当に忘れたくなるぐらいに悲しい切っ掛けで、残念な事実であった。
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