第38話 おじぎをするのだ2
放課後の屋上であった。
べーちゃんにラブレターを差し入れた男子学生が、べーちゃんに相対している。
名は知らぬが、体格は割と良くて身長180 cmといったところか。
俺と比べれば貧弱であるが、世間の男と比べれば見事な逆三角形の胸板をしておりアスリートの範疇に入れてもいいだろう。
ただ特徴といえば彼にあらず、横に連れてきた立会人にあった。
何故、交際の申し出に立会人が必要なのだ?
逆に誰かいちゃ駄目だろうに。
そうは思うが、まあ俺だって立会人として来ているのだから、彼に文句を言うわけにもいかぬ。
薄々は気づいているのだ。
あれ、これは愛の告白の現場というよりも、決闘に近いのではないか。
野試合を申し込んだ相手に対して、片方が立会人を用意するのでは不都合である。
それが公平な見届け人だと誰が言えるのか。
両者が争っている間に、相手側が不利と取れば途中で割り込んでくるかもしれぬ。
二人がかりで、一人を叩きのめそうとするのかもしれぬ。
その危惧が拭えぬ以上は、両者がそれぞれに立会人を用意すべきことが公平と呼べた。
いや。
うん。
これが野試合の決闘であるならば確かにそうだが、一応は大前提として恋愛の告白だよな?
俺は変なことに巻き込まれていることを実感しながら、べーちゃんを見た。
フィンガーグローブを手にしっかりと装着した、べーちゃんは今日も踊っている。
ムエタイで試合前に行われる踊りである『ワイクルー』であった。
師(クルー)に合掌する(ワイ)という意味での踊りだが、べーちゃんにとっての師は誰なのだろうか。
俺は彼女が何か格闘技をやっているなど知らぬ。
師などいないのではないか。
生まれて生きたままに強いという獅子のような生き物が、べーちゃんという気がしていた。
彼女にとってはワイクルーも、眼前で死にゆく者に対しての鎮魂歌でしかないのではないか。
そんな気がしている。
「藤堂破蜂を連れてきたのか」
相手の立会人が、俺の名を告げた。
学校の制服をスーツのように着こなしている、ボクサーのようにスマートな体型のスキンヘッド黒人である。
小豆色の制服ブレザー、赤のネクタイが彼の肌の色をより魅力的にさせている。
クラスメイトの留学生であり、名をボブと呼んだ。
姓は覚えていない。
「なるほど、正当なる立会人として認めよう。ふとすると、そこにいる桐原や雲丹亀が立会人じゃないかと、こちらもヒヤヒヤしていたんだ」
ねっとりと。
手のひらを頭にやり、それで汗でも拭うかのように坊主頭を磨いて。
ボブはからかうように呟いた。
「べーちゃんを倒した後に、打ちのめした後に。これが正当な決闘であったと認めるには、そこそこに名のある人間でなければならないのでね。後で不当な戦いだったと言われても困る。桐原や雲丹亀は、べーちゃんが不利と見れば割り込んでくるだろうしな」
なんで倒すとか、打ちのめしたとかのキーワードが流れるのだろうか。
何故俺は名のある人間として認められているのだろうか。
女性であるべーちゃんが倒されそうになった場合、桐原や雲丹亀が庇う為に乱入してくるのはおかしいことではないだろう。
そもそも、やはり決闘じゃねえか。
あれラブレターではなくて果たし状じゃねえか。
いくつも疑問が浮かぶが、口にはしない。
「ボブ、余計なことを言うな。べーちゃんは負けと認めれば、潔く敗北を認めてくれるだろう」
べーちゃんに告白をする男が呟いた。
足は揺らめいて、体幹は崩さずに、蜂のようなフットワークで体を揺すっている。
ボクシングであった。
地を蹴って、全身の筋肉を温めるためにウォーミングアップを行っているのだ。
「失礼した」
ボブは静かに謝罪した。
目は全く笑っていなかった。
べーちゃんを無法者と認識して、何一つ信用などしていないようであった。
ついでにいえば、桐原や雲丹亀に対しても同様である。
「……立会人として、藤堂に約束してもらいたい。これは正統な戦いである。『ぶちのめす』ためには全力を出しても良い。ただし、『ぶち殺す』ために本気は出さないで欲しいのだ。べーちゃんがその状態に入った場合、俺と藤堂は一緒に止めに入る」
ボブは真剣な表情で俺に告げた。
どこか落ち着かないように手を、自らの赤のネクタイに伸ばしている。
映画俳優のように気取ったジェスチャー。
俺はそれを嫌って、答えた。
「これは告白だよな? 名は知らぬが、君が立会人を務める男がべーちゃんに恋愛の告白を申し込んで、それをべーちゃんが断るかどうかだけだよな?」
確認であった。
俺は何かとんでもない誤解をしてこの場にいるわけではないことを。
確かにボブに保証して欲しかったのだ。
「そうだ! 告白だ! 男が命懸けで自分の価値を示して、女がそれに答えるかどうか! 酷く原始的な儀式だ! それを私とお前は見届けねばならんのだ。立会人としてすべきことをしようじゃないか。死人は出すんじゃないぞ!!」
いや、聞きたいのは世間一般的な「告白」という行動に対する理解であって。
そこに死人が出るとか、そんな大それた話ではないと思うのだ。
話聞いているのか、この黒人のハゲ。
頭叩くぞ。
「藤堂君。そろそろこちらのウォーミングアップも終わりますよ」
桐原の声が飛んだ。
屋上には、タイの民族音楽である『プレーン・ピー・ムアイ・チョク』(勝利の舞)が響き渡っている。
生徒会が所有しているスピーカーを桐原が借り受けてきて、雲丹亀のスマホからブルートゥースで繋いで音楽を流しているのだ。
用意がよいなお前ら。
同じことを多分何回もやって慣れているのだろうな。
ちょうど曲が終わり、リピートに入るところと思われる。
「こんなものかな」
べーちゃんが、軽く赤熱した頬で動きを止めた。
軽い発情をしたようにして、息が少し乱れている。
無意味にエロティックな容姿をしたべーちゃんである。
「君の告白を聞こう。ありったけをぶつけてくるがよい」
ゲームに出てくるラスボスのように手を上段に掲げ、べーちゃんが告げる。
告白相手の男が叫んだ。
「べーちゃん! 俺と交際してくれ! 高校に入学した時から君に一目ぼれをして、告白するためにずっと自分を磨く努力をしてきたんだ! 今も、これからも、必ずや君に不満を言わせない男となって見せる!!」
男が全身全霊を振り絞るようにして、屋上で絶叫した。
愛の告白だった。
「断る! 私には今、恋愛が必要だとは感じていない! 失せろ!!」
ざっくり断ったな。
失せろはないだろ、失せろは。
もっとなんかオブラートに包んで断れよと思うが、なんというか。
告白してきた男も覚悟はしていたようである。
「わかっている! 君が恋愛事に興味がない事はわかっているんだ!! だけど、だけど――」
男がぎゅっと握りこぶしを作って、宣誓した。
「俺に君を惚れさせてみせると! 入学式の日に、告白してきた男を体育館裏で半殺しにしているべーちゃんを見たときに誓ったんだ!」
何やってんだ、べーちゃん。
尻でも触られたのだろうか。
なにかセクハラをされたせいで、べーちゃんもそのような事をしたのだろうなと思うが。
そう擁護したいが。
「君を力ずくで納得させてみせる! 俺と戦ってくれべーちゃん!」
「承知! 当方に迎撃の用意あり!」
多分、そんなんではないのだろうな。
俺はそう思いながら、相手の立会人であるボブを見た。
「ぶちのめせ! 男なら力ずくで女をモノにするんだ!!」
ボブの言っていることが、とてつもなく間違っていることを感じながら。
なんでこんなことになっているのだろうか、俺は桐原に説明を求めることにした。
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