第37話 おじぎをするのだ1


 ようやく学校についた。

 下駄箱にて上履きに履き替えようとするが、まだ桐原と雲丹亀は世間話を続けている。


「ならば、これは知っていますか、うにちゃん。私がどこぞの名前を呼んではいけないあのハゲが使う死の呪文を一度でいいから使ってみたいと話をしていたところ。べーちゃんが『アバラガオレタ』なら自由自在に使えると言い出したんですよ。いつでも自由自在にアバラの骨をへし折る呪文が使えると。撃たれた相手は強烈な苦痛を味わい、問答無用でアバラがへし折れるのだと」


 べーちゃんについてどうしようもない話が続いているのだ。

 聞きたいような、聞きたくないような。


「こうですね。こう。地面に転がっていたコンクリートブロックを宙に放り投げて、べーちゃんは身長180 cm超えの上背を利用した打ち下ろしの右ストレート。チョッピングライトでブロックを粉々に破壊したんです。凄いですよ。格好いいですよ」


 俺も同じことができるぞ桐原。

 そう主張したいところだが。

 お前はどうせ「うわ、キモ。藤堂君、気持ち悪いですよ。そんなもんできて何になるんですか。人に言わない方がいいですよ、そんなの」ぐらいしか返してくれないので、口にはしないことにする。

 べーちゃんと俺で極端に評価が変わるのは何故だろうか。

 差別ではなかろうか。


「藤堂さん、さっきから『そんなん俺だってできるわ』みたいな目で見てこないでくださいよ。そんなんだから、きーちゃんに気持ち悪いと言われるんですよ」


 雲丹亀にまで心を見透かされて、気持ち悪いと言われた。

 俺が何をしたと言うのだろうか。


「私たちの会話に混ざりたいなら、ちゃんと喋ればいいのに」


 不思議そうに小首を傾げた雲丹亀を横目に、眉を顰める。

 嫌である。

 混ざったが最後、何か変なイベントに巻き込まれそうなんだもの。

 大体はろくなことにならないオチなのだ。

 俺がバカを見ることになるのだ。

 しかも桐原はイベント途中で、なんとなく俺を侮辱してくる傾向があるのだ。

 その発言は気持ち悪いだの、世間様から良い目で見られないので止めなさいだの。

 お前らは比較的狂った会話をしているというのに、俺が変なことを言うと怒られるのは何故だろうか。

 そんな不遇をかこっているのだ。


「いや、藤堂君の場合は私たちのような諧謔じゃなくて、真顔で狂った偏見を口にするからヤバいんですよ。指摘して直さないと駄目です」


 桐原が言い訳じみたことを言う。

 ただ、反論は難しかった。

 俺は俺で、少し頭がおかしいことを理解しているのだ。

 眉を顰めたままで、溜め息を吐く。


「藤堂君の馬鹿でかい図体で、凶悪な目つきをして、アメフトやってそうな筋肉の塊が『アバラガオレタ』って叫びながら、街角でコンクリートブロックを粉々に破壊してみなさい。警察を呼ばれますよ」


 それは理解できるが、べーちゃんもやっていること傍目から見たらヤバイだろ。

 男と女でそこまで違いが――あるな、と横を見る。

 うーん、と首を傾げながら突っ立っているべーちゃんがいた。

 まあ、同じクラスだから下駄箱同じところだしな。


「べーちゃん。おはよう」

「おはよう、藤堂君」


 べーちゃんこと、阿部さんが下駄箱で突っ立っている。

 身長1m80cmを超える長身、たぬきのような垂れ目、乳の大きさは風紀違反であり、長い黒髪は片目を覆いそうである。

 制服のネクタイはおっぱいに挟まって埋もれており、一見すると改造制服のようにさえ見えた。

 というか、なんかアダルト配信でありそうな妙に完成度の高いコスプレに見えるのだ。

 エロスは感じるが、そこから危険性は感じられない。

 筋肉達磨の俺とは印象が大違いだった。


「ヒャア! べーちゃん、おはよう」


 桐原も元気よく挨拶をし、雲丹亀もぺこりと頭を下げている。

 べーちゃんは挨拶を返す代わりに、す、と下駄箱を指さした。

 彼女の上履きの上に、ふと手紙のようなものが見えた。


「おや、またラブレターですか」


 桐原がそれを見て、呆れたように眉を顰めた。

 べーちゃんが嫌っている行為であることを知っているのだ。


「まただ。学校に入って何十通目かな……」


 はあ、と大きな声で溜め息をつく。

 溜め息の吐息ですらセクシャルに感じた。

 ちと頭がおかしい俺でも、べーちゃんがエロくて魅力的なのは認めるところだ。

 まあ、口説かれるのは仕方ないだろう。

 恋愛をする意志が今のところない彼女にとって、断るのは大変だろうが。


「今日もアバラガオレタを放つしかないな」

「待てや」


 今、聞いてはいけないフレーズを聞いた。

 さっきまで散々に桐原が口にしていた、アバラをへし折る呪文である。

 撃たれた相手は強烈な苦痛を味わい、問答無用でアバラがへし折れるのだ。


「どうした藤堂君」

「いや、ラブレターを貰っただけだよな。そして、断ることになるだろうと」

「そうだ。必然的に断った相手に『アバラガオレタ』を放つことになるだろう。避けられない運命だ。また一人、この学校から病院に担ぎ込まれることになるな」


 べーちゃんは真剣な顔である。

 これは話が通じない頭がおかしい人の目だ。

 俺は助けを求めて桐原や雲丹亀に視線をやるが、逆に不思議そうに俺を見つめるばかりだ。


「仕方ないですよ」

「仕方ないよね」


 桐原と雲丹亀は、本当に不思議そうな顔をしていた。

 何も仕方ない事はない。

 ないのだ。


「普通に断れよ!」


 俺は耐えかねて、ツッコミを入れるが。

 べーちゃんは真剣な顔で、ぶんぶんと腕を振るだけだ。

 発達した背の筋肉を弓のように振り絞り、高い上背の重心を一気に下に振り下ろす。

 あれだ、べーちゃん式チョッピングライトの予備動作だ。


「普通に断るつもりだけど?」


 思い切り殴る準備をしていた。

 瞳に、危険な色が見えている。

 これは暴力を人に振るうことを、何よりの楽しみにしている人間の顔だ。

 他人の苦痛にあえぐ絶叫や、人体を殴る拳の感触に愉悦を覚える女の姿であった。


「いや、暴力に訴えるんじゃなくて。普通に断ってくれ。頼むから」


 俺は縋りつくような目で、正論を放つ。

 とにかくも、穏便に収めることを考えて。


「いや、普通に収まる話じゃないからこのような手段に――まあ、いいや。藤堂君。放課後の告白に付き添いたまえ」


 何が悲しくて、人様の告白の場面に立ち会う必要が?

 男の方だって嫌がるだろうに。

 そう呟こうとして。


「相手の男も、藤堂破蜂が告白の見届け人とあれば。審判における公平な立会人が来るとあれば、嫌がらないであろうさ」


 べーちゃんは俺の言動何もかもを否定して、断じるように告げた。


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