第4話 炒飯と桐原4
「お前の話をまとめると、こうだな」
我が父は、ちゃんと話を聞く人であるのだ。
日本の元号は令和へと切り替わっており、有無を言わさずに暴力を行使するような昭和のお父ちゃんではないのだ。
俺は弁明を述べた。
しっかりと自分に非が無いのだと訴えたのだ。
「深夜二時。炒飯作るなら今のうちであると。我が息子、破蜂の彼女である桐原銭子ちゃんはそう訴えて、我が家に訪れて炒飯を作ったと。お前はそれを五香粉が入っているから嫌だと拒み、もう遅いからと客室にあるベッドで休ませてあげるために銭子ちゃんを抱えて廊下を歩いていたと」
そうである。
親と子の意識のすれ違いなどは今日日流行らず、ちゃんとこうやって会話すべきであるのだ。
現代にあたってはコミュニケーションをしっかりと行使し、お互いの人生にとってすべきアドバイスを行うべきであり、もはや子供の感情を理解できない親もおらず、親心をわからぬ子供などいない。
そんなものは昭和の産物であるのだ。
俺は令和の時代にあってはスムースに親子関係が為されるべきであると、確かに思いたい。
「なるほど、破蜂よ。理解した。お前はそう弁明を述べているが、私から見た視点は違うのだ。それを述べよう」
思いたいのであるが。
「この父が判断した事情はそうではなく、全く違うように思える。お前はまだ高校生であり、育ち盛りの青春真っただ中である。まして、お前の身長は2m近い体格であり、そりゃ腹も減るだろう。深夜二時に冷蔵庫を漁るぐらいは許そう」
うん、まあ確かにこの体躯は高校二年生でありながら身長2mを超えており、体重は130キログラムを超えている。
どうにも腹が減る日々を送っているのだが、まあそれでも五香粉の匂いが漂う炒飯は食べたくなかった。
この藤堂破蜂は偏食家であり、カレーの福神漬けさえ残すぐらいである。
「だが、食欲だけでは済まないだろう。お前は高校生だ。腹も空けば、そりゃ性欲だって当然のようにあるだろう。我が息子である破蜂の思考は当然のようにして、彼女である銭子ちゃんを深夜二時に呼びつけて、炒飯を作らせることを考えた」
どうにも、なにか――我が父の思考はずれているのだ。
父を擁護するなれば、まあ信じてもらえないよなというのは確かにある。
どうひいき目に見ても、深夜二時に炒飯作りに来る女の子なんかは此の世に存在せず、仮にあるとすればクズみたいな彼氏から無理強いされたと解釈した方が、理解は容易い。
「可哀そうな銭子ちゃんは炒飯の具材を深夜スーパーで買い集め、我が家に訪れて炒飯を作りに来た。そして作った。この触れてしまえば壊れてしまうような、透明感のある陶器のような美少女の銭子ちゃんがエプロンをつけて、一生懸命炒飯を作っていた」
我が父は、その横でしくしくと鳴いている母は、ひどく桐原銭子という少女に対して高評価を抱いていた。
まあ私が通う進学校で成績優秀な特待生であることは両親も既知であり、少し言葉を交わせば的を射た返答ばかりが返って来るような美少女である。
父と母の評価が悪くなるはずなどなかった。
桐原銭子は、父と母の前では酷くいい子ちゃんなのだ。
「わかっているのだ。一生懸命にフライパンを振って、自分の彼氏のために深夜二時に炒飯を作るけなげな銭子ちゃんに、自分の息子が。高校二年生が。どのようなおぞましい欲望を抱いたのかは理解しているのだ」
だが、実の息子より信頼が厚いのはどうなのだろうか。
そして、何度も口にしているが、どうにも誤解が生じている点があるのだ。
「学生姿でエプロンを纏った銭子ちゃんに、お前はこう思ったのだ。まあ、腹も減ったが、先にこっちだなと、その――酷く、銭子ちゃんの前で、このようにおぞましい事を口走るのは何だが」
桐原銭子は、この藤堂破蜂の彼女ではなかった。
まだそういう仲ではないとか、その、皆が認めているけれど本人同士が認めていないとか、そういうラブコメチックな仲でさえなかった。
「銭子ちゃんの尻を眺めながら、性欲を先に発散させようと思ったのであろう。性欲を先に満たして、食欲を満たすのは後でも良いと思ったのであろう?」
この藤堂破蜂は、桐原銭子からの告白をすでに断っていた。
明確に彼女を振っていたのだ。
少なくとも俺には彼女に対する恋愛感情など存在しない。
だから、そのような誤解を抱かれるのは勘弁である。
「揺れる銭子ちゃんの尻を眺めて、ちんちんがイラっとしたから性欲を発散しようとしたのだろう」
ちょっと下世話に分かりやすく表現するのは、もっと勘弁である。
「私と妻が出くわしたのは、息子である破蜂がおぞましい欲望を為そうと。銭子ちゃんを客室に連れ込んで犯そうとした最中であるのだ」
ハッキリ言っておこう。
何度も何度も、そこのきょとんとした顔で突っ立っている桐原と、俺は性的な関係にないと説明したはずである。
だから、いい加減に理解して欲しいのだ。
父は、そのような歪んだ性的欲望を息子が抱いていないと理解すべきだし。
「こんな子に育てたはずじゃなかったのに! ちゃんと、ちゃんと一生懸命に育てたのに! 他人様の娘さんを深夜二時に呼びつけて、三大本能の食欲と性欲を満たした後、これでぐっすり眠れると睡眠欲も果たす怪物ではなかったはずなのに!!」
母も、ちゃんと育てたと認識しているのであれば、そのようなセックスモンスターに育てたのではないと理解すべきなのだ。
「……」
きょとんとした顔で、この親子の騒動に混じろうとせずに首を傾げる桐原。
桐原は別に状況を理解していないのではなく、これに乗じて嘘八百を呟こうとしたのでもない。
自分にとって都合の良いように状況が動いているならば、もう何も呟かぬ。
そのような、或る意味普通の下衆よりも酷い行動をとるのだ。
それが桐原銭子という賢い人物であった。
「別に、私は藤堂君なら性的に無茶苦茶にされてしまっても構わないのですが」
そして、余計な事を呟くのも彼女なのだ。
桐原は完全に素面であり、本気でそう思っているのは間違いないのだが。
いや、マジでいらんこというなよ、お前。
「そこまでの覚悟で!?」
「私たちが余計なお世話だったの!?」
余計なお世話ではないが、まあ出てこなくても良かった。
「……そこまでの覚悟があるならば、もはや何も言うまい」
「ええ、まあ息子に責任を取る気があるならば、何かを言える筋合いはない」
同時に、変に両親に納得されるのも辛いものがあった。
高校二年生の無軌道なカップルの動向はきっちり親として止めた方が良いと思う。
無論、私たちはカップルでも何でもないのだが。
「寝室に戻ろう。若い二人の邪魔をするのは良くないよ」
「ええ、貴方。もう何も言うことはないわ」
俺には言うことがあった。
両親の心中で、俺はとんでもないセックスモンスターに捏造されたままである。
深夜二時に彼女を呼びつけて料理を作らせた挙句に、性的な暴行を加えようとした息子のままである。
二人、仲良く連れ添って寝室に戻る両親に言葉を投げかけようとするが、まあ諦めているのだ。
ちゃんと膝を詰めて会話をしたところで、どう考えても桐原の味方をするのはわかっている。
俺の両親は身長2m体重130キログラムの巨漢たる息子よりも、身長140cmの体躯にして陶器のような外観を持つ桐原を信頼していた。
ルッキズムは世間を支配しているのだ。
一刻も早く、この世界に存在する悪や悲惨や不幸や差別や貧困といったものが消えてなくなることを祈りながら。
俺は桐原を睨みながら、お前何か言えよと呟いた。
返答はこうだった。
「じゃあエッチしますか」
「するわけないだろう、カス」
俺、
彼女、
恋愛関係にはなく、性的関係でもなく、ただのクラスメイトという関係であった。
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